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娼館の用心棒ピーノ  作者: 遊佐東吾
4章 さよなら、さよなら、たくさんのさよなら
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説教とこれからの方針と

「で、君たちはベルモンド少将の邸宅を壊したってわけか」


 それはもはや暗殺ではないな、と椅子に腰掛けたニコラが深くため息をつく。

 旧都アローザでの任務を無事成功させてから二度目の朝のことだ。

 彼の執務室に呼びだされたのは、ベルモンド少将暗殺を任されていたエリオ班の面々だった。すなわちエリオ、ピーノ、ヴィオレッタ、オスカル、ルカである。前々夜の暗殺任務についての詳細な説明を彼ら五人は求められていた。


 嘘をついたところでニコラをごまかせるなどとは到底思えない。看破されてよりきつく咎められるのが目に見えている。その点について五人の見解は一致していたため、班長であるエリオの口から素直に一部始終を語るより他なかった。

 なので当然、最も深くうなだれているのは原因となったルカである。


「すみません。全部、おれのせいです……。どうしても手柄を立てたくて……」


 消え入りそうな声だった。

 しかしピーノは度肝を抜かれてしまう。あの不遜にして虚栄心の塊のごときルカが自らの非を認め、謝るなどといったい誰が想像できただろうか。

 どうやら他の三人も同様だったらしく、呆けたようにぽかんと口を開けてルカへと顔を向けていた。


「おれだって、反省くらいする。悪かったよ」


 ピーノたちの視線を受けたルカがぶっきらぼうに呟く。

 それでもニコラの声の調子は厳しかった。


「ルカ・パルミエリ、わかってはいるようだな。今回の任務における君の行動はあまりにも軽率で思慮がない。独断で突っ走ったあげく仲間たちを危険にさらした」


 まったくの正論に、ルカはいっそう身を縮こまらせてしまう。

 だがここでニコラが表情を緩めて立ち上がった。


「これもまた勉強だな。いくつもの失態があったとはいえ、初陣を終え全員が無事に戻ってこられた。まずはそこを喜ぼう。生きてさえいれば後でいくらでも振り返って問題点を洗い出し、話し合いながら改善していくことができるのだからね」


 そして彼はルカへと歩み寄り、その両肩へ手を置いた。


「自らの過ちをきちんと受け止め、仲間たちへ謝罪することができたというのは、君にとって大きな成長だ。ルカ、焦る必要はない。他人と自分を比較する必要もないんだ。君が選んだ道を、一歩ずつ覚悟をもってしっかりと進んでいけばいい」


 ピーノが知る中で、ニコラがルカへここまで優しい言葉をかけたことはなかったように記憶している。


「うお、何か先生っぽいぞ」


 楽しげにエリオが混ぜっ返した。

 ただ、彼の真後ろではヴィオレッタがわずかに首を捻っている。


「でも先生さあ。他人は他人、自分は自分ってのはわかるんだけど、あたしらはやっぱり仲間でありながらも競争相手っていう側面だってあるっしょ? どうしても比較してしまうっつーか。正直、今回の件でちょっと自信を無くしかけたんで」


「ああ、エリオな。おれもあれ見て同じこと思ったわ」


 ヴィオレッタに続いてオスカルも話を繋いだ。

 二人が揃って口にしているのは、ピーノと別れてルカを救出に向かったときのことだ。


 三階部分まで吹き抜けとなっている正面玄関で、十人を超える警備兵にルカは囲まれていたらしい。もはや逃げ場なしの状況だ。

 そんな光景を目にしたエリオは、邸宅を支えているであろう二本の巨大な石柱の片方をいきなり抱え込み、そのまま力ずくで引き抜いたのだという。


「ルカぁ、どっちでもいいから横へ跳べ! 絶対避けろよ!」


 そう叫ぶなり、担ぎ上げた石柱を真っ直ぐぶん投げた。

 さらに間髪入れずもう一本の石柱も。

 難なく標的を仕留めたピーノが仲間たちと合流するべく、正面玄関へとやってきたときにはすでに天井が崩れ落ち、邸内からは星のない夜空が丸見えであった。警備の兵士たちは死屍累々、大邸宅もあっという間に半壊だ。


