初任務の前に
正規の部隊としてウルス帝国軍へ編入されたわけではないので、順番を表す数字など与えられてはいなかった。もちろん発足したばかりの部隊に異名などあるはずもない。
すなわち、名無しの部隊。
いいじゃないか、とは上官として率いるニコラ・スカリエの言である。
「名無しの部隊、大いに結構。いずれ誰もが君たちを〈帝国最高の傑作たち〉と呼ぶことになるだろうさ。我々の進撃はここから始まるのだからね」
丘の上にて行われた、幼年期に別れを告げる卒業記念のようなピクニックの翌日のことだ。朝食後、そのまま食堂に留まっていた新部隊の面々は、ニコラから最初の任務についての説明を受ける。
彼がまず取り上げたのは、三つの班についてであった。
「本来ならばどんな相手と組んでも、冷静にそして手際よく任務を遂行せねばならない。ただ今回は初めての任務であることとそれぞれの相性とを考慮した上で、班分けを行わせてもらう」
異論があれば後で聞こう、と前置きして切り出した。
「まず第一の班。班長はリュシアン、それからダンテ、ユーディット、アマデオ。次に第二の班。こちらの班長はセレーネだ。班員はトスカ、カロージェロ、フィリッポ。そして最後に第三の班。班長をエリオとし、ピーノ、ルカ、ヴィオレッタ、オスカルの五名で構成する。以上だ」
ニコラがここまで話し終えるや否や、さっそくトスカの右手が挙げられる。
「やり直しを要求します。相性を考慮したとおっしゃるのであれば、どうしてわたしはピーノと別の班にさせられているのでしょうか。納得できません」
あまりにも堂々と、彼女はこう言ってのけた。
「やはりそうきたか……」とニコラが口元に手をやる。
いきなり当事者の一人となってしまったピーノは、彼がどう答えるのか静かに見守っていたかったが、それよりも早く騒ぎだした連中がいる。いつもの顔触れだ。
「さあ盛り上がってまいりました。どうするピーノ!」
「おうおう、ここで応えんと男とは言えんじゃろー」
「あれだけ言い寄られてんのにね。恋を知らないお子様はこれだからさあ」
エリオにカロージェロ、それからフィリッポ。あいつらは後で一発ずつ殴ってやる、とピーノは決めた。
出会った当初よりトスカから向けられている真っ直ぐな好意に、ピーノはずっと戸惑いっ放しであった。腹は立つものの、フィリッポの野次も的外れではない。
恋を知らない、確かにそうだ。
ピーノだってトスカを大事に思っている。彼女が危地に陥ったなら、迷うことなく命懸けで助けようとするだろう。ただしそれは仲間としてだ。相手がセレーネやアマデオ、カロージェロやヴィオレッタであっても変わりはない。もしルカやダンテならばそのときの状況によるだろうが。
一度だけ、エリオには相談もしてみた。自分はトスカにどう接すればいいのか、何を返せばいいのかと。
彼の答えは単純そのものだった。
「あいつは今のおまえが好きなんだろ? だったら何も変える必要はねえよ。妙に考えこんだりせず、そのままでいいんだって」
案外それが難しかったりしてな、と冗談めかして彼は笑い飛ばしていた。
そんなことを思い出しながら、ピーノが起立する。
唾を飲みこむ音がみんなに聞こえてしまったような気がした。
「ありがとうトスカ、きみの気持ちはとてもうれしい。これから先の任務で同じ班になることがあれば、ぼくは必ずきみを守る。でも、今回はその役をセレーネに譲るよ。ぼくたちにとって初めての任務だし、みんなが無事に帰ってこられるよう先生が熟慮したのはよくわかるからね。この班分けで納得してほしいんだ」
すると即座にセレーネが声を張り上げる。
「ピーノに言われるまでもないわ! トスカのことは私に任せておけば何も問題などありません! 班長として、ついでに足手まといのカロージェロとフィリッポの面倒だって見てさしあげますし!」
胸を張って高慢すれすれの宣言をするセレーネ。
同じ班となる少年二人もあきれ半分に顔を見合わせていた。
「かーっ、相変わらず自信満々の女じゃ。まあ、仲間なんじゃし頼もしくてええけども」
「逆に助けてあげて、涙目で『ありがとう……』って言わせてみたい」
そんな教え子たちの様子に苦笑しながらニコラが続きを引き取る。
「私の言おうとしていたことはだいたいピーノにとられてしまったな。そういうわけだトスカ、受け入れてくれるね」
さすがにトスカもこれ以上ごねたりはせず、無表情に少しだけ頷いてみせた。
だがこれで終わりとはならなかった。もう一人、挙手して立ち上がり、異を唱える者がいたのだ。エリオである。
ニコラに促され、首を傾げながらエリオは訊ねた。
「いや先生、何でおれが班長なんすか? 成績だってそんなによくなかっただろうに。どう考えたってピーノかヴィオレッタの方がいいと思うんだけど」
この発言を聞いた途端、「はああああ」とあからさまなほどに大きいため息をヴィオレッタがつく。
「なあピーノ、付き合いの長いあんたに聞く。やっぱりエリオはバカなのか?」
「やっぱりってところが気になるけど、そう思われても仕方ないね。今のは」
ピーノにも彼女の言わんとすることはわかる。兄弟同然に暮らしてきた長年の友人が、これほどにも自分自身をわかっていないとは予想外だったからだ。
だが当のエリオは周囲の反応に困惑しているらしかった。
「え、何? 何でこんなにけなされてるんだ?」
わからんやつだなあ、と今度はオスカルが言う。
「あのな、おまえ以外の誰がこの班をまとめられるんだよ。少なくともおれやルカには絶対無理だし、成績がいいっつってもピーノやヴィオレッタになんか危なっかしくてとてもついていけねえって」
三人の意見は揃った。ピーノは最後の一人へと目を向ける。エリオも、ヴィオレッタも、オスカルも、そして他の全員の視線がルカへと注がれた。
最後方に座っていた彼は小声で答える。
「──おれも文句はない。おまえがやれ」
ルカらしくもなく、あっさりとエリオが班長であることを認める返答だったのにピーノは驚いた。彼も少しは大人になったのだろうか。
話がまとまったのを受け、再びニコラが口を開いた。
「よし、決まりだね。では任務の具体的な話へと移ろうか」