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娼館の用心棒ピーノ  作者: 遊佐東吾
8章 娼館の用心棒
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動きだす

 決してトスカの覚悟を低く見積もっていたわけではない。

 親友だったセレーネが再びの争乱をもたらそうとしていることにどれほど心を痛め、責任を感じているか。そこはピーノもよく理解しているつもりだ。それぞれ自分とハナとに置き換えられるのだから。


 ただ、彼女の口から「刺し違えてでも」などという強烈な言葉を聞かされてしまうとやるせない思いに駆られてしまう。そんな結末など誰も望んでいないのだ。

 トスカが立ち去った後も一人その場に佇んで、「まいったな……」と深く長いため息をつく。


 それでも昨日までのピーノとは違う。マダム・ジゼルから搦め手で諭されたおかげで、事態の進行を俯瞰できるほどの冷静さはある程度取り戻したつもりだ。

 すぐに頭は対セレーネ、および対ハナの算段を始める。

 朝から昼へと時間が進み、一向に代わり映えしない和平交渉を陰から警護しつつも、ピーノは思考し続けていた。


 当然ながらマダム・ジゼルの館に暮らす女たちは誰一人傷つけさせない。

 タリヤナとレイランド、両国の外交使節団も守り切らねばならない。

 そしてトスカに手を汚させることなく、ピーノ自身が矢面に立って〈名無しの部隊〉の主力であったセレーネと舞踏魔術の使い手であるハナを完封する。

 なるべくなら彼女たちにもこれ以上罪を重ねさせずに。


「まあ、どうにかするしかないね」


 いずれも厄介な問題だが、それでもピーノには「エリオなら見事にやってのけるんじゃないか」という思いがある。しかし彼はもうどこにもいない。

 はたして自分程度の人間の手が届く範囲なのかどうか、不安を抱えながらも心は意外なほど穏やかだった。マダム・ジゼルのおかげだ。

 静かに腹を括っているのはトスカだけでなく、ピーノも同じであった。


       ◇


 タリヤナ教国とレイランド王国の交渉は先の見えない消耗戦のごとき様相を呈していたため、勝負どころはしばらく先だとピーノは見ていた。

 イザークやディーデリック曰く、「双方には和平への意思がある。必ず結実するはずだ」とのことだった。彼らの言葉には一も二もなく同意できる。


 そう感じられるのも、ニルーファルやメフラクをはじめとするタリヤナ教国外交使節団と接していればこそだ。一筋縄ではいかない老練さの底に、誠実さを感じさせる人たち。

 誰もが自分の置かれた立場の下で、それぞれの為すべきことを(おこな)っている。


 だがもう一人、自らの職務に対しあまりに忠実な人物の登場によって、ピーノの読みは外れようとしていた。


       ◇


 スタウフェン商会の使いとして一通の手紙を携え、しばらくぶりにフィリッポがマダム・ジゼルの館へと戻ってきた。

 ピーノがジゼルと一晩を過ごし、朝にはトスカから覚悟の程を告げられた、まだその日の夕方のことだ。


「マダムにコレットさん、急ぎの知らせです。ディーの親父さんとチェスター兄さんから『一刻も早く届けろ』とせっつかれまして」


 いつの間にかえらく馴染んだ呼び名になっているが、今は呑気にそこを訊ねている場合ではない。

 フィリッポの息が少し上がっているのを見れば、彼がどれだけ快足を飛ばしてきたのかも察しがつく。


「ん、預からせてもらうよ」


 玄関付近に人だかりができている中、進み出たマダム・ジゼルが手紙を受け取った。彼女はそのまま豪快に手で封を千切り、文を取りだす。

 ざっと目を通し終えて即座に彼女は言った。


「みんな、そのままで。今から読み上げるよ。これは全員に知っておいてもらうべき案件だからね。もちろんフィリッポくん、君もだよ」


 横から覗きこんでいたコレットも「とうとうお見えになるのね」と呟く。

 マダム・ジゼルの口から出た内容は以下のものだった。


 差出人の名はグレン・アドコック。彼の主であり、大病を患っているはずのレイランド王国外相キャナダインが明晩、スイヤールへ密かに到着するのだという。

 そしてキャナダインはタリヤナ教国側との非公式の会談を切望しており、その場所としてマダム・ジゼルの館を指定してきたのだ。

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