毒持つ花
同じ人間とは到底信じられぬ冷酷さで両親を殺害した男たち。
裏社会の住人である彼らの手によって、シャーロットとルーシーは当然のように娼館へと売り飛ばされてしまった。
ただ、その場所はレイランド王国でも、ましてやゴルヴィタ共和国でもない。彼女たちが連れていかれたのは人呼んで「悪徳の都」スイヤールである。
二人がスイヤールへと到着したのは強く静かに雨の降り続く日だ。
あちらこちらに破れが目立つとはいえ、雨風を凌げる幌のついた荷馬車には十人以上の女たちがぎゅうぎゅうに押し込まれていた。シャーロット以上にルーシーは意気消沈しており、湿気と臭気に満ちた車内であっても不平不満さえただの一言も口にしなかった。
御者の運転は相当に荒く、曲がり角のたびに投げ出されそうになるのを堪えながら、大小さまざまな娼館が軒を連ねている一角で全員が降ろされる。
案内役の男に急き立てられるようにして、ずぶ濡れになりながらシャーロットとルーシーが連れていかれたのは、いくらか歩いたところにあるこじんまりとした建物だ。見落としそうなほど小さな銅板には〈スイヤールに咲く毒の花〉と刻まれていた。
これが館の名前だとすれば随分と悪趣味だな。虚ろな目をしたシャーロットはぼんやりとそんなことを考える。
だが濡れ鼠となった全身を乱暴かつ適当に拭かれた後、この娼館を営む女主人へと引き合わされて腑に落ちた。
彼女は肉付きのいい体をソファーへと沈みこませ、悠然と煙管を吸っている。室内だというのに赤い羽根を飾りつけた幅広の帽子をかぶり、目蓋には紫色の化粧を施し、豊満な胸元を強調するように誂えられた衣服はたくさんの宝石類で埋め尽くされていた。
悪趣味と評するのさえ手ぬるく感じられる目の前の女が、シャーロットとルーシーの二人をまとめて買い受けたマダム・ララである。
案内役の男が事務的にいろいろと説明をする間、マダム・ララは挨拶さえすることなくひっきりなしに煙を口から吐き出している。
シャーロットにとって、これまで接する機会のなかった類の女であるのは間違いない。しかし今後は彼女の下で客をとり、想像を絶するであろう日々を生きていかなければならないのだ。
せめてどういう人となりなのかくらい、もう少し詳しく知っておきたかった。
「表に記してあった〈スイヤールに咲く毒の花〉って奇妙な文言、あれは貴女自身のことなんですか」
気づけばシャーロットは案内役の男が話すのを無視し、マダム・ララへと質問を投げかけていた。
注意しようと男が口を開きかけるも、億劫そうに手を広げたマダム・ララによって制止されてしまう。
そして彼女は初めて声をかけてきた。
「こんな可憐な女を捕まえて毒の花たあ、さすがにゴルヴィタ共和国統領の令嬢ともなれば言うことが違うねえ」
ひっひっ、と笑う口元から煙が立ち上る。
それでも目はシャーロットたちを品定めしているような鋭さである。
「看板として掲げているあれは私の持論さ。いつの間にか館の名称みたいになっちまったけどね。いいかい、あんたたちもようく胸に刻んでおきな。すべての娼婦は毒持つ花であるべきだ。可憐なだけじゃだめなのさ。咲いては枯れ、枯れてまた咲く毒の花」
シャーロットは思わず傍らのルーシーと顔を見合わせてしまう。貫禄ある女主人がいったい何を言わんとしているのか、その意図をまるでつかめないでいた。
宙へと大きく煙を吐いたマダム・ララが「そうさねえ」と切り出す。
「家柄もなければ金もない、でも気は優しくて腕っ節にだってそれなりに自信がある。仮にそういう男がいたとしようじゃないか。顔は好きなように想像しな」
娼館とはまったく無関係な前提条件である。
「手っ取り早く男が身を立てるにはどうするべきか。ま、戦場で功を挙げるのが一番だろうね。正規の軍人であれ、傭兵であれ」
「はあ」とシャーロットは訝しみながらも相槌を打つ。
マダム・ララがさらに続けた。
「もちろん、武功のためには大勢の人間を殺さなければいけないわけだよ。別に恨みがあるわけじゃない、生きるために仕方なくさ。でだ、そんな男がもしも手にかけた相手の顔を全員、記憶の彼方へ葬ることもできずに覚えていたとしたら? それでも平気でいられると思うかい?」
ここにきてようやく、隣に立つルーシーが青い顔で会話へ加わってきた。
「無理……。わたしだったら、とてもじゃないけど耐えられない」
シャーロットにだってさすがにもう例え話の意味は理解できる。
喉元にまで胃液がせり出してくるのをぐっと飲み込んで、彼女はひたすら気丈に振舞おうと胸を張った。弱り切っているルーシーのためにも。
もはや泥に塗れて生きる覚悟を決めるしかないのだ。
「ここは欲望の街スイヤール、これからのあんたたちを待っているのはそういう人生だ。まだ少女だからってのは誰も聞き入れちゃくれないからね。女の毒で男を殺し、そしてすぐ忘れていかなければ生きてなんかいけないよ」
話はこれで終わりだ、とばかりにマダム・ララは陶器の鉢へ煙管の灰を落とす。その意を汲んだ案内役の男がシャーロットたちを部屋から追い出しにかかる。
けれども再び、マダム・ララが二人に問うてきた。
「あんたたち、好きな男は?」
ルーシーは黙ったまま力なく首を横に振る。
一方のシャーロットは毅然と前を向き、女主人を見据えて言い切った。
「──いました。でも、もう忘れました」
「ふん、いい答えだよ」
この日を境にしてシャーロットとルーシーは死んだ。
以後、二人はジゼルとコレットという名をマダム・ララから与えられ、娼婦としての人生を歩むことになる。




