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いつだって奇跡は片隅から起こるんだ  作者: 友理 潤
第二章 ちょっとずつ近づく二人
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雨って好き?

………

……


 少しだけ話はさかのぼる。

 初デートの前日。

 俺は屈辱とも言える行動に出た。

 

「頼む。助けてくれ香織!」


 生意気な妹に加奈とのデートプランを練るのを手伝ってもらったのである。

 

「ふぅーん。お兄ちゃんがデートねぇ。ま、いいけど。報酬は高くつくよ」

「アイス1個」

「ハーゲンガッツ1年分」

「無理。ハーゲンガッツ6個パック。季節限定抹茶あずき味入り」

「……仕方ないわね。抹茶あずき味に感謝することね」

「あざーす!」


 ……ということで完璧なプランを練ってもらったのだが……。

 

「すっごい行列だね」

「ああ……」


 ランチは『ハッピー・パンケーキ』というパンケーキ専門店。

 しかしまだ12時前だというのに長蛇の列。

 俺たちは目を見合わせた。

 

「他にする?」

「でも雄太くんが選んでくれたから。私は大丈夫だよ」

「そうか。なら並んでみようか」


 こうして並び始めたはいいものの……。

 

 まったく会話が続かない!

 

「加奈はパンケーキ好き?」

「うん、好きだよ」

「そうか。俺も好き」


 これで会話が途切れる。

 そして10分後。

 

「加奈はパンケーキは家でも作るの?」

「うん、時々作るよ」

「そうか、いいね」


 再び流れる沈黙……。

 

 なぜだ!?

 

 恭一たちとは2時間でも3時間でも続くのに!

 

 どうして加奈とは続かないのだ!?

 

 そうして40分並んでようやく席につく。

 ふわふわのパンケーキに、たっぷりとメイプルシロップをかけると、ほっぺが落ちるくらいに美味しい。

 加奈もとても幸せそうにパンケーキをほおばっている。

 

「美味しいね」

「ああ、うまい」

「この店選んでよかった。ありがとう、雄太くん」

「あ、ああ。どういたしまして」


 実際は香織チョイスなんだが、それをここで言う必要はない。

 とにかく加奈が喜んでくれてよかった。

 

 しかしお腹は満たされたものの、相変わらず会話はほとんどない。

 聞きたいことは山ほどあるはずなのに……。

 

 会計をすませてお店を出る。

 次はサンシャインにある水族館だ。

 日曜の60階通りはすごい人だかりで、はぐれないようにしながら歩くのが精いっぱい。

 すれ違うカップルたちのように顔を見合わせながら談笑するなんて高等テクニックは、俺たちにはできなかった。


「人多いけど、大丈夫か?」

「うん、大丈夫」


 ちらりと加奈の横顔に目をやると、加奈は人に流されまいとして一生懸命に歩いている。

 その様子を見て、俺は心の中で大きなため息をついた。

 

 ダメな男だな、俺って……。

 

 サンシャインに到着した後は、水族館、カフェ、ショッピングと香織の立てたプラン通りに進めていった。

 「楽しいね」とか「きれいだね」とか、ありきたりな会話ばっかりで、デートの時間はいたずらに過ぎていったのだった。

 

………

……


 夕方5時。

 

 まだ外は明るいが、「夕飯は家で食べなくちゃ」という加奈の希望で、俺たちは帰ることにした。

 けっきょくなんの盛り上がりもないままデートは終わろうとしている。

 もし他人が俺たちを覗き見していたら「つまらない」と言うに違いない。

 

 俺だってもっと盛り上げたかったさ。

 でも、加奈がすぐ横にいるってだけで、口にチャックがついたように開かなくなってしまったんだ。

 

 だから仕方ないよな。

 

 そんな風に自分に言い訳をしているうちに、サンシャインの外に出ていた。

 ……と、その時。

 

――ポツ……。


 ひたいに冷たい雫が落ちてきた。

 

「雨?」


 天気予報は降水確率0%だったのにな。

 俺があまりに情けないから空も泣いたってことか。

 

 ぽつぽつ降り出した雨は徐々に強くなっていく。

 

 こういう時こそ心配性な性格の本領発揮だ。

 俺はリュックから折り畳み傘を取り出した。

 横を見れば加奈もカバンから白地の折り畳み傘を手にしている。

 

 このまま二人して傘を開くのだろう。

 そう思った矢先だった――。

 

 俺たちの目がふと合ったのである。

 

 加奈の大きな瞳が二人のメガネを通じて俺の瞳に映る。

 わずかに潤んだ彼女の瞳はとても透き通っていた。


 その瞬間……。

 すっと俺の体に加奈の感情が流れ込んできたのだ。


 とても温かで、そして何かを強く求めているようだ。

 きっとそれは俺と同じ想いだと思う。

 だから俺は素直にそれを口にしたのだった。

 

「俺の傘に入る?」

「えっ……?」


 加奈の顔が真っ赤になる。

 きっと俺の顔も真っ赤になっているだろう。

 けど今さら引けない。

 

「二人で傘さすと離れちゃうだろ。そしたらはぐれちゃうかもしれないし」


 どうでもいい屁理屈。

 でも今の俺と加奈には必要だったんだ。

 

「……うん」


 加奈は消え入りそうな細い声で返事をすると、俺の真横に立った。

 彼女の柔らかな感触が、腕を通じて俺の心をくすぐる。

 そしてふわっと鼻をつく女の子の香りが、心臓の鼓動を早くした。

 

「じゃあ、帰ろうか」

「うん」


 加奈の歩調に合わせて歩く。

 雨の60階通りは傘であふれている。

 まるで色とりどりの花畑に二人きりで歩いているようで……。


 とても幸せで、嬉しかった。

 

 そしてようやく俺は待ち合わせの時に感じた胸の痛みの正体を素直に認めることにしたんだ。

 

 

「ねえ、雄太くん。雨って好き?」

「濡れるし、外で遊べないし、嫌いだったよ」

「そっか」

「……でも、今は好きだ」

「どうして?」



 俺は加奈に……。

 



「加奈と一緒の傘に入れるから」




 恋をしている――。

 

 


「うん、私も好き。雄太くんと一緒の傘に入れるから」

 

 


 そう言った加奈はまるで分厚い雲の向こう側で輝く太陽のような笑顔を作った。

 その笑顔は俺の胸にしっかりと刻まれ、ずっと忘れられないものになったんだ。



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