お節介な友人
「もちろん今夜は泊まっていくわよね」とコレットが言えば、すかさずマダム・ジゼルも「今晩だけじゃなく、飽きるまでいてくれて構わないよ」と応じる。
そして二人は声を揃えた。だってピーノの友達なんだから、と。
トスカとフィリッポから正解となる返答を求めるような視線を寄越されるが、ピーノは無言のまま肩を竦めただけですませる。流れに身を任せるのが最善だ。
いつもであれば銘々好きな時間にとる夕食も、この日ばかりはほとんど全員が集まっていた。不意の来客であるトスカたちへ興味津々な質問攻めが続き、食堂は大賑わいとなっている。
フィリッポ曰く、ピーノの居場所を探り当てることができたのは、例のメルラン一家壊滅事件がきっかけだったらしい。
「裏社会のならずもの連中を単身乗り込んで手早く排除できるやつなんざ、そうそういてたまるもんか」
その情報を得て、ここスイヤールに的を絞ったのだという。言われてみればもっともな理由だ。
ちなみに彼の場合は、旧都アローザで闇市紛いの商いに手を染めていたのをトスカに見つかり、有無を言わせず引っ張っていかれたとのことだ。ピーノとしても呆れるより他にない。
騒がしい夜は時が経つのもあっという間だった。
一人二人と次第に食堂を後にする者が出だしてからも、クロエやナイイェルはトスカに対して交互に話しかけっ放しだ。ぐいぐいと距離を詰めている。レベッカも「トスカお姉ちゃん」としきりに呼んで随分懐いていた。
どうにも現実感のない光景だ、とピーノはぼんやり彼女たちを眺める。おまえは夢を見ているのだと告げられても今なら信じてしまうだろう。
ピーノの視線に気づいたトスカが、胸元で小さく手を振った。慌ててピーノもぎこちなく手を振り返す。
そんな二人のささやかなやり取りをナイイェルたちは目敏く見つけ、また満面の笑みとともにからかいだした。
だが彼女たちの視線が逸れた一瞬の隙に、ピーノへ耳打ちする者があった。
「後で話がある。みんなが寝静まってからで」
フィリッポだ。
何かが動くと予期していたピーノもすぐさま、ほんのわずかに首肯した。
◇
本来であれば夜に輝くはずのマダム・ジゼルの館だが、今宵ばかりはほとんど休業状態であり、周囲の建物同様に静まり返っている。
ピーノは館の屋根の上に立ち、夜風にあたりながら平静であろうとしていた。
「えらいところで話をするんだな」
少し遅れて壁に手をかけて上ってきたフィリッポだったが、両膝を伸ばそうとした一瞬にまた滑りかけてしまう。
「今度は落ちないでよ」
夜中だからご近所に迷惑だし、とピーノが冷ややかに告げる。
「そっちの心配かい!」
「だって落ちたところでフィリッポなら問題ないでしょ」
「いや痛いって、さすがに勘弁だってば。何事もないのが一番よ」
飄々とした態度は崩すことなく、ゆっくり慎重に近づいてきたフィリッポの足がピーノのすぐ傍で止まる。
「──ずっと眠れていないんだって?」
彼の質問にはいろいろな意味が含まれているのだろう。
トスカともフィリッポとも、まだ本当にしなければならない話をできていない。そんな間を片時も与えてくれず、マダム・ジゼルの館が一日中お祭り騒ぎになってしまったからだ。
二人とも、ピーノと一緒にエリオがいない理由について薄々察してくれてはいるのだろう。リュシアンを最後に、〈名無しの部隊〉で死んだ者はいないと夕食の際にフィリッポは言っていた。
ならばその続きを今度はピーノが語らなければならない。
淡々と、なるべく感情を込めないように意識して、ウルス帝国を逃亡してからの出来事をできるだけ簡潔に伝える。
話し終えたピーノはフィリッポからの反応を待つが、彼はなかなか言葉を発しようとしないでいる。
ようやく出てきたのは、なぜか「すまない」という謝罪であった。
「エリオの魂の冥福を祈ろう。どの道を行こうとも、結局は仲間との辛い別れが待っていたわけか。いやね、君たち二人がいなくなった朝から、おれはずっと『裏切られた』って気持ちでいっぱいだったんだよ。ちょうど実戦投入間近の時期だったしね。上手くやりやがったなクソッタレ、てなもんさ」
「ダンテにも言われたな、それ」
ピーノの合いの手に、フィリッポも暗闇で見えるくらいはっきりと頷く。
「彼の性格なら、自暴自棄のあまりどこかで暴れ回るかと思ってたんだけど。まさかレイランド王国でセス教の修道士になってるとはね。本当、人間ってやつはどこでどうなるかわからないな」
「同感」
短く答えたピーノは「さて」と次の話題を促す。
「これでお互いの状況はだいたいわかった。そろそろ本題に入ってよ」
「ん、鋭いな」
軽い驚きを含んだフィリッポの声が聞こえてきた。
「おれがこうして話しているのは、言ってみればただのお節介なんだ。ピーノ、君に頼みごとがあるのはトスカの方なんだよ」
「トスカが?」
「このままだと彼女、たぶん何も切り出そうとせずこの地を後にするだろうと感じたもんでね。柄にもなくちょっと世話を焼いてみることにしたわけさ」
ピーノは首を傾げてしまう。
「うーん、よくわからない。何でフィリッポが余計な手助けをするのか。だってあのトスカなら、頼みたいことくらいちゃんと自分の口で言ってくるはずだし」
「はあ。そういうダメなところは変わってなくて、むしろ安心するよ」
あくまでおれの見解だけど、と前置きして彼が続けた。
「ピーノ、ここで暮らす今の君はおれの目にさえ楽しそうに、満たされているように映った。アマデオとユーディット、それにカロージェロも『もう自分たちの幸せを見つけているから』と新たな旅に誘おうとしなかったトスカのことだ。そんな君をまた辛く厳しい道へ引き戻すとは思えない」
ピーノの肩へ手を置き、その指に力を込めてくる。
「もう一度言うぞ。きっと今でも君を好きでいる彼女だからこそ、自分の戦いに付き合わせてしまう道を選べないはずなんだよ」