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娼館の用心棒ピーノ  作者: 遊佐東吾
4章 さよなら、さよなら、たくさんのさよなら
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謁見〈1〉

 大陸に点在する聖地を巡るのがハナたち〈シヤマの民〉である。

 ウルス帝国領にある巡礼地を目指して旅していた彼女らが、突如姿を現した帝国の使者によって新都ネラの皇帝居城へと招かれたのは脱獄よりおよそ八日前のことだった。


 帝国と大同盟による戦争はいよいよ激しさを増してきていた。おそらく領内を通行中、間諜ではないかと疑われ、警戒のためずっと監視されていたのであろう。招かれた、といってももちろん拒否などできるはずもない。


《はて、我らのような流浪の民にいったいどのような用件なのだろう》


 皆を束ねる族長であり、ハナの父でもあるモズがしきりに訝しんでいた。対照的に長老ユエは厳しい表情で道中も黙したままだ。

 数えるほどとはいえ、過去にこのような事例がなかったわけではない。本来なら〈シヤマの民〉を代表するこの二人が、ウルス帝国皇帝ランフランコ二世の招きに応じて出向くこととなる。


 だが今回に関してはハナがわがままを言ったのだ。自分もついていきたい、と。

 ユエはあまりいい顔をしなかったが、族長モズは娘に甘い。渋々といった体ではあるが許可してもらえた。ハナとしてもそこまで計算の内だった。


 優れた踊り手は人一倍好奇心も強い、と語っていたのはそもそも長老ユエなのだ。歴代の踊り手にもそういう人が多かったと聞いている。ユエのかつての教え子であり、溢れんばかりの才能を持ちながら夭逝してしまったヒミという女性などは、特にその傾向が強かったそうだ。


 しかしヒミの名が〈シヤマの民〉において大っぴらに語られることはない。ほとんど禁句に近い扱いだ。時折ユエが懐かしそうに触れる以外、ハナは他の誰からも耳にしていなかった。


 案内されるがままにやってきた皇帝居城は、とてもじゃないが宮殿という語句の響きからは程遠く、重苦しいほどの質量を感じさせる巨石の塊の集合体であった。軍事要塞と言われた方がよほどしっくりきただろう。ひたすら他者を圧迫する目的のためだけに作られたのではないか、とハナも本気で考えたほどだ。


 他の〈シヤマの民〉は少し離れた帝国の旧都アローザでもてなしてくれているという話ではあったが、どこまで信頼していいのか非常に心許ない。歓待という名目の軟禁ではないか、と父のモズも心配そうに口にしていた。


 だが長老ユエ、族長モズ、そして若き踊り手ハナがランフランコ二世に会い、求めを果たしさえすれば何も問題はないはずだ。相手が大陸に覇を唱えんとするウルス帝国皇帝だけにまったく油断はできないが。


 彼女たち三人が連れてこられたのは、山を一つくり抜いたのかと思われるほどの広大な空間だった。これだけですでにハナは圧倒されてしまった。

 両脇には武官文官らがずらりと顔を揃え、中央に視線を戻せば美しい意匠が施された赤い絨毯が真っ直ぐに延びている。皇帝ランフランコ二世はその先、絨毯の終点となる十二段の階段の上にある玉座からこちらを見下ろしていた。


 歩みを進めようとしたハナたちはすぐに制止され、入り口の扉近くの場所で衛兵たちから何ごとかを命じられる。


《臣下の礼をとれ、って言ってるのさ》


 訳しながらユエがすぐに両手両膝をついた。聞き取るだけなら言語習得の真っ最中であるハナにもどうにかわかる。彼女もユエの後に続いた。

 一人だけ理解できていなかったモズも、慌て気味で二人の女に倣う。

 そうはいっても彼も族長だ。こういった場での振る舞いは心得ている。


《祈りのために大陸を流離う我ら〈シヤマの民〉、この度は畏れ多くも皇帝陛下のお招きにあずかり、こうして参上致しました。同行しておりますは長老ユエ、それに我が娘ハナでございます》


 深々と頭を下げながら、朗々とした声でモズが口上を述べる。

 しかし静まり返った場内からは何の反応もない。

 ようやく聞こえてきたのは皇帝の「ふむ」という頷きであった。


「やはり何を言っているのか皆目わからんな。どこにおる、ニコラ・スカリエ中佐。其方、こちらへ来て余のために訳せい」


 ひび割れた、まるで雷鳴のような声ががらんとした空間に響き渡る。

 すると左に並んだ臣下の列から一人の青年が前へと進み出た。頭を下げたままちらりと盗み見したハナは、その青年の風貌にひどく驚いた。自分たちと同じ褐色の肌、〈シヤマの民〉の特徴そのものだったからだ。

 いったい何者なのか、という疑問はすぐに解消されることとなる。


《貴様……あのナキか!》


 父のモズが憤激のあまり立ち上がって叫んでしまったのだ。

 周囲では衛兵たちが剣の柄に手をかけているが、当のニコラ・スカリエかつナキという青年は場違いなほど屈託のない笑みを浮かべていた。


《ご無沙汰しております、モズ。族長になられたのですね》


 だがモズの怒りは収まらない。

 再び両膝を折りながら、かつて仲間であった青年の横顔へ罵声を投げつける。


《血の繋がらない貴様を育ててくれた恩人であるクダの兄ぃを手にかけておきながら、よくもおめおめと生き恥をさらしていられるものだな……!》


 そういうことか、とハナも合点がいった。

 才能溢れる踊り手であったヒミには一人息子がいたとユエから聞いている。名はナキ、冷酷無残にも養父を殺害して〈シヤマの民〉から逃亡した少年。

 それでも成長した実際のナキを目にしてみれば、どうしても想像していた人物像と違いすぎて少し困惑してしまった。

 傍らでは長老ユエがさらに眉間の皺を深めている。


《まさかナキが帝国に仕えていたとはね。こいつはちょいと厄介だよ》


 あれはヒミの血を色濃く受け継いでいる子だから。

 誰にともなく、そう呟いた。

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