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娼館の用心棒ピーノ  作者: 遊佐東吾
4章 さよなら、さよなら、たくさんのさよなら
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丘の上へピクニックに行こう

 とても見晴らしのいい丘があるんだ、とあるときニコラが口にしてから、話はどんどんと進んで一週間後にピクニックへ出掛けることとなった。


 新都ネラには珍しく、見事な晴天となった当日の朝。ニコラと十三人の少年少女たちが軽やかな足取りで学び舎を後にする。何人かは手にそれぞれ、料理や飲み物が詰めこまれた籐の籠を持って。

 気づけば随分と新都ネラから遠ざかり、緩やかな坂道を歩きながら一行は他愛ないおしゃべりに興じていた。


「いい匂いがしてるね。楽しみ」


 弓を扱わせれば右に出る者もなく、普段はほとんど表情を変えず口数の少ないユーディットも、今日ばかりは頬を緩ませている。話しかけられた側のアマデオはそれ以上に顔を崩して笑っていたが。

 昨夜から料理に関するほとんどの準備は彼が行っていた。ピーノも少し手伝ったとはいえ、はたして戦力になれたのかどうかは心許ない。アマデオの腕前ならば、すぐにでも宮殿の厨房で職を得られるだろうというのが周囲の一致した見解だった。


 エリオやカロージェロ、フィリッポあたりもいつになくはしゃいでいる。彼らのそういう姿を見るのもえらく久しぶりのような気がした。

 それでもエリオはルカへの気配りを忘れてはいなかった。


「おいおい、何でそんなに離れて歩いてんだよ。こっち来いこっち。せっかく出掛けられるんだからみんなで騒いで楽しもうぜ」


 近寄って肩に手を回すも、ルカはすぐに振り解く。


「うるせえ、おれに構うな」


「はあ。相変わらず辛気くさいやつじゃ」


 あきれたようにため息をつくカロージェロへ、フィリッポも「ほんと、意地ばっか張っちゃって」と同調した。


 ルカを含めた四人とは別のところで、並んで歩いているのはリュシアンとダンテだ。この二人は先ほどから戦争における戦術についての会話ばかりである。


「このあたりが戦場になると仮定した場合、ダンテならどう陣を敷く?」


「そうだな……おれならまず敵より上をとることに全力を注ぐね」


「うん、もっともな考え方だ。だが常道は往々にして奇襲に脆さをさらけだしてしまう。この地形であれば、裏へ伏兵を配置されている可能性まで頭に入れておかなくてはならないよ」


「なるほど。やはりリュシアンの意見は勉強になるな」


 出会った頃に比べて、ダンテは最も印象が変わった一人だろう。

 彼は〈スカリエ学校〉が発足してまだ間もない時分に、リュシアンへと喧嘩を売ってそして叩きのめされた。以来、どういうわけなのかダンテは好んでリュシアンと行動を共にすることが多い。兄弟分みたいなものかもしれないが、ピーノとエリオのような同等の関係とはまた異なるようであった。


 そんな二人を、後ろから恐ろしく不味い食事を前にしたときのような目で眺めている者がいた。もう痣を隠すこともなくなったヴィオレッタだ。


「やだやだ。せっかくの遠出だってのに、ああはなりたくないね」


 彼女のすぐ近くにはオスカル、それにセレーネ、トスカ、ピーノと固まっていた。いつでもまずトスカがピーノのいる側へとやってくるので、彼女と仲のいいセレーネも続いて寄ってくる。そして生まれ育ちがまったく違うにもかかわらず、意外にセレーネとヴィオレッタも気が合うようだった。トスカが言うにはユーディットも含め、少女たち四人の結束はとても固いらしい。


「じゃあエリオたちみたいにはしゃげって?」


 ピーノが指差すその先にはエリオやカロージェロたちがいた。無駄に跳ね回ったり組み合ったりしながら歩いているのだ、よほど元気が有り余っているのだろう。


「はあ? バカどもは論外だ」


 ヴィオレッタがばっさりと切って捨てる。

 じゃあ、とばかりに今度は別の方向を指差した。


「ならユーディットとアマデオみたいな感じはどうなの?」


 触れそうで触れない距離、お互いを思いやるような笑顔。


「うんうん、あいつらはいいよな。こう、何つうか、見ててもちょっと歯がゆくてもどかしくて、すっごい応援してやりたくなるだろ」


 力のこもったヴィオレッタの言葉に、ピーノとトスカも一緒に「うんうん」と大きく頷く。やはりみんな同じように感じていたのだ。

 そんな彼女に対し、含み笑いをしながらセレーネが「似た者同士ですものね」と話しかけた。


「だってほら。あなただってオスカルと仲がいいじゃない」


 もう彼女も誰彼かまわず「下々の者」と呼んだりはしなくなった。皆と分け隔てなく接するようになったセレーネだからこそ、むしろピーノは彼女が貴族の出であるのだと強く認識している。


「おまえなあ、こういうのは腐れ縁ってやつだよ」


 そう言ってヴィオレッタは隣を歩くオスカルの首を抱えこむ。彼の顔がヴィオレッタの胸に触れていたが、彼女は一向に頓着していない。


「うわっ、バカっ、やめろよ、離せって」


「ぎゃっはっは。何だこいつ、エリオに絡まれたルカみたいなこと言ってやがる。受けるよなー」


 耳まで真っ赤にしてもがいているオスカルにお構いなしで、ヴィオレッタが豪快に笑い飛ばした。

 そっと目を伏せ、トスカが呟く。


「オスカルも辛いところだね……」


 セレーネとピーノもすぐに反応した。


「ええ、これはちょっとむごいわね……」


「ぼくらにできるのはそっと見守ることだけだよ……」


 傍から見ていれば、オスカルの気持ちが誰にあるのかなんて考えなくてもわかる。知らぬはヴィオレッタのみだろう。

 ここで最後方から声がかかる。


「さあ、あと少しだ。もうすぐ着くぞ」


 振り返ると、初めて出会ったときのような、人好きのするとても魅力的な笑みをニコラが浮かべていた。

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