決闘〈1〉
順を追い、ダンテの話はまずオスカルとヴィオレッタの死から始まった。
二人の体には隙間なくびっしりと矢が射ち込まれ、死してなお討ち取った部隊によってさらし者にされながら連れ去られようとしていたという。
そこへ現れたのが、わずかに間に合わなかったセレーネだ。友人であったヴィオレッタとオスカルの無残な遺体を目にした彼女は逆上し、その場にいた全員を怒りに任せて殺害してしまった。
すべての矢を抜いて二人の体を拭き、丁重に埋葬したセレーネが帰還したとき、本来は灰白色であるはずの彼女の制服は真っ赤に染まっていたそうだ。
そしてここからリュシアンの死が語られだす。
◇
心をどこかへ置き忘れてきたように無表情のセレーネを、トスカが珍しく強引に風呂へと連れ込んでいる。無理もなかった。彼女の体にはちょっとやそっとじゃ取れないほどに血の匂いが染みついていたからだ。
二人の少女が席を外している間、ダンテはがらんとした食堂でリュシアンと声を潜めて話し合いを行っていた。他に聞く者もいないというのに。
「セレーネは危ういな。心がいつ壊れてもおかしくない」
リュシアンの危惧にダンテも「ああ」と同意する。
「オスカルもヴィオレッタも死んじまって、これだけ犠牲を払っても戦況は五分に戻せたかどうかって体たらくだし。いったいどうすりゃいいんだよ……」
「このままだと帝国の先もそう長くはなさそうだ」
「おい!」
ダンテが慌てて辺りを見回すが、もちろん彼ら以外に誰もいない。
「滅多なことを口にするもんじゃねえよ。上の耳に入ったらただじゃすまん」
「何を言う、ダンテ。君が口外しなければいいだけの話だ。さすがにこんな戯言までは報告の義務もないだろう?」
そもそもあの皇帝が忠誠を誓うに足る相手とも思えんが、とリュシアンは重ねて暴言を吐く。
深いため息をついたダンテだったが、意を決して真っ直ぐに彼を見据えた。
「おれはさ、同年代でもあんたに対しては敬意を抱いている。とんでもない才能を持った連中の集まりにあってもリュシアン、あんただけは特別なんだ」
「はは、そいつは光栄だな」
「真面目に聞いてくれ。いいか、頼むから先走ってくれるなよ。トスカはああ言っていたが、ニコラ先生とやり合うようなことになればそれはもう鮮明に叛意ありってことになっちまう」
「──やり方次第だと思うがね」
「おいリュシアン!」
「正式な決闘だよ。この差し迫った状況を変えるべく、私は彼に真正面から決闘を申し込むつもりだ」
夢見によって未来をあらかじめ知ることのできるトスカは言った。
リュシアンがいずれ教官にして上官であるニコラ・スカリエと対峙するのだと。
ダンテにも理解はできる。これまで彼が間近で見てきたリュシアン・ペールとはそういう男だ。物言いこそ誤解を受けやすい性質ではあるが、その内側には仲間たちを熱く想う心が隠されている。
だがその行動がどういう結果を引き寄せるのか。
理想を追うわけでなく、信念に従うわけでもなく、夢を見ることもなく生きてきたダンテはひたすら先行きに不安を覚えていた。
◇
二日後、ニコラが戦場より帰還した。
今回も彼自身の功績は多大なものだったとダンテは耳にしているが、それでもウルス帝国軍としては敗北に終わっている。孤軍奮闘も徒労でしかなかったわけだ。
そんなニコラが身を休めている執務室へ、リュシアンはさっそく訪ねていった。
「お疲れのところ失礼します」
許可も得ず扉を開けるなり、ずんずんと奥へ進んでいく彼の後をダンテも追う。
さすがにニコラは迷惑そうな表情など微塵も浮かべることなく、二人に向かって「どうした」と柔らかく声をかけてきた。
「ヴィオレッタとオスカルのことなら報告を受けて知っている。彼女たちのじゃれ合う姿を二度と見られないだなんて、本当に身を切られるような悲しさだ」
「はたしてそれはあなたの本心か?」
初っ端からリュシアンは喧嘩腰だ。
上官に対する態度ではないが、ここから決闘へ持ち込んでいくのであれば致し方ないだろう。もうダンテも腹を括るしかなかった。
「いやに突っかかってくるな、リュシアン。何かあったのか」
「何かあったのか、だと? 教え子だった部下を二人もむざむざと失っておいて、その言い草はありえない。指揮官失格だな」
リュシアンの言葉が次第に熱を帯びていく。
「私たちは兵士だ。それでも戦況の見通しも立たないまま使い捨てにされて、空しく戦場で死んでいくだけの未来を甘受するつもりはない。あなたによって導かれてきた私たちには、そう口にできるだけの力があるのだから」
「もちろん私も現在の状況を憂慮しているよ」
「どの口が……! その言葉が真実であるならば少人数で酷使されることもなく、オスカルもヴィオレッタも死なずにすんだはずだ!」
皇帝の犬め、と続けざまに吐き捨てた。
椅子に深く腰掛けていたニコラは天井を見上げ、目を閉じる。
それでもリュシアンは追撃の手を緩めない。
「これ以上、あなたのような男に部隊の指揮権を委ねておくわけにはいかないと私は判断した。即刻その座から下りていただく」
体勢はそのまま変えず、ニコラの声だけが重さを増した。
「ほう。ならばどうする、力ずくでか」
「もちろん力ずくでだとも。決闘だ、ニコラ」
宣戦布告がリュシアンによってとうとうなされてしまった。
決裂した二人は最後にわずかながら意見の一致をみる。
戦う場所は人目につきやすい訓練所などではなく、近郊の森の奥で。殺し合いになるのを避けるため、互いに生命の「門」は開かない。
そしてダンテがこの決闘の立会人を務めることとなった。




