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娼館の用心棒ピーノ  作者: 遊佐東吾
3章 スカリエ学校の子供たち

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最初の夜の出来事

 旧都アローザから新都ネラまでは、馬を飛ばせば半日程度の距離だ。だが荷台に六人もの少年少女を積んだ荷馬車ではそれなりに時間もかかる。

 結局、ピーノたちが新都ネラへたどり着いたのは、日が沈んで随分と経ってからのことだった。


 灯りもほとんどついておらず、暗く静まり返った夜の都はどうにも居心地が悪い。笑い声や怒鳴り声など、夜になってもずっと誰かしら人の声が聞こえていたアローザとはえらい違いだ、とピーノも首を傾げる。


 ずっと乗り心地の悪い荷馬車に揺られていたせいで、ピーノだけでなく全員が疲れ果てていた。簡単な昼食以降は何も口にしていなかったが、あまりにお腹が空きすぎたせいもあって感覚が麻痺してしまい、それよりも早く眠りにつきたい気持ちが勝ってしまう。


 彼らが案内されたのは都の外れにある三階建ての建物だった。それほど大きくはないものの、十三人の少年少女が寝起きする場所としてはまず問題なさそうだ。

 玄関先ではわざわざニコラ本人が到着を待ち構えていた。


「かなり遅くなってしまったね。まあいい、諸々の話は明日の朝にでもさせてもらうよ。今晩はとにかくしっかり体を休めるといい」


 食事の用意もまだあるから希望者は申し出てくれ、と告げながらニコラが館内へと入っていく。しかし誰も食事については言いださず、とにかく寝床を求めて足を動かした。

 一階を素通りし、二階で六人は別れることになった。どうやら階によって男女別となっているらしく、三階へ向かうのはトスカだけ。

 残りの五人は「あそこが君たちの部屋だ」と廊下の奥を指差される。すでにルカら四人も同じ部屋で休んでいるらしい。


 ニコラとトスカへ「おやすみなさい」と挨拶をすませ、ピーノたち五人は指示された部屋の扉を開ける。中にはいくつか蝋燭が灯されており、暗がりにぼうっと小さな炎が浮かび上がっていた。

 見ればそれなりに広い室内のはずなのだが、木製の寝台が九つも置かれているせいで自由に動ける空間というものがほとんどない。はっきり言って窮屈であった。


「ちっ、来やがったか」


 ルカが相変わらずの敵意をぶつけてくるが、彼のことなどどうでもいいピーノは目線さえ向けなかった。

 どんなに不快なやつでもいないものとして扱えば問題ない。

 そんな態度がルカの癇に障ったらしい。


「おいこら赤ちび、おまえ何無視してるんだ」


 ピーノは返事をしなかった。徹底して相手にしない。

 エリオはと言えば我関せずといった調子で大欠伸をし、適当に選んだ寝床へ仰向けとなって倒れこんでいる。

 とうとうルカがピーノの方へとやってきだした。

 本当に面倒くさいな、とピーノは内心で舌打ちをする。

 彼はルカを避けるように、入ってきた扉から再び廊下へと出た。


「おいおい逃げんのかよ、赤ちびよぉ」


 ピーノが怖気づいているとでも勘違いしたのか、にやにやしながらルカも追ってくる。

 気づかれないほどかすかなため息をついた次の瞬間、いきなりピーノは彼の懐へと体を潜りこませた。そしてルカの襟首をつかみ、彼の体を跳ね上げるようにして一回転させ床へとしたたかに叩きつけてやった。


 エリオほどの膂力はもちろん持ち合わせていないが、そんじょそこらの相手であれば力でも負けはしない。ドミテロ地域での選抜試験やノルベルトとの旅でピーノはそのことを理解していた。