 エリオならばそれくらい造作もない、とわかっているピーノにとっては苦笑いですませられる出来事だったが、実際に目撃したヴィオレッタやオスカルにしてみればありえないほどに圧巻の所業だったのだそうだ。


「こいつ、何なんすか。訓練の成績だけなら上位じゃなかったし、あたしやオスカルともほとんど差はなく一塊って感じなのに」


 遠慮なしにヴィオレッタがエリオを親指で差し示す。

「何って、別に普通だろうが」とエリオは不服そうに口を尖らせている。

 彼らのちょっとした言い争いに、ニコラは明快な答えをくれた。


「エリオはね、彼自身が保有している生命力の量がずば抜けているんだ。こればかりは成績優秀なリュシアンやセレーネでさえもまったく及ばない。それほどまでに圧倒的なんだよ。でなければ館を支えるほどの巨大な石柱を、二本も続けざまに投げるなんて芸当はできないさ。私の二の舞となってしまうだけだ」


 そう言ってニコラは自身の右腕をぽん、と叩く。


「すげえな……」


 率直に感嘆の声を漏らしたオスカルに対し、ヴィオレッタはまだ承服しかねている様子を見せる。


「なあんか、あたしらはエリオの引き立て役になっただけみたいじゃねえか。任務の美味しいところは勝手にピーノが一人で持っていっちまうしさ」


「ちょっとそれ、人聞きが悪いんだけど」


 火の粉が飛び散ってきては仕方がない。ピーノも参戦する。

 だがこれにもニコラが「いや、非常に的確な判断だよ」とあっさり告げた。


「ピーノもまた特異でね、エリオとは対照的な能力の持ち主だ。彼自身の生命力はヴィオレッタ、君と同じか少し劣るくらいだよ。しかし恐ろしく精緻に操ることができる。私にも真似できないほどに。必要なときにきっちり必要なだけ、そう口にするのは容易いが、これがどれほど困難を極めるかはわかるだろう?」


 今度は一気にピーノへと視線が集まる。


「すげえな……」


 またしてもオスカルが賛辞の声を上げた。

「そういうのはいいから」と鬱陶しそうに手を振るピーノだったが、照れているのを隠すための素っ気なさだ。

 にこやかに何度も頷いているエリオにはたぶん気づかれているのだろう。


「結論として、やっぱりおれとピーノは最強の相棒ってことだな」


「はん」


 ヴィオレッタが舌を出し「でこぼこ野郎どもめ」と憎まれ口を叩く。


「次の任務はあたしらが前に出るかんな。おまえら二人は援護で我慢しろ」


 別にピーノとしては上手くいけばどちらでもいいので、彼女の好きにさせても構わなかったのだが。


「残念だがヴィオレッタ、しばらくはお預けだ」


 ぴしゃりとニコラが遮ってしまった。


「今回の君たちの任務はいずれも帝国を大きく揺らがせる類のものだ。和睦派の大物が一気に三人も表舞台から退場してしまうわけだからね。すでに帰ってきているセレーネ班の任務成功はもう知っているだろうが、先ほどリュシアン班からも成功を伝える鳩が飛ばされてきた」


 さすがにリュシアンはこの辺に抜かりがない、と言い添える。


「ほとぼりが冷めるまで……そうだな、状況の推移を注視しながらにはなるが、およそ一か月といったところか。君たち全員にここで身を潜めていてもらう。といっても別にこれまで通りだよ。訓練漬けの日々に立ち返るだけのことだ」


「うー」


 不満そうに唸っているヴィオレッタへ、一転してまるで幼子をあやすように柔らかな口調でニコラが話しかけた。


「班同士の模擬戦も組み込んでみるつもりだよ。そこで存分に力を振るって活躍し、君の価値をみんなに認めさせるといい。もちろん他の者もだ」


 ピーノはまだ子供だった。

 眉目秀麗、何一つ知らぬことのない先生であるニコラが言うならば、きっとその通りに日々が流れていくのだろう、と疑いもせず信じていた。

 一か月もあればすべては変わる。良い方向へも、悪い方向へも。

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