第9話「ケントニスの攻防 後編」
エスペランス黒色騎士団は別名「黒狼」とも呼ばれている。
その特徴的な黒い鎧は、闇夜に紛れ迅速に獲物を狩る。また、単騎での行動はせず、必ず複数で確実に任務を実行するのである。
黒色騎士団の騎士達は、扱う武器こそ違いはあれど全てにおいて達人級の人間が揃っている。そして、過去の名誉などより実戦経験を尊重し、誉れ高き武人であろうとも必ず騎士となれるわけではない。
それら全てはエスペランス当主であり、黒色騎士団を束ねる上、自身がその騎士団の中で最強と謳われる「双剣聖」フラン・エスペランスの方針によるところが大きい。
彼女は過去に捕らわれない完全な実力主義者である。老若男女問わず強者だけがこの騎士団に入れるのだ。
今回の彼らの任務は、銀の賢者リリーナ・シルフィリアに扮した曲者と死神を狩ることである。
自らの当主の無念を晴らすべく黒色騎士団はケントニスへ赴いた。また、後方支援として、ミゼリコルド魔法騎士団の中でも支援に特化した魔法守護者のサポートも期待できた。
彼らは主君であるフラン・エスペランスを殺されたその無念を殺意へと変貌させ、月夜の中、血のように赤い瞳を漂わせる死神へと刃を向ける。
闇の中、まるで生命が生まれる光であるかのように火花が散った。
それは金属同士が衝突する際に発生するもの。または、魔法障壁に阻まれ散る火花であった。
シオンの持つ死者の叫びには、物質透過の能力が備わっている。
それは、相手がどんなに強固な鎧に身を包んでいようと、その表面に位置する鉄の塊を素通りし、中に存在する肉体を切り裂くのである。
だが、それは強力な魔法武器や魔法障壁には阻まれるという欠点も存在する。その為、魔法守護者が必要なのである。
彼らは相手が瞬間移動による逃亡を阻止する為、領域魔法である「転移阻害」を展開し、また、黒色騎士団に魔法障壁を付与している。
そして、自身は偽装と透明な体により完全に姿を消失している念の入れようである。
守護者が付与する魔法障壁により死神の鎌を防ぎつつ、黒き鎧がその直剣にて彼女の体を切り裂く。
暗闇の中、切り裂かれた傷口から鮮血が舞った。だが、それでもシオンは、まるでその様子を楽しむかのように不気味な微笑を絶やさない。
彼らが対峙しているその黒髪の女は、生を貪り死をもたらす文字通り死神なのだ。死神にとって死など隣人に等しいものである。
「お前達に斬られた私の美しい体は、傷つく度に怒りをもたらす」
「舞う血は、散る度にお前達に死をもたらす」
「どう? 私を斬る感触は? その手から漂う血の臭いは? それはお前達に……滅びをもたらす調べよ」
漆黒の闇が広がる中、血のように赤い真紅の瞳が光り輝く。
その瞬間、闇が牙を剥いた。シオンの目の前で直剣を構えていた騎士団の一人の胴体に横一文字の軌跡が走る。
それにより男の体は次第に前後でずれていき、真っ二つに切断された胴体が地面に滑り落ちた。
透明化している守護者の目が驚愕したのか大きく見開く。先程までは魔法障壁で弾き返していたはずである。それが突如、障壁を容易に切り裂いたのだ。
死神の持つ巨大な刀身にうっすらと青い文字が浮かぶ。それは、魔法付与特有のものだった。
揺れる黒髪の後ろで青白い炎のようにサファイアの瞳が闇の中、光り輝く。
「死者の叫びに魔法相殺の魔法付与を施した。もうお前達の身を守るものはない」
「そして、守護者よ。お前がどれだけ姿を消そうと……私の索敵の目からは逃げられない」
その殺意のこもったかのような青い光を目にし、死の恐怖を感じたのか魔法守護者は、咄嗟に自らを守る為の魔法障壁を展開する詠唱を開始する。
だがリリーナの持つ竜言語は、それより遥かに早く魔法構成を組み上げていた。
「中位神聖魔法・追尾する光弾<ミドルランクホーリーマジック・ホーミングライトバレット>」
彼女の手に光が生み出され、それは瞬時に細長い光弾に変貌し撃ち出される。
光の精霊の力が収束した魔法光弾を放つ中位神聖魔法である。追尾する……と魔法名に刻まれている通り、一度、照準となった相手が例え移動しようと高速で追尾する特性があった。
瞬間移動なら範囲外への回避も可能ではあるが……現在、書物庫は転移阻害の影響下にある。それをリリーナは逆手に利用したのだ。
魔法守護者の眼前に高速で魔法光弾が迫る。その光り輝く塊を目にしたのが彼の最後の光景だった。
魔法障壁を展開する前に炸裂したそのマジックミサイルは、守護者の青い鎧を砕き、内部の肉体を破壊する。破砕した鎧の破片と肉体の一部が周辺に飛び散った。
下半身だけになったその体がゆっくりと崩れ落ちる。
死神と対峙する黒色騎士団は、守りを固める守護者の損失に驚愕したのかその瞳を一瞬、銀の賢者に扮した女へ向ける。
相手の作戦を瞬時に見抜き、対策を即座に実行へ移す洞察力と行動力。そして、何よりその瞳に魔法構成が浮かび上がる銀の賢者にのみ許された独特な魔法詠唱。
それはまさに彼らが知り、そして、主君と共に世界を変えようとした尊敬すべきあの銀の賢者リリーナ・シルフィリアそのものなのだ。
自分達が倒すべき相手に迷いが生じたその隙をシオンは逃さなかった。
「何を……迷っているのかしら?」
