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娼館の用心棒ピーノ  作者: 遊佐東吾
7章 来るべき別れの日
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王国の論理

 ちっ、とイザークがこれ見よがしに舌打ちをした。


「どうせそんなこったろうと思ってたよ、くそったれ」


 もはや言葉遣いさえ取り繕わずに吐き捨てる。


「そんなふざけた依頼、飲めるわけないだろうが」


「こちらとしても簡単に退くような覚悟で足を運んだわけではありません。もちろんデ・フレイ殿のお気持ちは理解できます。が、事は大陸全土の未来がかかった案件なのですぞ」


「だったらそこの小僧にでも行かせればいい!」


 イザークは食卓に拳を叩きつけ、力なく肩を落としているダンテを睨みつけた。


「条件はエリオやピーノと何も変わらんはずだ。例の〈傑作たち〉とやらに所属していたんだから、帝国内への再侵入もどうにかこなせるだろう。後は上手く元仲間たちとの戦闘を回避すれば、相討ち覚悟で皇帝暗殺まで持っていける。違うか?」


 薄々ピーノも気づいてはいたのだが、情に厚いイザークの手が差し伸べられるのはあくまで身内か、為す術なく困っている人だけだ。

 今回のように一線を引いている相手に対しては、冷淡にさえ思える態度をとっても何ら不思議はない。


 威圧してくるイザークの迫力の前に、ダンテも固く口を閉ざしたままだった。

 乾いた物言いではあっても筋は通っている、そう判断したピーノは議論の行く先を静観することにした。意思を表明するのはそれからだ。


「……そうもできん事情があるのですよ。私がダンテを匿っているのを知っているのも、代々仕えてくれているそこのアドコックのような一部の家臣だけでして」


 苦渋に満ちたキャナダインの声である。


「ご存知の通り、大同盟側の中核を成す我がレイランド王国とタリヤナ教国は元来非常に険悪な仲です。このキャナダイン、多少長く国の外務に携わってきただけで大した業績も残せておりませんが、両国を含んでの同盟関係を成立させたことにはささやかながら胸を張れます」


 これにはさすがのイザークも「謙遜は無用です」と同意する。


「あなたの外交手腕にはいつだって舌を巻かされてきた。ウルス帝国へ対抗するための大同盟結成はまさに集大成ともいえる歴史的な偉業でしょう」


「ではデ・フレイ殿。その大同盟が瓦解の瀬戸際にあるとしたら、どうです」


 キャナダインからの切り返しに、イザークは返す言葉に詰まってしまった。


「大同盟成立から三年以上の月日が経ちました。ウルス帝国も一時の勢いは見られず版図もかなり縮小したとはいえ、いまだ戦況は予断を許しません。にもかかわらず、我が国とタリヤナ教国の間で反目し合う局面が増えてきております。はっきり申し上げましょう、もう大同盟は持たない」


 時間の問題ですよ、とキャナダインが断言した。


「そうなればウルス帝国は確実に息を吹き返す。この巨大な戦争の出口はさらに遠のき、下手をすれば向こう十年、戦乱の嵐に見舞われた大陸が荒廃の一途をたどることになるでしょうね。これまで戦場で命を落とした者たちもただの無駄死にになってしまうのです」


 外の風雨は相変わらずの激しさであり、壁や窓を打つ音もよく聞こえる。

 一方で室内ではキャナダインとイザークの応酬だけが続いていた。


「あなたの懸念は充分に納得できるものですよ、キャナダイン殿。帝国皇帝の暗殺を成功させて無理やりにでも戦争終結へと導くのは、荒っぽい手段ではあるがこの状況下なら仕方ありますまい。しかしながら、そこのダンテという小僧を帝国へ送り込むのを躊躇する理由にはなっていないじゃありませんか」


 イザークからの反問に、すかさずキャナダインも指を二本立てて応じる。


「大きく分けて戦争には二種類ある、と私は考えます。どうしても避けられない戦争と、選択次第で避けられる戦争です」


「──なるほど、前者は対ウルス帝国だと」


「はい。ああも積極的な拡大路線をとられては、こちらとしても交渉の余地がなかった。翻って後者は、近い将来に高い確率で起こり得るタリヤナ教国との戦争が該当しますね」


「ふむ……」とイザークが椅子にもたれかかりながら唸る。


「仮にダンテを送りこんで皇帝暗殺を成功させた場合、我が国とタリヤナ教国の亀裂は決定的なものとなるでしょう。同盟諸国を信用せず独断で動き、かつ一騎当千の力を有したさながら兵器のごとき〈帝国最高の傑作たち〉を保有していることが明るみに出るわけですから」


「兵器、か。ひどい言い草だな」


「大変失礼な表現ではありますが、ご容赦いただきたい」


「ま、とりあえずあなたの仰りたいことは理解できましたよ。戦争終結後にレイランド王国とタリヤナ教国の力の均衡が崩れ、新しい戦争の最も大きい火種となってしまう可能性を危惧しておられるわけですな」


 いかにも、とキャナダインが大きく頷いた。


「この度の任務、エリオ殿とピーノ殿がこれ以上なく適任なのです。大陸全土をまたにかけて商いを行うスタウフェン商会の庇護下にあり、創業者である〈鉄拳〉イザーク・デ・フレイの名は誰もが知るところ。大国のレイランド王国やタリヤナ教国であっても、そう簡単にちょっかいをかけられる相手ではありません。帝国滅亡後の第三極となっていただければなおよいのですがね」


 腕組みをしたイザークの表情がどこか怪訝そうになる。


「あなたは昔からそうだった。レイランド王国へ変わらぬ忠誠を誓い、その繁栄のために身を粉にしておられるが過度な勢威までは望んでいない。賭け事で例えるなら、勝っても相手の身ぐるみを剥ぐようなことはせず、わずかであっても取り分を残しておく」


「長い目で見ればそちらの方が利益になるからですよ。互いにね」


 あえて感情を抑えたような、平坦な口調でキャナダインが言う。


「残念ながら我がレイランド王国とて永遠ではありますまい。二百年三百年、もしかしたら百年も経たぬ内に滅びの時を迎えてしまうかもしれませんし、現在とは似ても似つかぬまったく別の形態となってしまうやもしれません。ですが今、私の為すべきは少しでも良い状況を保って祖国を生き延びさせ、次の時代を担う者たちへと手渡すことです」


 二人はじっと互いの顔を見て腹の底を探り合う。

 先に根負けしたか、イザークが一つ息を吐いて切り出した。


「いずれにせよ、事が事だ。すぐに答えが出せるような依頼ではありません。話し合うために多少の時間をもらいたいが、構いませんな」


 もとよりそのつもりです、とキャナダインも応じた。


「ただこちらとしても長く待てるほどの余裕はありません。慌ただしくて申し訳ないが、いったんこちらを辞去して明朝には返事をいただきに参りたい」


「明朝か。もう少し猶予を──」


 渋るイザークだったが、最後まで言わせずに遮る声がする。


「それでいい。今晩中には結論を出すよ」


 立ち上がったエリオはそう決然と告げた。

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