おっぱいの大きさは勝てないと思ってるらしい
………
……
「加奈ちゃんのこと。軽い気持ちで近づくのはやめた方がいい。でないと二人とも傷つくことになるわよ」
にぎやかな校舎の中にあって、屋上へ続く階段の踊り場は薄暗く、とても静かだ。
その中でいつもよりトーンの低い春奈の声は、ずしりと俺の腹に直接響いてきた。
「な、なんだよ? いきなり」
なぜ春奈の口から加奈の名前が出てきたのか、さっぱり分からず目が泳ぐ。
春奈はそんな俺の目を真っ直ぐ見ながら続けた。
「だってユウくんは最近、加奈ちゃんのことを休み時間のたびにチラチラ見てるじゃん」
「なっ……!」
「なんで? 本当に加奈ちゃんのノートが気になるの? そ、それともおっぱい大きいから?」
思わず目がパチっと開いて、言葉を失う。
すると春奈は頬を赤くして口を尖らせた。
「やっぱりそうなんだ! だから男子って嫌い! 変態! 童貞!!」
「ちょっ! 童貞は関係ないだろ! ……って、おまえか! 香織に変なことを吹き込んだのは!」
「どうせ私は貧乳だから、ジロジロ見ても面白くないですよーだ!」
俺はちらりと春奈の胸元に視線をやる。
見事に平らな制服のシャツが目に入ると、俺が何か口に出す前に春奈の金切り声がこだました。
「さいてー!! バカ!」
春奈は胸を抑えてそっぽを向いた。
俺は小さくため息をつき、「くだらない話しをしている暇はないんだ」と告げて階段を下りようとする。
そこに春奈の鋭い声が突き刺さった。
「カオちゃんから聞いたわよ。誰かとデートしたらしいわね」
「なにっ!?」
あまりの衝撃に膝の力がガクッと抜け、思わず階段から転げ落ちそうになる。
懸命に手すりをつかんだ俺は春奈の方を向いた。
春奈は顔を真赤にして俺を睨みつけている。
「加奈ちゃんでしょ? 英会話の授業であんなことを言ったし! 加奈ちゃんなら大人しくて優しいから、頼めば何でもしてくれるって思ってるんでしょ!」
まさか香織から俺が誰かとデートしたことを聞いていたとは……。
しかしここで認めたら、後々面倒なことになりかねない。
何よりも加奈に迷惑がかかってしまうかもしれないのは許せなかった。
こうなったら強気に出てごまかすしかない。
「お、おまえには関係ないだろ! 俺が誰とどこで何をしてようが!」
「か、関係ないわけないでしょ!」
「なんでだよ? 理由を言ってみろ! 理由を!」
俺の問いかけに、なぜか春奈は言葉をつまらせた。
彼女の大きな瞳は潤み、唇はかすかに震えている。
その姿を見て、ズキンと胸が痛んだのはどうしてだろうか。
しばらく続く気まずい沈黙。
それをを破ったのは、
――キーンコーンカーンコーン。
休み時間の終わりを告げるチャイムだった。
「あ、やばい! 授業始まっちゃった!」
「早く教室に戻ろうぜ」
早足で教室に向かいながら、俺は疑問をぶつけた。
「なんで加奈……遠藤に近づくと、二人とも傷つくんだよ」
春奈はちらりと横目で俺を見てからすぐに視線を廊下に向き直した。
「ふーん。もう下の名前で呼んでるんだ」
「そ、そんなのどうでもいいだろ!」
「……どうでもよくないもん」
「はっ?」
春奈のやつ……。何をすねてるんだ?
その後は無言のまま、教室の前までやってきた。
すると春奈は背を向けたまま、ボソリと告げてきたのだった。
「もし……もし本当に加奈ちゃんのノートを見たいんだったら……。勉強会に加奈ちゃんを誘ってあげるから」
「はい? 勉強会? どういう意味だ?」
「だから! ユウくんと加奈ちゃんと私の三人で勉強会をするってこと! この鈍感! 童貞!!」
「おまえっ! 声がでかいって!」
春奈がバレー部でつちかってきたのは怪力とリーダーシップだけではない。
ドア一枚くらいならゆうゆうと突き抜ける大きな声もまたそうなのだ。
そしてドアの向こうは教室の隅……。
つまり加奈の席だ。
「今の絶対に加奈に聞こえてるよな……」
こうしてその日の放課後。
俺たち三人は駅前の喫茶店で勉強会をすることになったのだった――。
イラスト:菅澤稔さん