動きが一瞬、止まったその体に照準を合わせ、妖艶な光を放つ巨大な刀身が斬撃を放つ。それは、何の抵抗もなくナイフで切れる肉の塊であるかのように、騎士の体を切断していった。
空中に血が舞う中、シオンの体が躍動する。
全身に漲る力を四肢に伝達し、しなやかに獲物を狩る百獣の王のようにその赤い瞳は、瞬時に騎士の眼前に距離を詰めその牙を剥いた。
死神の鎌を浮かせ、両手で男の首と腰を掴むと、上位身体増強により強化されたその膂力は、いとも容易く男の体を二つに引きちぎる。
両手に損壊した体の一部を掴み血と臓物が滴る中、その中央で彼女の口が残忍な笑みを浮かべた。
だが、そんな凄惨な光景を目の前にしても黒色騎士団は、撤退する気配すらなかった。
体を震わす事もなくその手にする直剣を握りしめる。そんな彼らを見て、シオンは顔を少しほころばせた。
「……さすがはあの双剣聖の率いる騎士団か」
斬撃が飛び交う中、魔法守護者を殺したリリーナは、目的のものを入手する為、本を漁っていた。
黒色騎士団の殲滅をシオンに任せた彼女は、想像探索により作成した光球が、その手に落としてくる本の表紙を確認して回る。
想像探索とは、物体により探索する物質探索とは違い、詠唱者のイメージする物体に近いものを探索する特殊な探索魔法である。
膨大な書物が立ち並ぶ中、目的のものを探すには本来、多大な時間を消費する。だが、この探索方法だとそのかかる時間を大幅に削減できるのである。
彼女が求める書物。それは「魔法大全集」である。
現在、使用されている魔法から使用者が極端に少ない魔法、さらに禁呪まで網羅されている魔法辞典であり、それを入手する目的は、言うまでもなく「クリスタル化」した詳細を調べる為である。
リリーナが暗闇の中、本棚へ手を伸ばした。その瞬間、彼女の目の前に胴体を切断された黒騎士の上半身が吹き飛ばされ、本棚へ叩きつけられる。
リリーナは、血で赤黒く汚れ読めなくなった本へ視線を移すと、闇の中、声を張り上げた。
「本は大事にしろ! 脳まで筋肉でできてるのかお前達は!」
その時、珍しく怒りを露わにする彼女の目の前にそれは降ってきた。
今まで見た魔法関係の書物より遥かに重く、分厚いその本はまさにリリーナが求めたものである。彼女は咄嗟にその本を抱きしめると、再び声を張り上げた。
「シオン! 見つけた! 撤退する!」
「あら? そう。それじゃ……」
闇の中、シオンの血のように赤い真紅の瞳が光り輝いた。
騎士の屍に取り囲まれ、その手を彼らの血で赤黒く染めた彼女は、美しい顔を不気味に歪ませる。
「終わりにしましょうか」
薄暗い書物庫の中であってもはっきり認識できるほどの濃密な闇が、シオンの手に収束していた。それは、次第に大鎌が持つ巨大な刀身のような様相を呈する。
「上位死霊武器・死神の大鎌召喚<ハイランクファントムウェポン・デスサイズサモニング>」
闇は大鎌へと変貌を遂げ、妖艶な黒光りする刀身にオーラのように漂い、霧散して消え去る。
シオンはそれを横に構えると、その口が短く言葉を紡ぐ。
「殺傷範囲拡大<キリングレンジ・エクステンド>」
それは、死神の大鎌への命令である。
シオンが持つ死霊武器は、召喚者の命令によりその形状や斬撃範囲を伸縮させることができる。先程の命令は殺傷範囲拡大。つまり、死神の大鎌が持つ殺傷区域を最大まで広げるものであった。
その刀身が耳鳴りのような甲高い叫び声を上げる。周辺に漂う霊力が吸い込まれ、凝縮していく音であった。
先程の命令の意味とその刀身が繰り出す斬撃の威力を理解しているであろうリリーナは、彼女の名を叫ぶより先に本を抱きかかえ、その場に頭を伏せる。
動きが止まったその瞬間に、戦場と化した書物庫に残った全ての黒騎士が、一斉にシオンへと距離を詰めた。
シオンの体を中心とし、その闇を纏った巨大な刀身が横一文字に光の軌跡を産む。死神の大鎌の斬撃は、迫り来る黒色騎士団を薙ぎ払い、それだけでなく書物庫そのものさえ切り裂いた。
地響きのような揺れと耳に響く轟音と共に、大量の書物が降り注ぎ、書物庫を構成する白い石の壁が崩れていく。
轟音と地響きが通り過ぎたその後、三階建てだった書物庫が二階建てに変わり果てていた……。
――場所は変わり、アフトクラトラス城。
ケントニスにてシオンとリリーナを逃した報は、宮殿に座すシルフィリアの耳に届いていた。だが、彼女はまるでそうなるのを初めから知っていたかのように顔色一つ変えずに話を聞いている。
その報告を持ち込んだのは青い礼服を着たミゼリコルド家当主エレオスである。
長身で黒い髪を後ろに纏めた端正な顔立ちをしている彼は、七賢者の魂転換の一件でフラン・エスペランスとリリーナに協力し、影ながら支えた人物である。
エレオスは疑念とも取れるその瞳を銀の賢者へと向けた。
「なんだ? まだ何か言いたそうな顔をしているな」
彼のその視線に気が付いたシルフィリアが、静かにまた冷徹にその言葉を口にする。
エレオスにはどうしても気になることがあったのだ。
リリーナ・シルフィリアとフラン・エスペランスの両名をよく知る故に今、目の前にいる銀の賢者の行動が余りに不可解なのである。何故、今、目の前にいる彼女はフランを助けられなかったのか?
