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娼館の用心棒ピーノ  作者: 遊佐東吾
7章 来るべき別れの日
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大階段のその先へ

 長旅の終盤とあって、いつでも元気に言い合っているエリオとハナもふとした拍子に顔へ疲労の色が浮かび上がる。

 無理もなかった。傍から見ればきっとピーノだって似たようなものなのだろう。

 だがすでに目的地であるウルス帝国皇帝宮殿を、はっきりと視界前方に捉えている。賑わいの欠片もない新都ネラの市街地はとっくに抜けてきた。ここから最後の踏ん張りどころだ。


 宮殿とは名ばかりであり、軍事要塞と形容した方がよほど似つかわしい。それほどまでに素っ気なく、さながら石の塊のごとき建造物。

 外壁に彫刻など装飾の類は一切施されておらず、来訪者の目を楽しませるための華やかな庭だってどこにも見当たらない。あるのはただ剝き出しの地面と、正門へ続く石畳の道のみ。


 いかにも新しく作られた都の皇帝居城らしく、機能性を重視して造成されたかのように思えるが、実際にはそうでないことをピーノもエリオも知っている。


「ハナ、準備はいいか」


 土埃を上げつつ先頭を走るエリオが、振り向くことなく問いかける。

 いつでも、とハナも短く答えた。

 しんがりを受け持っているピーノにも緊張感が増していく。たとえ一瞬であっても油断は命取りだ。


 すでに複数の兵士が進行方向を遮る形で待ち構えており、しきりに「止まれ、止まらぬか!」と怒声を飛ばしてきている。

 前後左右、そして上。他にも敵兵がいないか、目を凝らしてピーノは間断なく注意を払う。事前に推測した通り、守備隊の数は多くない。むしろ予想よりもかなり少ないのではないだろうか。


 かつてピーノたちが〈スカリエ学校の子供たち〉と呼ばれていた頃、ニコラが教えてくれた話だ。ここ新都ネラは帝国最奥部に位置するため攻め込まれる事態をまったく想定しておらず、それゆえに籠城戦には適していないのだと。要塞然としているのは見た目だけだ。

 元々の設計思想がそうである以上、守備隊を軽視しているのにも納得できる。


《長老ユエよ、代々の素晴らしい踊り手たちよ。若輩ながらこのハナ、皆々様方に恥をかかせぬよう命を懸けて復讐の舞踏をご覧に入れます》


 いつ以来になるだろうか、久々にハナが〈シヤマの民〉の言語で祈りを捧げた。

 何本か放たれてきた矢を素早く叩き落とすエリオの後ろで、ハナの足取りが不規則に乱れだす。舞踏魔術が始まったのだ。

 そして瞬く間に光点が浮かぶ。まず一つ、すぐにもう一つ。


 急激に歩調を落とした彼女に合わせて、先を行くエリオも後ろを守るピーノもほとんど立ち止まっているのと変わらないほどに足を緩める。

 このままでは格好の的だが、ピーノに焦りの色はなかった。

 復讐を望んだ彼女が自ら先陣を切ると買って出たのだから、護衛役に回ったピーノとエリオも信じて守り抜くだけのこと。

 光点が次第に増えていく。五つ、六つ、さらに七つ。


「おいおい、ユエ婆ちゃんと同じ数じゃねえか」


 驚くエリオへ、不敵な笑みとともにハナが告げる。


「もういいよ。エリオ、下がって」


「あいよ」


 すんなり応じた彼がハナの後方、ピーノに近い場所まで一気に跳ぶ。

 もはやハナの前に壁役はいない。状況としては危険極まりないが、すでに彼女は最初の勝負が決したのを確信しているようだった。


「先手必勝」


 そう高らかに宣言するなり、突然ハナの前で土が隆起する。

 (うずたか)く積もった土の山は形を変え、意思を持ったかのような波となって石畳の一部も巻き上げながら正門目掛けて襲いかかっていく。


「本物の海の津波には及ばないけど、これで入口の門は破れるはずだから」


 自信たっぷりに言ってのけたハナが前方を指差しながら駆けだした。


「さあ、波を追うよ」


 想像の埒外であろう出来事に遭遇し、門を固めていたはずの守備兵たちも散り散りになって逃げていく。

 そんな光景を眺めていたエリオはどこかほっとしたように息を吐く。


「やれやれ。まあ、無駄に門を守ろうとされるよりはいいか。仕事だからって別に死ぬ必要はねえだろうしな」


「こっちは皇帝さえ仕留められたらいいわけだしね」


 彼とピーノが頷き合い、土の波とハナを追う。

 両開きの巨大な門は一瞬にして破られた。周囲の外壁を巻き添えにし、城内へと雪崩れこんでいった土の波もようやく役目を終えて崩れ落ちる。跡には綺麗な円錐形の小さな山ができた。

 あっという間の出来事に、ピーノも「うわあ……」と感嘆の声を漏らすのが精いっぱいだった。


「ユエ婆ちゃんはもう超えたな、こりゃ」


 呆れ半分といった調子でエリオが続く。

 けれども見事に重責を果たしたにしては、ハナの表情は心なしか沈んでいるように見える。呼吸も随分と荒い。


「そんなことない。ユエ婆は本当に偉大な踊り手であり、導き手だったのよ。教わることはまだまだたくさんあった。あれほどの人にひどい死に方をさせてしまったこと、今から身をもって償わせてやる」


 ウルス帝国の墓標代わりにも思える円錐型の山を軽々と越え、三人は悠々と宮殿へ侵入した。

 突然の猛攻に、城内警護の任に当たっている帝国兵たちも大混乱だ。

 だが連中には目もくれず一気呵成に直進する。


 ピーノたちの眼前に広がっているのは、新都ネラ造成の折に目玉とされた通称「大階段」だ。類を見ないほどに非常に幅の広い階段が、踊り場を一つ挟んでそのまま謁見の間まで伸びている。さすがに壮観であった。

 駆けながら静かにハナが言う。


「覚えているよ、ここ」


 そんな彼女の隣に並び、エリオは握り拳を作って鼓舞する。


「もうすぐだ。おまえの本懐は何としてもおれたちで遂げさせてやる」


「うん、そのためにここまで戻ってきたんだから」


 ピーノも力強く応じつつ、立ちはだかろうとする勇敢な兵士を何名か続けざまに短剣で斬り伏せていった。

 もうすぐだ。この長く広い大階段を上りきれば、そこにはおそらく皇帝ランフランコ二世がいる。

 復讐の時は刻一刻と近づいていた。

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