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娼館の用心棒ピーノ  作者: 遊佐東吾
8章 娼館の用心棒
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ようこそ、マダム・ジゼルの館へ

 タリヤナ教国の使節団よりやや先回りする程度の時間差で、ピーノもマダム・ジゼルの館付近まで戻ってきた。


 館周辺にも相当数の市警隊が配備されており、その内の一人がピーノに「おい、ここから先は許可なき者は立ち入り禁止だぞ」と見咎める。

 加えてピーノが名乗るよりも早く、少し離れた位置からすぐに「何事だ!」と助勢の隊士が駆けつけてきた。

 だがピーノの顔を間近で見た彼は「や、失礼しました」と態度を翻す。


「あなたが赤毛のピーノさんですね。お会いできて光栄です」


「そんな畏まられるような人間じゃないんだけどな……」


 スイヤールの暗部であったメルラン一家を壊滅させたことによる評価なのは、世情に疎いピーノにだってさすがにわかる。だからといって皆殺しという手段が正当化されるとは今も当時も思っていない。レベッカやジゼルたちを守るため、最も手っ取り早い方法を採っただけだ。

 困惑するピーノに対し、最初に声をかけてきた隊士も慌てて姿勢を正した。


「これは失礼いたしました! 我々スイヤール市警隊一同、己の命を顧みず全身全霊を以て職務遂行を果たす覚悟です! マダム・ジゼルを始めとする館の皆様方にも何とぞご安心いただかれますよう!」


 ついぞ会うことはなかったが、市警隊隊長を務めていたレベッカの父ドミニクの気概はしっかりと受け継がれているらしい。

 嬉しさと不安が入り混じる、複雑な気分だった。大抵の相手であれば彼らはきちんと応えてみせるだろう。けれどもセレーネやハナによる襲撃があれば話は別だ。力量に差がありすぎて、時間稼ぎのための肉の壁にさえなれないかもしれない。


「だめ。自分の命もちゃんと大事にして」


 それだけを言い残し、ピーノは館へと帰っていく。


       ◇


 一階で使節団の到着を待ち構えているのは、マダム・ジゼルとコレット、ナイイェル、そして担当役人のプランタンだけであった。

 プランタンは緊張のためか少々肩に力が入っているが、談笑しているジゼルらの態度は傍目にも普段と何ら変わりない。

 彼女たち四人へピーノは「もうすぐ着くよ」と手短に告げる。


 その言葉と示し合わせたかのように、石畳の上を往く車輪の音がいくつも耳に届きだした。市警隊の案内を受け、そろそろ一行がやってくる頃合いだろう。

 程なくして扉が開け放たれ、まず女性が先頭になって入ってきた。


 外見はナイイェル同様、タリヤナ教国出身者に特有の銀髪、白い肌、灰色の瞳。確固たる強い意志を感じさせる眼差しだ。年齢に関しては、マダム・ジゼルやコレットと同世代だとピーノは聞いている。

 今回、タリヤナ教国外交使節団の団長を務めるニルーファルだ。

 そして彼女に続いてやってきた男が副団長のメフラクであろうと思われる。ニルーファルよりいくらか年下だそうだが、笑みを湛えてやけに世慣れた雰囲気が彼を実年齢よりも高く見せていた。


 この二人について、ピーノはイザークやディーデリックからいくつかの基本的な情報を得ている。

 先代宰相の孫娘であり、近い将来に教団の中枢へ入ることも確実視されているというニルーファル。教主が国家元首も兼ねる祭政一致のタリヤナ教国にあって、そのことは彼女が次代の指導者になるのを意味していた。


 対してメフラクは軍での経歴を重ねてきた男だ。先の大戦において最前線で戦ったこともあるそうだが、本来は主として広報部門に携わっているのだという。

 利害関係が微妙に一致しなさそうな二人なのだが、イザークやディーデリックの見解では「さすがにタリヤナも今度の戦争は望んでいない」であった。使節団の方針もレイランドとの手打ちで定まっているはずだ、と。


 ジゼルたちと使節団との間で長々とした挨拶が交わされる。儀礼的なものだ。

 ただし異郷の地に暮らすタリヤナ教徒のナイイェルへだけは、使節団の面々も「おお、我が同胞!」と抱擁を求めて列をなしていた。心から歓迎しているようにしか見えないナイイェルの演技は大したものである。

 それらを終えるとニルーファルが意外にも打ち解けたような笑顔を浮かべた。

 彼女はマダム・ジゼルとコレットを交互に見遣り、そして言った。


「お目にかかれて光栄です。シャーロット・ワイズ殿にルーシー・ワイズ殿」


 瞬時にジゼルとコレットの表情が強張ったのを、ピーノは見逃さなかった。

 さらにニルーファルが続ける。


「ゴルヴィタ共和国統領であったお父上、ブライアン・ワイズ公のご息女であるあなた方にお会いできるのを心待ちにしておりました」


 彼女の口にした内容は、ピーノにとっても初めて耳にする事実だ。

 もちろん本人たちが明らかにしなかったのは心情として理解できる。まったく別の国で何不自由なく暮らしていたであろう少女二人に、理不尽でさえある時代の波が襲いかかり数奇な人生を歩ませたに違いない。他人に話すことさえ憚られるのは当然だろう。


 けれどもニルーファルの言葉に含みがあると考えるのは早計だ。それは彼女の半生に触れればすぐに理解できる。

 タリヤナの大宰相、と称されたほどの政治家の孫であるニルーファルだが、その祖父は一度失脚の憂き目にあっている。十年に及ぶ雌伏の時を経て、政敵を打倒し要職へと返り咲いたのだが、その間にニルーファルの両親は命を落としていた。殺害されたのだ。


 マダム・ジゼルほどの人がタリヤナ教国の外交使節団を受け入れるにあたり、そのことを知らないはずもない。

 すぐにいつもと変わらぬ、人好きのする表情へと戻って彼女は言った。


「大変失礼ですがニルーファル様。先ほども名乗らせていただきましたように、今はそれぞれジゼルにコレットという名前がございます。ぜひ、そちらでお呼びいただけますようお願い申し上げます」


 穏やかかつ丁寧な物言いだが、譲るつもりがないのはありありと見えた。

 こういうところがさすがにマダム・ジゼルである。

 とはいえ、ニルーファルにとってもこの反応は想定内のようだった。


「こちらこそ失礼でしたね。ジゼル殿、ご容赦を」


 さらりと謝罪し、自然な流れでマダム・ジゼルの手をとる。


「お会いしたかったという気持ちに嘘偽りなどありません。大きな負担になるかとは思いますが、しばらくの間どうかお力添えをよろしくお願いいたします」


 ピーノとしてはほのかに好印象を抱く、二人のやり取りであった。

 レイランド王国の代表としてやってくるに違いないキャナダイン外相と彼女であれば、どうにか上手く交渉を取りまとめてくれるだろう。

 ならばピーノの為すべきこともはっきりしている。

 相手が誰であれ、その邪魔をさせないことだ。

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