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娼館の用心棒ピーノ  作者: 遊佐東吾
4章 さよなら、さよなら、たくさんのさよなら
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ルカとエリオ

「へえ、それはそれは。おっかねえ」


 言動とは裏腹に、ルカがナイフを胸の前で構えた。


「でもな。あいにくだがおれは、初めて会ったときからおまえのことが気に入らなかったんでね。降って湧いたような好機を逃すつもりはねえよ」


「──忠告はしたぞ。恨むならおまえ自身の浅はかさと弱さを恨め」


 やはりいつものエリオではない。すっかり冷静さを欠いている。

 ルカのことだ、きっと毒を塗ったナイフで仕留めにくるつもりなのだろう。二人の間には相当の実力差があるとはいえ、たった一度かすり傷でも負ってしまえばその時点ですべては終わる。

 万が一の事態を危惧したピーノは彼らの会話に割って入った。俊敏性に優れるピーノならば、問題なくルカを完封できるはず。


「エリオ、ぼくが相手を」


「いや、こいつの標的はおれなんだ。最後くらい付き合ってやるさ」


 エリオにピーノの申し出を聞き入れるつもりはなさそうだった。

 それからルカに向かって、挑発同然の手招きをしてみせる。


「来いよ。お望み通り、思う存分地べたに這いつくばらせてやる」


 だがルカはまだ動かず、わずかに眉をひそめていた。


「じゃ遠慮なく……と言いたいところだが、得物はどうした」


「おまえごときにそんなもんいるかよ」


 素手で充分だ、と再度手招きをする。

 これを聞いたルカが唇を歪ませた。


「相変わらず人を舐めくさってやがんな。いいさ、そのふざけた余裕ヅラをすぐに絶望で曇らせてやるぜ」


 吐き捨てるなり、彼はエリオ目掛けて突っ込んできた。


「ハナ、ピーノ! しっかり離れてろよ!」


 ルカのナイフをかわしながら、エリオは二人の仲間を気遣う。


「だからその余裕綽々ですって態度が気に食わねえって言ってんだよ!」


 怒りも露わに、ルカは次々と攻撃を繰りだしていく。

 ピーノの目から見て、それなりに見事なナイフ捌きではあった。しかしエリオへ通用するかどうかはまた別の話だ。

 危なげなくルカのナイフを避け続けるエリオが、攻撃の止んだ一瞬の隙を見計らって腹に強烈な一撃を食らわせる。

 かなり効いたのだろう、たまらずルカが片膝をつく。彼の苦悶の表情から察するに、もしかしたら肋骨が折れてしまったのかもしれない。

 そんな彼へとエリオが近寄り、傲然と見下ろす。


「まだやる気か?」


 返事をする代わりに、またルカはナイフを突きだしてきた。しかし彼の行動はすでにエリオに読み切られている。

 紙一重でかわしながら、迎え撃つような形でルカの顔面へと掌底を放った。


「おぶっ!」


 うめき声を上げて後方へと吹っ飛んでいくルカ。鼻を潰されたらしく、流血が止まらない。

 やれやれ、とエリオがため息をついた。


「まだ手加減してやってるのにこのザマか。ルカ、もうあきらめろ。はっきり言って勝負になってねえ」


「ははっ、強いな。やっぱりおまえは強いよ」


 あふれる血を拭いながらルカがゆっくりと体を起こす。

 圧倒的な劣勢に立たされてなお、彼は口元に笑みを浮かべていた。


「でもな、知ってたか? 勝負事ってのは手段を選ばないものなんだぜ」


 偶然とはいえ、ルカの吹っ飛ばされてきた位置が悪かった。

 ここでようやく、ピーノは己のわずかな油断に気づかされる。

 なぜならルカにいちばん近い場所に立っていたのはハナだったからだ。


「おまえの大切なものを奪えば、おれの勝ちだ!」


 宣言するや否やルカはくるりと向きを変え、猛然とハナへ襲いかかっていく。

 すぐさまピーノも「門」を開き、岩場が砕け散るほどに地面を蹴る。

 この先は刹那の攻防だ。最悪、ハナの身代わりとなって自分が刺されればいい。ピーノはそう決断した。腕一本なら毒が回る前に斬り落とせばすむ。

 だがエリオの考えは違った。


「結局おまえはわかってくれなかったのかよ!」


 喉も潰れるほどの叫びとともに、彼も「門」を開いていた。

 そして刃先がハナを押しのけたピーノへと届くより早く、ナイフを握り締めるルカの手をあらぬ方向へを折り曲げたのだ。

 刃が深々と突き刺さったのは、ルカの右胸だった。


自分(てめえ)の毒で、そのまま死ね」


 乱暴ではあったものの、ハナをどうにか助けることができた。ピーノとしてはそのつもりでいたのだが、おそろしく低い声の主が誰なのかまでは咄嗟に理解できなかった。

 一瞬の後に状況を飲みこみ、戦慄する。

 無表情に立っているエリオと、胸にナイフが突き立てられたまま崩れ落ちるルカと。間近で目撃したハナの顔面は蒼白になっていた。

 何てことだよ、と思わず呟いてしまう。

 エリオからもハナからも反応はなかった。

 自らに返ってきた毒によって死にゆくルカだけが、どういうわけか穏やかな眼差しで虚空を見つめていた。

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