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戦場にて鈍く光る〈4〉

 命の灯が消えかかっているヴィオレッタを両手で大切に抱えたまま、ひたすらにオスカルは死に物狂いの逃走を続けていた。

 千載一遇の好機と見た大同盟側の追撃も執拗だ。彼の背にはすでに十数本もの矢が突き刺さっているが、肉体の痛みなどもはや意識の内にない。


 油断がなかったといえば嘘になる。

 いくら悔やんでみても取り返しのつくものではないけれど、今回の戦場もいつもと同じように片が付くと高を括ってしまっていた。生命の「門」を開いて全力で暴れればそれでいい、自然と勝利が転がり込んでくるのだと。


 彼ら〈帝国最高の傑作たち〉がそのように驕ってしまったのも無理はなかった。

 目立ち過ぎる灰白色の軍服に身を包んだ少年少女に対し、当初は兵士連中の誰もが舌打ち混じりに「場違いなガキども」という認識しか抱いていなかったはずだ。

 だがニコラ秘蔵の恐るべき子供たちは、人知を超えた桁違いの戦闘能力によって味方と敵の度肝を抜いた。蹂躙と呼ぶべき圧倒的な彼我の差。


 以降、戦争の光景が一変してしまった。それぞれの戦場における軍勢の規模の差はあれど、作戦の中心には常に〈傑作たち〉が据えられることとなる。

 苦境にありながらもそれまでウルス帝国軍の主軸を担ってきた各精鋭部隊はただの脇役へと格下げになり、好き勝手に暴れる〈傑作たち〉の援護を最優先の任務としてあてがわれていく。


「薄気味悪いガキどもに戦わせておけばいいんだから、自分たちが命を懸けるなんてバカバカしい」


 軍のそこかしこで聞かれたこのような陰口が現状を象徴していた。

 確かに〈傑作たち〉の参戦によってウルス帝国は大同盟側を押し返した。しかしその代償として、士気や規律といった軍隊に必要不可欠な要素を次第に失いつつあったのだ。


「自分の力を過信して突出し過ぎてはダメよ。勝つか負けるかなんてわたしたちにとって二の次、大切なのは生きて帰ってくることなんだから」


 いつでも冷静なユーディットからもらった忠告を思い出す。

 オスカルにというよりは、手柄を求めて前のめりなところのあるヴィオレッタに向けたものだったのだろう。


 結果として彼女の危惧が的中してしまった。

 大同盟軍も〈傑作たち〉への対策を講じてきており、相当量の火薬を使用した改良型投石機で襲いかかってきたのだ。

 しかもなりふり構わず味方ごと吹き飛ばす形で。


 単独で敵陣に突っ込んでいたヴィオレッタにそれを避ける術はなかった。遅れて後に続いていたオスカルは慌てて土煙の中へ飛び入り、苦悶と怨嗟の声に満ちる場所からどうにか彼女を見つけだした。

 だが一目で致命傷だとわかるほどにヴィオレッタが負った傷は深かった。

 片足を太腿の半ばから失って大量の血を流し、軍服のいたるところが破れて肌が露出している。その肌はいずれも焼け爛れていた。


「もうすぐだからな、もうすぐ助けてやれるからな」


 あとちょっとだけ頑張れよ、と走りながらオスカルはヴィオレッタへ絶え間なく声をかけ続けた。

 彼らに援護はない。二人きりの逃走だ。先手を打たれてヴィオレッタがやられ、動揺した帝国軍は大崩れとなった。呆気なさ過ぎる敗北である。


 もうオスカルにはどこをどう駆けてきたのかもわからなくなっていた。

 ずっと一緒にいて、街での貧しい暮らしもスカリエ学校での厳しく楽しい日々も共に過ごしてきたヴィオレッタが、こんなにも早く死んでしまうだなんて彼には到底認めることができない。


「バカだな……」


 ヴィオレッタのか細い声が青くなった唇から漏れる。


「……足手まといなんてさっさと放り捨てて逃げろよ……」


 彼女が口を開けば同じ台詞の繰り返しだ。

 そしてオスカルも同じ返事を繰り返す。


「しょうもないことを喋るくらいなら黙ってろ。生き残るんだよ、二人で」


 けれどもまるで祈りみたいな彼の言葉はもうこれが最後だった。

 回りこまれたのか予備の部隊だったのか、前方に弓をつがえた一団が見えた。手負いの〈傑作たち〉二人に対しても徹底的に距離をとり、絶対に逃がすことなく仕留め切る腹積もりのようだ。


 弦の音が鳴らされるよりも早く、オスカルは地面にヴィオレッタを下ろしてその上から覆いかぶさった。

 加えて後方にいた追撃部隊からも矢が放たれてくる。

 ヴィオレッタを庇っているオスカルの体に無数の矢が突き刺さった。まるで針鼠のような姿だ。それでもしばらくの間、弦の音は鳴り止まなかった。


 さすがにオスカルも「受け入れるしかないんだな」と悟る。

 自分の死と、ヴィオレッタの死を。

 最後の力を振り絞り、震える手で彼女の顔に残る痣へと触れる。


「ごめん、守り切れなくて」


 本当は「ずっと好きだった」と告白したかったのだが、情けないことに口から出てきた言葉は違ってしまった。

 そんな彼の手に、そっとヴィオレッタの手が重ねられた。

 彼女は必死に何かを言おうとしてるのだがあまりに弱々しくて声にすらならず、もうオスカルの耳には聞き取ることさえできない。

次回より7章です。

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