3、深まる謎
次の日。
丸山くんの髪の色は、赤から、前よりはちょっと抑えめの明るい茶色へと変わっていた。
加藤先生に言われたから直してきたのだろうか。見た目の印象と違って結構素直なんだと私は思った。
でも、加藤先生は納得しなかった。
「丸山、おまえ、染め直してくる気があるなら、何故しっかり元に戻さないんだ?」
「違うんすよ。これが俺の地毛なんだって、先生~信じてよ」
丸山くんは前髪をかきあげる。
「一年の時はもっと黒かったぞ」
「だから~赤にするとき色一回抜いたから、これが今の俺の地毛なんす」
先生は一瞬言葉に詰まったが、すぐに言い返した。
「だったら黒く染め直してきなさい」
「染めるの禁止じゃね~の?」
丸山くんは笑いながらはむかう。その言葉に流石の先生も、そろそろキレそうだ。
「そういうへりくつを言うなっ!」
「へいへい、先生のお気に召さないようで。俺もう今日帰るわ~マジ気分わりぃ~」
まだ一時間目の授業始まってもいないのに、丸山くんは帰り支度を始めた。
「じゃあさよなら、センセっ」
「そういうことしてるとまた留年するぞ!」
加藤先生は、出ていこうとする丸山くんに罵声ともとれる言葉を浴びせた。
「先生、っんな心配いらねぇよ。もし、そうなったら俺やめるから」
丸山くんはピシャリ!っと教室のドアを閉めて出ていった。
「……さあ、始めるぞ~」
そして何事もなかったかのように加藤先生は授業を始める。
加藤先生は何故か丸山くんにだけ、厳しい気がした。今の丸山くんと同じくらいの髪色の子なんて、このクラスにもたくさんいるのに。
それから一週間ほどして。
部活動選びが始まった。
ここに来る前にみた学校の資料には、そこそこ女子サッカーは強いと書いてあった。運動部に入った経験なんてなかったけど、自分を変えるためにチャレンジする気でいた。
でも、今年から顧問が居なくなったらしく女子サッカーは廃部になっていた。
もともと部活動もあんまり盛んではない学校だから他どこがちゃんと機能しているのかわからなかった。
始業式の件からか、クラスに友達も出来ず、私は完全に孤立していた。
丸山くんは多分バスケ部だ。
丸山くん見たさにマネージャーをやるのは、あまりに露骨過ぎる気がして、私は女子バスケ部に入ることに決めた。
女子バスケ部に入ってみると、始業式に一緒に帰っていた丸山くんの友達二人も、バスケ部員だということがわかった。
バスケ部といっても、男子も女子も、練習もろくにせず、もっぱら部室で、タバコを吸うために集まっているだけのようだった。
タバコを吸わない私は、誰に言われたでもないが、いつの間にか、放課後は部室のドアの前に座り、先生が来ないかどうかの見張りをする役になっていた。
同じ部にいても、丸山くんと話す機会は全くなかった。
部室を出入りするときに、私の横を通り過ぎる瞬間、それだけのことなのに、私はドキドキして嬉しかった。
部活動が始まって一週間ぐらいたった、四月下旬のある日。
この日もいつも通りドアの前に座ってると、
「えーっと、金井……なんだっけ?」
「美弥です。先輩」
女子部の二年の先輩が私に声をかけてきた。
何故先輩が私の名字を知っていたのかわからなかった。
私はまだ先輩の名前を覚えていなかった。
でも、わざわざ尋ねるのも煩わしかったので、誤魔化すように先輩とだけ言った。
名前はわからなくても、上履きの色で学年だけはわかったからだ。
「前から気になってたんけど、これ、美弥ちゃんに、なんかメリットあるの?」
先輩が言っているのは、ドアの見張り番のことだろうか?
