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娼館の用心棒ピーノ  作者: 遊佐東吾
7章 来るべき別れの日
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是か非か

「ぼくが一人で受ける。それで何の問題もない」


 水差しと人数分のグラスだけが置かれている食卓を囲んでの話し合いが始まるなり、開口一番ピーノは他の三人に向けてそう言い放った。


 キャナダインたちが辞去したのはつい先ほどである。近隣の農家で一夜の宿を借りているとのことで、日が沈みかけていてもまだ弱まらない風雨の中をずぶ濡れになりながら戻っていったのだ。


 ダンテからかつての仲間たちが陥っている苦境を聞かされた以上、このまま素知らぬ振りで放っておくことなどピーノにはできない。

 特にヴィオレッタを失ってしまった少女たちの悲痛さは察するに余りある。いつだって彼女たち四人は固い絆で結ばれていたのだから。

 これが結論だとばかりに急ぎ足で話を進める。


「大丈夫。勝手知ったる場所での任務だし、心配しないで。そもそもこういうのはエリオよりぼくの方が適役だしね」


「待て待て待て、そう結論を急ぐことはあるまいよ。まずは状況の整理だ」


 神妙な表情でイザークが言う。


「ピーノにエリオ。おまえたちの尋常ならざる強さについて異論はない。だがな、数は力だ。宮殿最奥にいるウルス帝国皇帝を暗殺するには、いったいどれほどの守備網を突破していかなければならないのか、想像することさえ難しい」


 成功率が低いのは間違いないだろう、と続けた。


「相当に分の悪い賭けなのに加えて、暗殺を成功させたところでおまえたちが得られるものなど無いに等しいのだぞ。キャナダイン殿はこの件を歴史の陰で人知れず起こる出来事にしたがっているのだからな」


 そしてイザークはぐいっと身を乗りだす。


「つまり、俺は断固として反対だ」


 だがピーノも即座に反論した。


「別に何も欲しくなんてないよ。ただ、ぼくには見逃してもらった負い目がある。みんな本当に気のいい連中だったのに、振り切って見捨てるようにしてここまで来た。その選択に後悔はないけれど、もしも皇帝暗殺で戦争を終わらせることができるのなら、少しくらいは罪滅ぼしになるんじゃないかって、そう思うんだ」


「気持ちはわかるが、しかしだな」


 イザークが言葉に詰まり、唇を噛む。

 代わって「ちょっといいかな」と口を開いたのはハナだった。


「話の腰を折ってごめん。でも、伝えるなら今しかないと思うから。あたしには密かに望み続けてきたことがあるの。それは──」


 まずい、とピーノは直感する。おそらくその先を言わせるのはよくない。

 だが止める間もなく彼女は「かたき討ちよ」とはっきり告げた。


「あたしにとってのすべてだった〈シヤマの民〉を皆殺しにしたやつらを、決して許すことはできない。忘れることもできない。今の生活を守るために、心の奥で音を立てながら燃え続けている炎のような感情を、何度も見ないふりでやり過ごそうとはした。でも、その度にあいつらの顔がぼんやりと頭をよぎるのよ」


 彼女が二人の人物の名を標的として挙げる。

 ウルス帝国皇帝ランフランコ二世と、父を手にかけたニコラ・スカリエ。


「どうしようもない身勝手な言い分だってのはわかってる。それでもエリオとピーノ、あんたたちの手助けがあれば、きっとあたしの願いも叶う。またとない好機が思いがけず転がり込んできたみたいなものよ。復讐なんて邪で歪んだ願いだとしても、果たされなければ死ぬまで胸の内を黒い炎が焦がし続けてしまうだけ。だからお願い、依頼を受けるのであれば一緒に連れて行って」


 俯き加減のハナが息継ぎもせずに言い切った。

 イザークは無言のまま髪をぐしゃりと掻き乱し、同じくエリオも沈黙している。

 寝た子を起こす、ピーノとしては最も避けたかった流れになってしまった。


 こうなる可能性が低くないと見積もっていたからこそ、先んじて「単独で任務を受ける」と宣言したピーノだったのだが、やはり事はそう上手く運んでくれない。

 あえて不機嫌であるかのように装い、顔をしかめながらため息をつく。場の空気を悪くしてでも強引に押し切ろうと試みるつもりで。


「だからさあ、何べん言えばいいわけ? ぼくが一人で行くってさっきから──」


「もういいよ、ピーノ。おまえは昔からそういうのにからっきし向いてない。下手くそな演技でとてもじゃないが見てられねえよ」


 遮ったのはエリオだ。ようやく声を発した彼はなぜか笑みさえ浮かべていた。


「行き先はあの帝国だ。ハナを連れていきたくない気持ちはよくわかるけど、さすがにおれまで除けるのは無理があるぜ。生まれてこの方、おれたちはずっと一緒だった。今回だってそれは変わらないさ」


「はん。お見通しみたいなこと言ってるけど、全然わかっちゃいないよ」


 エリオへ寄せているハナの熱烈な恋愛感情を知っているのは、当人を除けばピーノだけだ。まだ推測の域を出ないが、おそらくその逆も。

 ならば二人の想いが通じ合うよう、自分にできることは何か。

 どう考えてもピーノだけでキャナダインからの依頼を受けるべきなのだが、エリオにはまったくそのつもりがないようであった。

 ピーノからの嫌味に、肩を竦めて彼が返答する。


「わかってねえのはおまえだよ、ピーノ。いくら『一人で行く』って言い張ってみたところで、勝手におれたちがついていったらどうすんだ。いちいち後ろを振り返って文句をつけるのか? それとも無視すんのか? 撒こうとしたって時間と労力の無駄遣いだぜ? どのみちなし崩しで合流することになるんだって」


「んぐ」


「ほーれみろ、言い返せねえだろうが。おれたち二人でならハナだってちゃんと守ってやれる。な、そうだろ」


 自分の身くらい自分で守る、と口を尖らせているハナを無視し、勝負あったとばかりにエリオはイザークの方へと顔を向ける。


「てなわけだ、これで結論とするよ」


「本当におまえたちは人の気も知らんで……」


 議論の趨勢が決したのを認め、辛そうな表情とともにイザークが声を絞りだす。


「ごめん」


 いつにない素直さで謝ったエリオだったが、次の瞬間には敵と対峙したときのごとくその目は鋭くなっていた。


「この任務は間違いなく、おれたちにしか遂行できない。イザークもダンテの話を聞いてたろ。決闘相手のリュシアンだって洒落にならないほど強かったのに、結局は手も足も出ずにやられた。今、あのニコラ先生を倒せるのはもうおれかピーノくらいしかいないんだよ」


 皇帝暗殺なんてそのおまけみたいなもんさ、と嘯く。

 ニコラと戦うことになるのはピーノももちろん覚悟している。というより、避けられない運命なのだと認識していた。

 だからこそ、ハナまで巻き込みたくはなかったのに。


       ◇


 浅い眠りを経ての翌朝、前日とはうって変わって快晴となった。

 朝食を終えてしばらくした頃合いに、ダンテと従者アドコックを引き連れたキャナダインも再び姿を見せる。

 迎えたイザークは前置きもなく「彼ら、受けるそうです」とだけ述べた。

 大きく目を見開いたキャナダインだったが、次の瞬間にはピーノたちに向かって深々と一礼していた。

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