銀の賢者と言われ、あのプロエリウムの軍勢すら退け、かつての七賢者と剣王ヴェルデの策略すら阻止したあの聡明な彼女が、何故、フラン一人を助けられなかった。いや、「助けなかった」のか。
その疑問を彼は命を賭して口にする。
「発言を許されるのであれば、ぜひお話ししたいことがあります」
「許可する」
「ありがとうございます。では……」
垂れる頭を上げ、エレオスは真剣な眼差しでシルフィリアのその青いサファイアの瞳を見つめた。
意を決したかのようにその口が言葉を紡ぐ。
「……何故、フラン・エスペランスを助けられなかったのですか? あなたほどの方が助けられなかったその事実が信じられません」
エレオスのその言葉に彼女は、その美しく整った眉一つ動かさない。
「私とて万能ではない。それとも卿は、私がフランの死について何の感慨も湧かないものだと思っているのか?」
「人の上に立つ身ならばわかるはずだ。主君の激情は下の者に動揺を与える。違うか?」
沈黙しシルフィリアの話に耳を傾けていたエレオスは、その言葉に反応し、再び頭を下げた。
「申し訳ありません。出過ぎたことを言いました。……失礼します」
頭を上げるとエレオスは一瞬、シルフィリアの横顔を見据え、身を翻しその場を後にしようとする。
その時、彼のその背中に彼女の言葉が投げかけられた。
「……待て」
声に反応し、エレオスのその体がピタリと動きを止める。振り向くと横顔を見せ椅子に腰かけたままのシルフィリアへ視線を向けた。
「……卿にだけ私の真意を語ろう」
短くそう口にすると彼女は立ち上がる。そして、ゆっくりとエレオスに近づいた。白く細い指が、そっと彼の視線の先へと動く。その瞬間だった。
「死への帰還<リターンデッド>」
彼女のその言葉で、彼は声にならないうめき声を発し、体から濃密な瘴気を吐き出しながら変貌を遂げる。
そこにいたのは、あの端正な顔立ちの紳士ではなく、醜い死者の顔を貼りつかせた亡者だった。
王宮に甲高い女の笑い声が残酷な余韻を残し響き渡る。
「助けない? 当然だろ? お前達、死者が一人、二人、死に還った所でこちらは何の感慨も湧かないんだよ!」
「むしろ、一時とはいえ、死者の分際で生者のように生きられるだけでも有り難いと思え」
狂気にまた残酷にその笑みを貼りつかせたシルフィリアへ、エレオスだった動く死体がその牙を剥く。
魔力のうねりが空間に放出された。その瞬間、血が飛ぶと共に死者の首が弾け飛び、壁に叩きつけられる。
残酷な笑いを止めた彼女は、宮殿から見える外の景色へ視線を移す。その口が不気味に歪んだ。
「さて。遊戯を再開するか。次はどこだ? 死の超越者か? それとも世界の監視者か?」
「超越者は面倒だな。あの骸骨が手を貸すとは思えないが、迷宮に逃げ込まれるとさすがに追撃は難しい」
その時だった。
シルフィリアは何者かの視線を感じたかのように一点を凝視する。勿論、今、彼女の視界に広がるものは王都アフトクラトラスの街並みだけだ。
だが確実に何かが見ているのをシルフィリアは確信したのか、その視線の先に自らの嘲笑とも受け取れる笑みを見せつけた。
「……見ているな。監視者」
「そんな熱い視線を送らず、直接、攻め込んできたらどうだ? 歓迎するぞ? 監視者よ」
その美しい顔を不気味に歪ませ、再び王宮内に残酷な甲高い彼女の笑い声が響き渡った。