私の言葉を待たず、先輩は話を続けた。
「あ!わかった!バスケ部に好きな人がいるとか?」
突然の先輩の言葉にドキっとして顔が熱くなった。
好きな人と言われ、一番最初に頭に浮かんだのはもちろん丸山くんだった。でも、自分自身まだ彼を好きなのか、わからなかった。でも、今一番気になる人なのは確かだった。
「好きかはまだわからなくて……。でも、気がつくと目で追っていて……その人のこともっと知れたらいいなって思ってて……」
先輩は私の言葉に不思議そうな顔をした。
「やだぁ~美弥ちゃん、それって好きって言ってるようなもんじゃん。で……誰よ?……拓?……りょう?……」
「いや……本当にまだわからなくて」
先輩は興味本意なのか、名前を問いただそうとする。
先輩の口から出てくる名前はどれも下の名前ばかりで、誰のこと言っているのか全然ピンとこなかった。
「え、あ……もしかして、理人?」
だけど、ひとつだけ聞き覚えがあるその名前。
理人。丸山くんのことだ。そう思ったら私の顔が熱くなった。
先輩はその変化にすぐに気がついたらしい。
「理人なんだぁ?あ……ここだけの話……あいつ、好きになったらやばいよ」
「え?どういう意味ですか?」
詳しく聞こうとしたら、部室のドアが開いた。
顔を出したのは噂の張本人、丸山くんだった。
「よっ!理人」
何事もなかったように、
先輩は丸山くんに明るく声をかけた。
「なつみ、金井と何話してんだ?」
丸山くんが親しそうに先輩のことを名前で呼んだ。
丸山くんと直接話してないのに、話の輪の中にいると思うだけで頬が熱くなった。
それに、丸山くんが女の子を呼び捨てするのを、私はその日初めて聞いた。というか女の子と話している姿も一度も見たことがなかった。彼女なのかな……そう思ったら胸がキュっと痛くなった。
「内緒。美弥ちゃんと、女同士の話だもん」
「どーでもいいけど、そいつに変なこと吹き込むなよ」
「どーしよっかなあ~?……理人次第かな」
なつみ先輩は私になにやら目配せをした。
私がきょとんっとしていると、なつみ先輩は、部室を覗き込み、
「ねぇ~みんなー、なんか飲み物とか欲しくない~?理人と美弥ちゃんが買いに行ってくれるって~」
っと、急に部員に声をかけだした。
私と丸山くんを二人きりにさせようというしてくれてるってことは、彼女じゃないのかな?元カノとか……。
「おい、なつみ!なんだよ、どういうつもりだよ」
「いいじゃん、いいじゃん。ほら見てよ。美弥ちゃん汗だく。水分補給してあげないと倒れちゃうよ」
なつみ先輩の言葉に、丸山くんが私の方をジッと見てきた。
確かにずっと日の当たる所に座っていたせいか、喉が渇いていた。自分でも気がつかなかったが、汗もかなりかいていたようだ。
「わ、私は、大丈夫です。でも、先輩たちが必要なら、私が何か買ってきます」
私は本当は一人でいくのは心細かったが、丸山くんに迷惑がられることの方が嫌で、とっさにそう答えていた。
「えー美弥ちゃん」
なつみ先輩は私の回答に納得いかないようだ。
「これ使え」
丸山くんは、自分の首にかけていたタオルを私に差し出すと、
部室の中を振り返り、
「おい!てめぇーら、注文とるぞ!金は出せよ~」
っと、手早くみんなの注文を紙にまとめ始めたのだ。
「金井、行くぞ」
丸山くんは、注文を取り終えると、さっさとコンビニの方へと歩き出した。
「あっ……丸山くんっ……」
貸してもらったタオルを返すタイミングすら掴めず、私はそのまま自分の首にかけて丸山くん後を追った。
背が高いからか、歩幅が違うので歩くのが早い。
私はその後をちょこちょこと小走りで着いて行った。
正門のところぐらいまで来て、なんだかやっぱり悪い気がしてきて、一人で行こうと思った。
それを伝えようとしたら、丸山くんが急に止まり振り返ったので、危うくぶつかりそうになった。
「金井……」
丸山くんの手が私の髪に触れた。
「あちっ!やっぱな……髪、焼けてねぇか?今日、日差し強ぇーしな。タオルでも被っとけ」
私の首に巻いていた丸山くんのタオルを、帽子がわりに私の頭の上に被せた。
「あ、ありがとうございます」
丸山くんの度重なる優しさに顔が熱くなるのがわかった。
照れてる顔を見られないようにタオルで隠していたら、丸山くんが突然、爆笑しだした。
「おまえ、そういう田舎くさいの、妙に似合うな~」
