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娼館の用心棒ピーノ  作者: 遊佐東吾
4章 さよなら、さよなら、たくさんのさよなら
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暗雲

 ピーノとエリオは軍人になりたかったわけではない。今でもそうだ。

 生まれ育った土地で代々受け継がれてきた仕事をしながら年をとり、いつか穏やかに死ぬ。そんな人生を送るはずだった。

 だから部隊発足早々の休暇のような日々にも不満は一切ない。ずっとこんな毎日でも構わないな、と話していたくらいだ。


 同じように成り行きで〈名無しの部隊〉の一員となった者たち、カロージェロやオスカル、フィリッポなども似たような受け止め方であった。

 手柄を立てることに前のめりなのはヴィオレッタにルカ、ダンテあたりだろうか。彼女たちも不満そうではあったが、真っ向からニコラの方針に対して異を唱えたりはしていない。


 リュシアンにユーディット、それにアマデオは落ち着いていた。

 同世代の少年少女たちが集まった中にあって、彼ら三人は随分と大人びている。一か月の休暇を言い渡されたときも、まるで予想していたかのように静かな反応しか見せなかった。


 残るはトスカとセレーネだが、トスカに関してはそもそも部隊で活躍することへの興味自体がないらしい。

 ピーノや他の仲間たちを守ることができればそれで充分、と笑っていた。功名心の強そうなセレーネは、意外にもトスカに賛同している。


 ほんの少し前までの〈スカリエ学校〉と呼ばれていた頃の日常がまた戻ってきた。ピーノたちはそのように考えていたが、ただ一人、途中から目に見えて苦悩を深めていった者がいる。

 先生にして上官であるニコラ・スカリエだ。

 どういうわけかその端正な顔に皺を寄せることが増え、口数が減った。

 明らかに何かを思い悩んでいる様子だったため、ヴィオレッタやセレーネが「好きな女に振られたのだろう」という説で盛り上がっていた。

 間もなく、ピーノとエリオはその理由を知ることになる。


       ◇


「しっつれいしまーす」


 エリオが執務室の扉を開けると、眉間に手を当てたニコラが背もたれに体を預けるような姿勢で「来たか」とだけ言った。これほど緩んだ彼の姿も珍しい。

 すぐにピーノもエリオの後から続いて入る。ここへやってくるのは、最初の任務の報告をして以来だ。


「ぼくたちだけ呼ぶって先生、いったい何事?」


「そうだぜ。朝メシ前に言われたからさ、気になってあんまり食えなかったよ」


 それは嘘だ、とピーノは口に出さず突っ込んだ。きっちりおかわりまでしているのを彼は見ていた。

 だが二人の気楽な調子と、ニコラの態度との間には相当の温度差があった。


「この七日ほど、私は生まれて初めて『迷い』というものを体験していたんだ」


 体を前へ傾け、いつになく低い声でニコラが切りだす。


「君たちが初陣を終えて十日目に、とても恐ろしいことが宮殿で起こった。言葉にするのも躊躇われるほどのね。そして、残念ながら君たち二人と無関係ではない」


 それを聞かされたピーノとエリオにも一気に緊張が走った。


「本当に、本当に迷い続けていたよ。君たちに伝えるべきか、隠し通すべきか。伝えた結果、君たちがどういう行動を選択するか。隠し通せず君たちに知られてしまった場合、どういう結果になるか。ただただ迷い、考え続けていた」


 情けない話だよ、そうニコラが自嘲する。


「一年と半年程度の短い間ではあるが、私にとっては美しく素晴らしい日々だった。みんなの成長を特等席で見守っていられたのは何物にも代えがたい喜びなんだよ」


 だからこそ、とニコラは力を込めた。


「私は君たちが下す決断がどうであれ、それを尊重しなければならない。痛みとともに大人へと変わっていくのを応援しなければならない。雛鳥はいずれ大空を飛び回るものだからね。起こってしまった悲劇はもはや覆しようがない以上、その後に訪れる崩壊へ、覚悟を決めて立ち向かうべきなのだ」


 ここまで一息に言い切ったニコラは立ち上がり、ピーノとエリオのところまで近づいてきた。そして力強く二人を同時に抱き締めながら告げた。


「行きなさい。場所はザニアーリ牢獄だ」


 君たちの大切な友人がそこにいる、と。

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