ピーノの提案、ハナの言い分
人気のない森の中では、ピーノとエリオとハナの三人が膝を突き合わせるくらいの距離で話し込んでいた。
「おいおい、そんなことになってんのかよ……」
腕組みをしたエリオが唸る。
情報収集に出たピーノによってもたらされた、新都ネラと古巣である部隊の予想外の現状を理解したためだ。
もはや影も形もない〈名無しの部隊〉、率いるニコラはあのザニアーリ牢獄で囚われの身となっている。
ピーノも頷き、人差し指を立てた。
「まず優先順位をはっきりさせておくべきだと思う」
「同感だな」
そして二人は同時にハナへと向き直った。
「え、何? いきなり何?」
「だから優先順位を決めるのさ」
突然のことでたじろぐ彼女へ、エリオが言葉足らずの説明をする。
もちろんすぐにピーノの補足が入った。
「ハナ、どうしても許せない人間が二人いるって言ったよね。〈シヤマの民〉を身勝手に呼びつけ、さらには皆殺しにするよう命じた皇帝ランフランコ二世と、ハナのお父さんを手にかけたニコラ先生と」
「その二人、まったく別の場所にいるわけだからなあ。どっちを先に狙うか決めておかないと。最悪、二人目になった方は見逃さざるを得ない可能性だってある」
標的の順番はおまえが好きに決めていい、とエリオはハナに丸投げする。
しかし彼女の返答は早かった。
「その選択肢なら、皇帝が先に決まっているじゃない」
だってそれが依頼された任務なわけだし、とハナが続けて言う。
「もし後回しにして『失敗しましたー』って帰ろうものなら、あの小太りのおじいちゃん政治家が首を括って死んじゃうかもしれないし」
「あはは……」
苦笑いを浮かべながらも、ピーノはハナの選択に少し安堵していた。
心情として、できるならニコラとは戦いたくない。部隊でも有数の強さだったリュシアンをものともしなかったからではなく、ただ戦いたくないのだ。
彼によって父親を殺されたハナの前では口にできないが、ピーノにしてみればニコラは今でも恩師である。様々なことを彼から教わった。得体の知れない部分は確かにあったものの、それでも彼の振る舞いには優しさが滲んでいた。
そんなピーノの内心を知ってか知らずか、エリオが「じゃあ次の選択へ移ろう」と話題を変える。
「宮殿の大広間か、はたまた自室か、女の部屋か。いずれにせよ皇帝の居場所は最奥部だろうよ。どういう方法と経路でそこへたどり着くか」
「あー、そのことなんだけどね」
控えめに挙手をしてピーノが口を挟んだ。
「正面突破はどうかな。たぶん、上手くいくと思うんだよ」
「はあ? 正面突破ぁ?」
素っ頓狂な叫びをエリオが上げる。
無理もないが、ピーノにだって成算があっての提案だ。
「観察したかぎり、軍規の緩みはここ新都ネラでも同じだった。しかも守備隊の人数が大幅に減らされている。たぶん、どこかの戦線に回されたんだろうね。ニコラ先生はいない、〈名無しの部隊〉もいない、いるのは規律を失った少数の兵士だけ。こんな好条件、願っても叶うものじゃないでしょ」
「なるほど。おまえの言いたいことはわかったよ。下手に神経をすり減らして隠密行動をするより、いっそ最短最速の力押しで──そういうことだな?」
無言のままでピーノは首を縦に振る。
かつてのベルモンド少将暗殺の件を思い出すまでもなく、おそらくエリオにとってはそちらの方が相性がいいはずだ。
彼自身がそんなピーノの見立てを肯定してしまう。
「まあ、おれらもひっそり行動するのって苦手だからなあ。その案でいくか」
「ちょっと! 今さらそんな告白はいらないから!」
ここへ来て初耳なんだけど、とハナが憤る。
一緒にされたピーノも「ぼくは別に苦手じゃないよ」と抗議の声を上げた。
「はは、細かいことは気にすんなって」
こうして方針が一気に転換し、エリオは悪びれずに笑顔を見せた。
ランフランコ二世が好んで謁見を行う時間帯である、昼前のわずかな間。そこに狙いを定めてピーノたち三人は静かに時が過ぎるのを待つ。
◇
ピーノとエリオは特に申し合わせるわけでもなく、ハナを護衛しつつ二人で斬りこんでいく図を想定していたが、手筈を決めていく段になってその案へ待ったがかけられた。
ハナである。
「あんたたち、どこまであたしを足手まとい扱いすれば気が済むわけ?」
随分とご機嫌斜めのようだ。
エリオに「じゃあどうすんだよ」と問い返され、おもむろにハナが言った。
「石造りの建物と土があれば充分。あたしの舞踏魔術で門を押し潰します」
これにて決定、という空気を勝手に醸し出しながら彼女は一人頷いている。
顔を見合わせたピーノとエリオだが、強情なところのあるハナが説得に応じてくれるとも思えない。おまけに決行の機も差し迫っているのだ。
彼女と初めて出会ったときのことが思い出された。〈シヤマの民〉の長老ユエが舞踏によって土の塊を波打たせ、大木や巨石をあっという間に運び去った光景は今も鮮烈な記憶として脳裏に刻まれている。
「んー、そこまで言うなら任せてみるか」
きっと同様の場面を思い浮かべていたに違いないエリオが、意外にもあっさりと受け入れた。こうなればピーノにも反対する理由はない。
ただし備えはきちんとしておくべきだ。
「でもどのみち、踊っていると無防備になっちゃうから護衛は必要だよね」
「あ、それはそうかも」
ハナも素直に納得している。
「じゃあ二人とも、よろしくね」
復讐へ向かう少女らしからぬ無邪気な笑みをこぼす彼女に、ピーノは予期せず自身の脈が早くなったのに気づいてほんの少しだけ首を傾げてしまった。