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旅の終わり

 丘の上には冷たい風が吹き渡っていた。

 三人での旅にもそろそろ終わりが近づいているのを眼下の景色が教えてくれる。物見遊山とは程遠い、峻険な山岳地帯を強行日程で抜けてくるのが主な道のりではあったが、それでもピーノにはいくらかの名残惜しさがあった。

 しかし彼らの任務はここからが本番である。


「見えたね、宮殿」


 少し癖のある、柔らかい赤毛をかき上げながらピーノが言う。

 その傍らへとやってきた長身痩躯の青年も「ああ」と短く応じた。


「しかしまあ、あれだ。相変わらず辛気くせえ雰囲気だぜ」


 今にも舌打ちしそうな調子で彼は顔をわずかにしかめる。

 黒い長衣の僧服という出で立ちとは裏腹の、粗野な言葉遣いはエリオという名の彼にとっていつものことだ。


 何もない高原に突如として現れる、ウルス帝国の宮殿。ひたすら灰色で塗り潰されており、華やかな装飾など一切なく要塞と形容した方がよほど似つかわしいこの建物は、記憶の中の姿とまったく変わっていない。

 それもそのはず、ピーノとエリオの二人はつい半年前まで帝国内の少年少女たちによって編成された精鋭部隊にいたのだから。


 二度とこの地へ足を踏み入れることはあるまい、と固く心に誓って逃げだしたはずなのに、立場を変えて再びここへ戻ってきているのは考えてみれば喜劇的でさえあった。

 しかも、今回の目的は帝国皇帝の暗殺だ。ウルス帝国とそれ以外の国々の大同盟とによる、大陸を二分した泥沼のごとき戦争を終わらせるために。


 まるで捨て駒も同然の、たった三人での潜入作戦であったが、成功させるより他に道はなしと覚悟を決めているのはピーノもエリオも同じだった。戦闘に関しては二人とも誰にも引けをとらない自信があったし、何より同行している三人目を死なせるわけにはいかないからだ。


 ピーノらが知るかぎりこの世でただ一人、舞踏による魔術を行使できる存在である少女ハナ。厚めに仕立てられた外套からわずかに覗く、しなやかな褐色の肌は躍動する時を待ちわびている。


「こんなところで立ち止まって、なに? ちょっとは懐かしかったりするの?」


 そんなわけないか、と彼女は一人ころころと笑う。その動きに合わせて、無造作に結わえられた長い黒髪や、涙のような形をした深い青色の耳飾りがささやかに揺れた。

 少しの間、そんなハナを見つめていたピーノとエリオだったが、やがて互いに目配せをする。


「行こう」


 短くも決然としたエリオの言葉に、ピーノもハナも小さく頷いた。


       ◇


 そして戦争は終わった。ウルス帝国の敗北という形で。

 ピーノたちによる決死の潜入作戦が実を結び、帝国は完全に瓦解してしまう。

 だが、ようやく歓喜と安堵に包まれる街へと戻ってきたとき、虚ろな目をして力なく歩くピーノは独りきりだった。


 戦争終結という巨大な功績と引き換えに、彼は友人二人を失ってしまったのだ。

 幼い頃から兄弟同然に育ってきた親友と、密かに想いを寄せていた少女とを。

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