さっきまでの喜びもたちまち消えさり、私はむっとした。
タオルを外して返そうとしたが、丸山くんが手でタオルを押さえていたので出来なかった。
「丸山くん?」
丸山くんがジッと見つめてくる。
また前髪が目にかかっていて、丸山くんの表情が読めない。
背伸びすれば前髪に手が届きそうだったが、部室の時みたいに、私はまたその瞳に吸い込まれて動けなくなってしまった。
「笑って悪かった。……外すな。せっかくの綺麗な髪が傷むぞ」
私にぷいっと背中を向けると、コンビニの方へと歩き出した。
そんな丸山くんの耳が、あの日みたいに、またほんのり赤くなった気がしたのは私のきのせいではないだろう。
大事にしていた髪を誉められ、私は嬉しくて思わずスキップしたくなる気持ちを押さえながら、丸山くんの横を並んで歩いた。
出会ってまだ、ひと月くらいだが、少しずつだけど丸山くんのことが見えてきた。ぶっきらぼうにみえるけど、本当は優しくて、そして少し照れ屋な人。
「うわー、あいつらの注文面倒くせぇ~」
丸山くんの手にしたメモには、いろんな種類の飲み物が書かれていた。
確かにみんなバラバラ過ぎて探すのが大変そうだ。
「全員、炭酸にしてやろうかな~」
最初から全員一緒にする気なら注文を聞いた意味がないと思った。
「丸山くん、炭酸好きなんですか?」
「いや。俺はどっちかつーと苦手かな。だから、嫌がらせ的な?」
とかなんとか、ブツブツ言っていたが、
丸山くんはきちんと頼まれた通りの物を探して買っていた。
やっぱり、丸山くんはいい人なんだと思った。
みんなの注文を買い揃えたら、二袋にもなってしまった。
「私一個持つよ?」
「平気」
丸山くんは二袋を軽々と持ってくれた。
無造作にまかれた袖から見えていたその骨ばった腕に私は思わずキュンとする。
「ありがと」
「金井、アイス食うか?」
学校に戻る途中、さっき買った袋の中から、丸山くんがアイスを取り出した。
「いいんですか?誰かの注文なんじゃないですか?」
「いや、俺が買った。やるよ」
「あ、ありがとうございます。いくらですか?」
私がアイスを受け取りながら、慌ててお金を払おうとしたら、
「バカ、いいよ。俺のおごり」
っと丸山くんは軽い感じで言った。
「でも……」
私が申し訳なく思っていると、
「じゃあ、次回は金井が俺におごれよ。飯でもいいぞ」
っと丸山くんが冗談っぽく言って笑った。
さりげなく交わされた『次回』というフレーズに、トクンっと私の胸が高鳴る。
丸山くんはなんとも思っていないだろう、そんな些細な約束にさえ、私は胸をドキドキ、ワクワクさせられていた。
「ありがとうございます」
「あのさ、それ、ずっと、気になってんだけど?しゃべり方、わざと変えた?」
さっきまで優しかった丸山くんが少し怒った表情で私に問いかけた。
「しゃべり方ですか?……」
意味がわからず、私は聞き返した。
「敬語。同じ学年なんだし、なんか丁寧に言われると、逆にバカにされてる気がして仕方ねぇ。どういうつもりか知んねぇけど、最初の時みたいに、ため口で話せよ」
「あ……」
丸山くんをバカにしたつもりは、さらさらなかった。
部活は他の先輩もいたし、なるべく丁寧に話さなきゃいけない気がしてた。
でも、その態度が知らぬ間に丸山くんを傷つけていたなんて思いもよらなかった。
何を言ってもただの言い訳になりそうで、どうやって謝ればいいのかわからなくなった。
「ごめん」
もらったアイスを握ったまま、私はそのたった一言を言うのが精一杯で、丸山くんの顔を見ることもできなかった。
「ばーか。せっかくのアイス溶けちまうぜ」
その声に顔をあげると、丸山くんは全然気にしてない顔で、解けそうになっているアイスを食べていた。
私もこぼしそうになりながら、慌ててアイスをパクパクと食べた。
「暑いときに食べるアイスは格段に美味しいね」
丸山くんは私の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
「だろ?これからもっと暑くなるし、あんなとこに無理して座ってることねぇぜ。それでもし、文句言うような奴居たら、俺に言え」
「……うん、ありがと」
こんなにも優しくて思いやりがある丸山くんが、なんで髪を染めたり、タバコ吸ったりしているのか、私は不思議で仕方がなかった。






