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娼館の用心棒ピーノ  作者: 遊佐東吾
8章 娼館の用心棒
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束の間の交流

 レイランド王国外交使節団の到着まではいくらか日が空いた。

 それまで、マダム・ジゼルの館においてひと時の交流の日々が過ぎていく。


 意外に思えるほど友好的に接してくるタリヤナ教国外交使節団と、館で暮らす女たちの距離はみるみるうちに縮まっていった。特にレベッカは大人気であり、いつでもタリヤナ側の誰かが彼女と楽しげに戯れている。代表のニルーファルや副代表のメフラクであっても例外ではない。

 さながら祝祭のような時間だ。

 警護役を自任するピーノとしても、好むと好まざるとにかかわらずその真っ只中に身を置くしかなかった。


       ◇


 色素を抜いた真っ白な花に向かって祈りを捧げる、それがタリヤナ教徒にとっての一日の始まりであった。一日の終わりも同様だ。

 ピーノたちからすればまったく馴染みのない光景だが、事前に必修の知識として教わっていたため特に問題は発生していない。


 他にも、等間隔で直角に折り曲げまくった細い鉄の棒を一定の時間ごとに鳴らしたりとか、食事には必ずタリヤナ地方特有の白い麦を三粒添えたりとか、気を遣わなければならない戒律は多岐にわたった。


 ただ、同じタリヤナ教徒であるはずのナイイェルからはうるさく注文された覚えがピーノになかったため、そのことについて彼女へ訊ねてみた。

 返ってきたのは「そんなのは状況による」という明快な答えだった。


「聖クレイシュ様だって『形式よりも内実を重んじよ』と書き残しているからね。わたしの場合は戒律を守るためにこの地で無理を通す必要を感じなかっただけ」


 タリヤナ使節団とスイヤールの間に立って友好の橋渡しをするという、降って湧いたような大役を任せられた彼女ではあったが、そこはさすがにナイイェルだ。如才なく振る舞い、早くも先方からの信頼を勝ち得ている。


 中でも全権大使を務めるニルーファルはいたく彼女を気に入ったようであった。

 半ば強引にナイイェルといろいろな話をしたらしく、その辛い過去を知って「何と恥ずべきことだ!」と大声で叫んでいたのはピーノも耳にしている。

 直後、後ろから肩に気安く手を置かれた。副代表のメフラクである。


「ニルーファル様は慈愛に満ちた優しい方だ。だが同時に、苛烈さも持ち合わせておられてね。あのナイイェルという少女を傷つけた忌むべき聖職者はすぐに特定され、すべての名誉を剥奪され財産も没収、親にきょうだい、いるならば子供まで斬首の刑に処されて永遠に呪われることだろう」


「そこまでやるのか……」


「やってしまうんだよ。あの方を怒らせないようにな、少年」


 飄々とした態度のまま、メフラクはその場を立ち去った。

 ちなみにピーノの素性などとっくに知られている。


 タリヤナ教国の情報収集力が優れているのか、それとも大国ならば当然のことなのか。ピーノが以前にウルス帝国の〈名無しの部隊〉へ身を置き、脱走して以降はスタウフェン商会の創始者イザーク・デ・フレイの下へ身を寄せ、そして帝国皇帝ランフランコ二世の殺害に及んだことまで把握されていた。

 無論、かつて帝国軍の一員であったことは不問とされている。成し遂げた功績が非常に大きいのと、ピーノ自身は戦場に出ることなく帝国を去っているためだ。


 その点で言えば、問題となるのはトスカとフィリッポの二人である。

 当然ながら対策もされていた。トスカはクロエたちに紛れて館で暮らす少女として振舞っている。彼女の演技力も大したもので、ピーノの目から見てもまるでずっとここにいたかのように錯覚してしまうほどだ。


 フィリッポに関してはいくつかの案が出たものの、最終的にスタウフェン商会へ身柄を預けることで決着した。イザーク、ディーデリック、チェスターの三人が揃って「彼の力を借りたい」と申し出てきたためだ。

 どうやらフィリッポをレイランド側の警護に充てたいらしく、本人も頼られることに対してはまんざらでもなさそうであった。

 けれども、そのことは別の事実を意味している。


「ならダンテは来ないんだね」


 そう確認したピーノに対し、なぜかイザークの返事は要領を得なかった。


「どうなるかはわからん。五分五分──というのは希望的観測か。まあ、有り体に言えばキャナダイン殿次第だ」


 ため息混じりにイザークの言葉が続く。


「実はしばらく前からキャナダイン殿が大病を患っていてな。いまだ現役の外相であるだけでなく立場を超えた卓見の持ち主でもあるため、誰もが今回の会議への参加を願っているんだが、はたして来られるかどうか」


「今のレイランド国王は大戦中に即位して以来、キャナダイン外相に全幅の信頼を置かれているようだしな」


 いるといないとじゃ事の成否に大きく影響するだろう、とディーデリックも渋面を作った。

 なるほど、どうやらダンテは匿ってくれた恩義のあるキャナダインの警護役を引き受けているらしい。ピーノとしても納得のいく近況であった。

 しかし情勢は想定していたよりも流動的だ。タリヤナとレイランドの交渉の行方がどうなるか、蓋を開けてみるまではわからない。


       ◇


 タリヤナ教国外交使節団のスイヤール入りから遅れること七日、ようやくレイランド王国外交使節団も華々しく到着した。

 だがイザークたちが懸念していた通り、そこに外相であるキャナダインの姿は見当たらなかった。

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