 背中から思い切り落とされてなお、ルカは自分に何が起こっているのかを飲みこめていない様子だった。

 だがピーノは追撃の手を緩めない。そのまま向きを変えてルカへと跨がり、左手で彼の首を力ずくで押さえつけ、右の拳で顔面を何度も何度も殴りつける。無言のままで。


 続々と部屋から出てきた他の少年たちもそんなピーノを止めようとしない。大半はむしろ面白がっており、喝采を送ったり口笛を吹いたりする者までいる始末だ。

 それでも最後に部屋から飛びだしてきたエリオだけは違った。強引にピーノとルカの間へ体をねじこんで二人を引き離す。


「やりすぎだぞピーノ!」


 珍しく真剣な表情でエリオが声を荒げた。


「おまえ、これじゃただ弱いやつをいたぶってるだけじゃねえか! そんな口だけのお坊ちゃんなんて、ちょっと力の差を見せてやるだけで充分だろうが!」


 エリオに言われずとも、そんなことはピーノだって百も承知だ。

 ただ、肝心なのは最初である。ここで徹底的に痛めつけておけば、いくら思い上がりの甚だしいルカとはいえ、もう二度とピーノへ絡もうなどと考えないだろう。


 互いに納得がいっていない表情で向き合っている二人の傍ら、力なく体を起こしたルカが呆然としている。目蓋は大きく腫れ、鼻からは血を流した姿で。


「弱い……? おれが……?」


 ゆっくりと立ち上がり、次第に彼は語気を強めていった。


「誰が弱いって、ああ? おれか、おれのことなのか? なあ! こんな屈辱、許せるもんかよ! 殺す、てめえだけは必ず殺してやる!」


 半狂乱になったルカが殴りかかったのは、先ほどまでやり合っていたピーノではなくエリオの方だった。


「うおっと」


 余裕をもってエリオにかわされるも、また大振りの拳を彼へと打ちこもうとするルカ。しかしその動きは途中で止まってしまった。素早く寄ってきたピーノによって、腹部へ強烈な一撃を叩きこまれたからだ。

 意識を失い、鼻から血を、口から涎を垂らしながらルカは廊下へ崩れ落ちる。

 そんな彼を冷たく見下ろし、ピーノは心底どうでもよさそうな口振りで言った。


「鬱陶しい。ぼくはさっさと寝たいんだよ」


 そのままエリオと目を合わせることなく、集まっている他の少年たちも押し退けて部屋へと戻っていく。

 廊下からは「──とりあえず、ニコラから水と包帯をもらってくるわ」というエリオの声がするが、ピーノは聞こえていない振りをした。


       ◇


 翌朝、目を覚ましたピーノはまだ不機嫌だった。あまりぐっすりとは眠れなかったためだ。それもこれも全部あいつのせいだ、と唇を噛む。

 その「あいつ」であるところのルカは顔中を包帯ででたらめに巻かれ、意外にも気持ちよさそうな顔で眠りこけている。なのでピーノはますます腹が立ってしまった。


 だからなのだろうか、彼のお腹からぐう、と大きな音が鳴る。

 どうやら起きだした他の少年たちも同様だったらしく、特に昨日の夕食にありつけていない荷馬車組から「お腹減ったよー」との声が上がっていた。


「一階に食堂があるんだ。朝食時にこれからのことを話す、とニコラ様が昨晩おっしゃっていたからね」


 まだ名前のわからない少年が親切に説明してくれる。

 ならとりあえず一階へ下りよう、ということで話はまとまった。


 いつもであればエリオとともに行動するピーノだが、意見が割れた昨夜のこともあって少々声をかけづらい。

 しかしそのように気にしているのはピーノだけだったらしい。

 他人の寝台をぴょんぴょんと跳んで渡り、それぞれの持ち主から苦情を受けつつエリオがすぐそばへとやってきた。


「おはようさん、そんじゃ下へ行くとしますか」


 そう言ってにこっと笑う。

 こういうところだよ、とピーノは横を向いて大きなため息をついた。

 苛々していた自分がまるでバカみたいだ、と思わされてしまうのだ。


「──半年後くらいに謝るよ」


 渋々といった調子であったが、それで充分とばかりに、笑ったままのエリオがピーノの肩をぽんぽんと叩く。


「さ、朝メシがおれらを待ってるぞ」

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