刃に毒を
一年を通して雲によって覆われがちな旧都アローザの夜空らしく、この日も星明かりなどまったくなかった。
そんな夜の深い闇の中、目立たぬよう黒い外套を着込んだ五人の少年少女が等間隔で縦に並び、足音もたてず裏通りを駆け抜けていく。
「まったく、初っ端から汚れ仕事とは」
先ほどから何度もオスカルがぼやいている。
彼の言葉通り、エリオ班に与えられた任務は要人の暗殺であった。だからといって相手が敵勢力である大同盟側の人間というわけではない。標的はウルス帝国軍のベルモンド少将なのだ。セルジ平原での会戦の際に敵方へ内通し、そしてニコラの常人ならざる力によって討ち取られたクラヴェロ少将の後任に当たる。
リュシアン班はやや遠方の地方部隊指揮官、セレーネ班は外務大臣。いずれも暗殺が任務であり、標的とされたのもエリオ班と同じく帝国内部の者たちだ。
ベルモンド少将たち三人には共通項がある。彼らは戦争の先行きに悲観的であり、強力な遂行を望まず、和睦への道筋を探っていた。
帝国の宮廷内では皇帝ランフランコ二世の意志を絶対とする主戦派と、ベルモンド少将ら和睦派が対立を深めており、いずれ衝突するのは避けられないであろうというのがニコラの見立てだった。ならば先手を打って排除しておけ、そういうことなのだろう。
前を行くピーノが振り向いて声をかける。
「集中しなって、オスカル。そんなんじゃいざというときにヴィオレッタのことを守ってあげられないよ?」
「──うっせ。おれはおまえらもちゃんと守るっての」
「ふうん。じゃ、よろしく」
「あのな、せめてもうちょっとくらいは気持ちを込めてくれ」
抑揚のないピーノの言い方にオスカルがまたぼやく。
そんな二人のやり取りに対し、先頭のヴィオレッタから文句が出た。
「おいピーノ、何であたしが泣き虫オスカルなんかに守られなきゃなんねえんだよ。逆だ逆、いつだってあたしがこいつを守ってやる役回りなんだからさ」
あんたこそトスカを自分で守ってあげられなくて残念だねえ、と矛先をピーノへと向けてきた。
しかしピーノは動じない。
「トスカのことなら大丈夫だよ。ああ見えてカロージェロとフィリッポは頼りになるし、何よりセレーネが一緒だもの」
「うわー、つまらない返事。もっとこう、ないのかよ。『実は彼女が心配で任務どころじゃない』とか、そういうのがさあ」
「心配なのはトスカたちより、むしろアマデオかな。リュシアンとダンテがいるんだよ、あの班。上手くやれてるのか気になるな」
「だめだこいつ。本っ当にお子様だ」
そこへ今度は最後方からあきれたような声がする。エリオだ。
「緊張感ねえなあ、おまえら。そろそろだぞ?」
ベルモンド少将の邸宅までの地図は、事前の打ち合わせで全員が頭に叩き込んでいる。もう程なく到着するのはピーノにもわかっていた。
「うん、そうだね。手筈通り、まずは気づかれずに侵入できる経路を──」
「まどろっこしいんだよ、そんなの」
ピーノの言葉を遮って、ここまで無言だったルカが列を乱して飛びだした。エリオの一つ前を走っていた彼は、オスカル、ピーノ、ヴィオレッタと順に抜いてさらに速度を上げていく。
「あのバカっ」と吐き捨ててエリオも追う。こうなれば手筈も何もあったものではない。ピーノたち三人も追うより他なかった。
ベルモンド邸はかつて体験したスカリエ邸と似た規模の広さだという。激しく対立する主戦派の襲撃を恐れているのだろう、夜間であっても警備にあたる兵士は相当の数だと聞かされている。
当然、大きな門には二人の警備兵が立っていた。しかしルカは躊躇することなく、まず手前側の兵士へと突っこんでいく。エリオ以下の四人が少し離れて後に続く形だ。
「む……、何者だ!」
こちらに気づいて誰何する声へ、ルカは黙ったまま短剣を抜いて応える。
只事ではないと見てとった二人の警備兵も、腰から長剣を抜き身構えた。
ただルカには真っ向からやり合うつもりなどなかったらしく、手前側の兵士の脇へと足から滑りこみ、すれ違いざまに相手の足を切りつける。
浅い、とピーノは思った。あれでは手傷を負わせた内にも入らない、と。
だが次の瞬間、切られた兵士が悶絶して苦しみだした。倒れて地面をのたうち回り、喉を掻きむしるようにしてもがいている。
慌てた様子でもう一人の警備兵が駆け寄るが、そのときにはすっかりおとなしくなってしまっていた。口から泡を噴き、喉に当てられていた両手も力なく地面に落ちた。絶命したのだ。
残されたもう一人もすぐに同様の運命をたどる。同僚兵士の変調に気をとられた隙に、彼もまたルカから切りつけられてしまっていた。
呆気にとられてそんな光景を眺めていたピーノら四人の前で、ルカは短剣の刃をしげしげと見つめる。
「なあ、毒ってのはすげえよな。こんなにもあっさりと命を奪えるんだぜ」
闇夜に彼が笑みを浮かべていたのは、ピーノにも気配で分かった。




