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喜びの食卓

 よく来てくれたね、と迎えたユーディットが抱き締めてくる。


「きっとまた会えるって信じてたよ」


 多少の照れくささはあったものの、それよりも再会できた喜びが勝ってトスカも彼女の体へと腕を回した。


「あったかいなあ、ユーディは」


「そりゃ生きてるからさ」


 柔らかく微笑んだユーディットがトスカから離れ、次はセレーネと抱き合う。

 彼女とアマデオが暮らす小屋は随分と深い山中にあった。荒れた細い道によってかろうじて結ばれているドゥルワから半日、トスカとセレーネは休まず走り続けてたどり着くことができたのだ。

 小屋の奥からは食べ物のいい匂いが漂ってきている。前日の約束通り、アマデオが腕によりをかけて料理を作ってくれているのだろう。


 トスカの調子はだいぶ回復していた。一時はどうなることかと彼女自身も危惧していたが、少なくとも起床直後のようなことはなく落ち着いている。

 考えてみれば、元々が予知された未来を変えようとしている人生なのだ。たかが悪夢の一つや二つ、どうとでもやりようはあるに違いなかった。


 ユーディットから勧められるがままに板張りの床へ直接腰を下ろす。正確には獣の皮が敷かれていた。慣れない方式に若干戸惑ったが、それは傍らのセレーネも同様であるようだ。彼女は意外と表情に出る。


「そういや二人とも貴族の出だったっけ。ほんと、何もない山の中だからいろいろ大目に見てよ」


「ううん、ちょっと驚いただけ」


 トスカの言葉にセレーネも頷いて賛同した。

 以前にユーディットから直接聞かされている。彼女の祖父はこの地域で狩猟によって生活していた少数民族の出身であり、弓の達人だったそうだ。

 時代の流れか、その民も近隣国に組み込まれたために彼女の祖父は狩りを捨て、軍人として身を立てていく。結果として彼は活躍を認められ、上級将校であったマイエ家の婿養子となる。


 さらに月日が流れ、街での華やかな暮らしにさほど興味を示さなかった孫娘ユーディットを連れ、老齢のため軍から退いた祖父が森での狩りを教えたのだという。

 血筋と才能、そして何よりも興味が彼女の卓抜した弓の腕を作り上げたのだ。


 離れていた空白を埋めるように三人が談笑している間、アマデオだけが忙しなく動き回り、何度も往復して料理を並べている。

 手伝わなくていいのか、とトスカも訊ねてみたが、ユーディットから返ってきたのはまさに狩猟民族の答えだった。


「肉を手に入れるのがわたしの仕事。手が空けば木の実だって集めてる。ついでに言っておくとあんたたちは客。だから後は全部アマデオの仕事だね」


 単純明快な役割分担だ。

 なるほど、と納得したトスカはおとなしく客分として振舞うことにする。


       ◇


 様々な肉が所狭しと並べられていた。鳥だけでも何種類あっただろうか。

 年輪が刻まれた木の板や大きな葉に乗せて出された料理は、もうすっかり空になって賑やかだった宴の余韻を残すのみだ。

 最後は色とりどりの木の実を使った焼き菓子まで供され、その甘さにはトスカもセレーネも思わず歓声を上げるほど喜んだ。


「さすがに砂糖は手に入りづらくなっててねえ。できればもっとたくさんのお菓子を用意してあげたかったんだけど」


 巨体を縮こまらせ、申し訳なさそうにアマデオが言う。

 トスカたちは慌てて彼の言葉を遮った。


「充分だよ。充分すぎる」


「これ以上ないくらい堪能させてもらいました」


 それでもまだアマデオは首を傾げていた。


「いやあ、でもねえ。少し前に訪ねてきたカロージェロとフィリッポが手当たり次第に食い散らかさなければ、砂糖ももっと残ってたはずなんだけど」


「ふふ、あいつらは遠慮って言葉を知らなかったよね」


 含み笑いとともにユーディットが同調する。


「よかった……。あの二人も無事だったのね」


 セレーネはすぐにほっとした様子を見せた。

 教えてくれた話によると、何日間か滞在した彼ら二人はそれぞれ別の道を選んで立ち去ったのだという。カロージェロは以前と同じく漁師として生きるために故郷へ帰り、一方のフィリッポはといえば「おれはやっぱり都会がいいなあ」としきりにこぼしていたらしい。


「あのバカ、そのうちアローザに戻るんだってほざいてたのさ。逃亡者の身であるこの状況でアローザだよ、ありえない。いったい何考えているんだか。戻るにしても戦争が終ってからでしょうに」


「いやあ、たぶん何も考えていないと思うな。あいつは僕らの中でも群を抜いて成り行き任せの軽い性格だったからねえ」


 憤りを通り越して呆れ返っているユーディットたちから察するに、フィリッポをたしなめても徒労に終わったのだろう。


「そういえば彼、筋金入りの虫嫌いでしたわね」


 くすくすとセレーネが手を口元へやっている。

 トスカもすっかりくつろいで、床の上で大の字となって寝転がった。


「よくわからないな。わたしだったら、人里離れた土地でこういう静かな暮らしをしたい。お世辞抜きでユーディたちが理想だよ」


「別にいつまでだっていてくれて構わないからね」


 遠慮なんかしないでよ、と屈託なくユーディットが笑う。アマデオも大きく頷いてくれていた。

 本当にありがたいお誘いだ。だが、トスカにはやるべきことがある。

 どうしてももう一度、ピーノに会いたかった。それまで死んでも死にきれない。大陸中を駆けずり回ってでも捜す覚悟はできている。


 そのことに対してセレーネがいい顔をしないであろうこともわかっていた。彼女にはピーノとエリオに対するわだかまりがある。〈名無しの部隊〉崩壊のきっかけを作ったのは彼ら二人の脱走なのだ、と。

 トスカやユーディットは「避けられない出来事だった」との立場をとり、今は亡きヴィオレッタは「逃げたいんだったら別にいいだろ」と意に介さなかった。

 けれどもセレーネは違う。彼女は事あるごとに二人を責める言葉を口にし、そのたびに見解の異なるトスカらと軽い議論になってしまっていた。


 今だってセレーネへの友情にいささかの変わりもない。だからこそ、トスカは彼女から離れるつもりでいた。ピーノに対するセレーネの感情を利用して。

 そうすればあの夢で見た凄惨な未来を回避できるはずだと考えたのだ。

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