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娼館の用心棒ピーノ  作者: 遊佐東吾
6章 鳴り響く祝福の鐘の音
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お出かけ日和

 翌朝、マダム・ジゼルの館における光景はいつもと同じであった。少なくとも、朝食をとるべく食堂へやってきたピーノの目にはそう映った。

 緊張感なく大きな欠伸を繰り返しているマダム・ジゼル、てきぱきと動きながら同時に指示も出しているコレット、そして相変わらず年上も年下もお構いなしにからかっているソフィア。

 昨晩のチェスターとの諍いなどまるで夢の中の出来事であったかのように、彼女たちの振る舞いは普段と何も変わらない。


 幾分かはほっとしながら席につく。悪党どもへの対処であれば力となれるだろうが、人間関係のもつれとなるとそういう機微に疎いピーノの出番などありはしない。何事もなく平穏であってほしい、と願うくらいのものだ。

 朝食を食べ終え、全員分の皿を洗ってから食堂を出ていくと、コレットとナイイェルが言葉を交わしているところに遭遇した。


「ついでに市場で食材も買ってきます。だからいいですよね」


 何か欲しいものでもあるのだろうか、どうやらナイイェルが外出の許可を求めているらしい。

 タリヤナ教国出身者特有の銀髪に白い肌、灰色の瞳。儚げな印象さえ与える美しい容姿とは裏腹に、彼女の性格は随分と押しが強い。

 涼しげな笑みを湛えたナイイェルから強引に迫られて、「否」と答えられる人間はおそらく館内に一人もいないはずだ。ピーノはもちろんのこと、マダム・ジゼルやソフィアだってそうに違いない。


 不意にコレットの視線が少し離れた位置にいるピーノへと向けられた。その目は明らかに「あなたも一緒についていってあげて」と頼みこんでいる。

 言われるまでもなかった。


 いくらスイヤールが個人の信仰する宗教について寛容な都市とはいえ、大多数の人間はセス教徒なのだ。そしてセス教とタリヤナ教は常に対立関係にある。一目でタリヤナ教徒とわかる外見をしたナイイェルが歩いていたなら、どこかで偶発的な事件に巻き込まれないとも限らない。


「ナイイェル、ぼくも付き合うよ」と自らピーノは寄っていく。


 いくらか安堵したような表情を浮かべたコレットの向かいで、ようやくピーノの存在に気づいたナイイェルが振り返る。


「ありがとうピーノ。いてくれたらとても助かる」


 これで荷物持ちができたね、と彼女は無邪気に微笑んでいた。


       ◇


 いざ外出となったとき、ピーノとナイイェルの二人だけだったはずが四人へと増えていた。クロエとレベッカが加わったためだ。

 ナイイェルとクロエは非常に仲がよかった。年齢の近い彼女たち二人は同じ部屋だそうだし、それ以外でも一緒にいるのを見かけることが多い。

 そしてピーノが出かけるとなればだいたいレベッカもくっついてくる。なのでこの四人の顔触れは当然の成り行きかもしれなかった。


 レベッカと手を繋いで歩きながら、軽くじゃれ合っているピーノの隣でナイイェルとクロエは何やら真剣な顔つきで議論している。

 そのうちにクロエがピーノへと話を振ってきた。


「ねえ、ピーノはどう思った? やっぱりいつもと違ってたよね?」


「いろいろと端折りすぎだよ……」と困惑気味にピーノは答える。何についてかがわからなければ返事のしようがない。


「あ、ごめん。ソフィア姉さんのこと。昨夜(ゆうべ)チェスターさんがやってきてたのに、また喧嘩みたいになってたらしいってナイイェルから今聞いたの。どうりで朝、何か様子がおかしいなーって」


 勢い込んで話すクロエとは対照的に、ついピーノは首を傾げてしまう。


「うーん、そうかなあ。特に変わったところもなかった気がするけど」


 チェスターとの口論──と呼ぶには一方的だったが──があったのは事実だが、今朝のソフィアが見せていた態度からは、前夜の出来事を引きずっているように感じられなかったからだ。

 概ねそのようなことを口にすると、ナイイェルが爽やかに告げた。


「それはね、きみの目が節穴だからだよ」


 ここまではっきり言い切られるといっそ清々しくさえある。


「でも気にする必要はないから。きみだけじゃない、男の人なんてほとんどが節穴の持ち主ばかりだもの。きっと眼窩にはまっているのは綺麗な硝子玉か何かなんでしょうね」


「えー、いいないいなー。あたしもピーノとお揃いの硝子玉がいい!」


 ナイイェルに悪気がまったくないのはピーノもわかっている。ただ言い方に容赦がないだけだ。しかしレベッカの駄々に火をつけてしまったなら話は別だ。

 後はよろしく、とばかりにレベッカの小さな手をナイイェルへと向ける。


 ナイイェルはすぐにピーノの意を汲み取り、彼に代わってレベッカの手をとった。それから「よいしょ」という似合わぬ掛け声とともに、レベッカを抱き上げてまじまじとその顔を見つめている。


「どうレベッカ。ピーノとわたし、どっちの瞳が綺麗かな?」


 うーん、としばらく悩んでいたレベッカだが、最終的に「ナイイェル!」と判定を下してしまう。

 傍からは気落ちしたように見えたのか、苦笑いを浮かべたクロエがピーノの肩に触れながら「まあまあ、そう落ち込まないの」となぐさめてきた。

 ナイイェルにとっては想定通りの答えだったのだろう、ひとつ頷いてからレベッカと額同士をこつんと合わせる。


「ありがとうね。でも、レベッカの赤い瞳だって本当に綺麗だよ。羨ましくなっちゃうくらい」


「じゃあ取り替えっこしよう!」


「え、いや、それは……」


 これにはさすがのナイイェルも慌てた様子を見せた。

 クロエはといえば楽しそうに手を叩いて笑っている。

 今日は澄み渡った青空だ。お出かけ日和だねえ、とピーノは眩しそうに目を細めながら一人呟く。

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