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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

日本語名の無い木

作者: 高尾(株)

何日かに渡って降り続いた雪は、街の白い絨毯をさらに厚くしていた。

川は道路の脇を冷たそうに流れている。

…遅いなぁ と僕は思った

今日は約束の日で、もう約束の時間は過ぎているのだ。

昨日、彼女と僕はテレビ電話で時計合わせをした(僕も彼女も時計マニアだ)から、時計がくるっているわけでは無いはずだ。

こんなことなら携帯電話をを持って来れば良かったと後悔する。ロマンチックな日には携帯は似合わないと思っていたが、こうなるとは思わなかった。

そう思った時、駅から彼女のような人影がこちらに向かって来た。間違いない、彼女だ。

「おまたせ」 彼女はそう一言だけ言った。

「ああ、待ったよ」

「またせちゃって悪いわね」

「いや、全然。それより早く行こうか」

「そうね」

彼女のためなら待つのも悪く無い。彼女の顔を見た瞬間そう思った。

それから僕たちは雪化粧のなされた石造りの街をまっすぐ進んで行った。



赤い星が誇らしげに輝く道を僕たちは歩いていた。

街はどこもかしこもクリスマスの雰囲気が漂っていて、道路の両脇の店はいかにもクリスマスという風な商品を売っている。トロリーバスも今日はクリスマス衣装だ。

この感じ!僕はこの風景を彼女に見せたかったのだ。

「素敵ね、あなたの街。私の故郷はこんなに賑やかじゃないわ」

農村出身の彼女は見たことのない風景だろう。この通りも、あの広場も、遠方の高層ビルも。

「そう言ってもらえると嬉しいよ。きっと喜んでくれると思ってた」

「えへへ」

彼女の初めてをまた一つ貰った。入念にデートスポットを選んできた甲斐があったというものだ。

「あっ、このチョコレートのお菓子おいしそう」

「じゃあ買って一緒に食べようか」

「ありがとう。嬉しいわ」

チョコレート菓子を食べながら、僕たちはクリスマスマーケットを楽しんだ。


前まで______彼女と会うまではクリスマスが嫌いだった。

孤独だった僕には、家族連れ或いはカップルは眩しくて、世界から見放されているという感じが顕著に感じられた。それに耐えられなかった。

だが、今は違う。僕は同類を見つけた。都市で生活している僕と農村で生活していた彼女は接する機会こそ少なかったが、出逢う度に親交を深め、今では付き合う程になった。

このクリスマスは今までの分も楽しもう。なんたって僕と彼女の初めてのクリスマスなのだから。



ふと気づくと、辺りはかなり暗くなっていた。明かりが灯り、この街は昼とは違った顔を見せる。

「行きたい場所があるんだけど、いいかな」

「ええ、どこでも」

彼女には、もう一つ見せたいものがあった。そのため僕たちは丘に向う。その丘は昔の建物の遺構で、この街を一望できる穴場的な場所だ。

僕たちは地下鉄に乗り、郊外の最寄り駅から10分程歩いてでその丘に辿り着いた。

「わあ!素敵ね」

この街の夜景は、他のどの都市に勝るとも劣らない素晴らしいものだ。もっとも、僕はこの街から出たことはないが。しかし、それでもそう確信できるほどの夜景が一面に広がっていた。

「そうだろう、自慢の場所だ」

そう言った時、雪が降り始めた。

雪、僕は雪が好きだ。雪の珍しくない地域に住みながらなぜと思う人が居るかもしれないが、それは雪がこの街の汚いものを隠してくれるからだ。雪が積もると、路面は見えなくなり、春の雪解けまで汚いものも見えなくしてくれる。だから僕は雪が好きだ。

「雪…綺麗ね」

彼女はそう優しく呟いた。

「ねえ」

「なに?」

「私ってここにちゃんと居るのかな」

「どういうこと?」

「余りにも現実味がなくて…」

確かに、この風景は幻想的過ぎて本当に現実かどうか分からなくなる。彼女がそう思うのも当然だ。

「大丈夫、ちゃんと居るよ」

そう言って、僕は彼女を抱きしめた。

ずっと、ずっと。



どのくらいの間抱き合っていたのか、僕は時計を確認した。

時計の短針は11時と12時の間、12時よりを指していた。

「もうそろそろ行こうか」

「もう時間?」

「うん」

「じゃあ行きましょ」

僕たちはこの街の中央を流れる大きな河に向う。

ここからなら歩いて15分程だろう、丁度いい時間だ。

彼女の手を繋ぎ、若干急ぎながら歩いた。


河の土手に着き、時計を確認した。

11時53分、うん丁度いい。

今日は彼女に結婚のプロポーズをする日なのだ。

胸が高鳴ってきた。

緊張する。

落ち着こう。

「君に渡したい物がある」

「なにかしら?」彼女は微笑みながら答える。

僕は鞄からピンクゴールドの指輪を取り出し、彼女に渡す。

「僕と結婚してください」

「ええ喜んで、私とってもうれしいわ!」

彼女に指輪を嵌めてあげた。

嬉しすぎる、いや、こんな陳腐な言葉では描画できない、莫大なエネルギーを持った気持ちが今僕の心を支配している。

「最後の日にこんなサプライズをしてくれてありがとう、今私幸せよ。でも、一つ忘れてる事があるわ」

「なに?」

「誓いのキス」

「あぁ、すっかり忘れてた」

それから僕は彼女の唇を奪った。

何分もこうしていたかったが、そろそろ時間が来ていると思い口付けをやめて時計を確認する。

11時59分32秒

「もう日が変わる」

「じゃあ行きましょうか」

11年59分41秒

「君と会えて幸せだった」

「私もよ」

11時59分50秒

僕は彼女を抱きしめ、こう言った。

「ありがとう」

11時59分55秒

僕は後ろに倒れこむ、もう未練はない。

11時59分59秒

「来世でも一緒よ」

0時00分0秒

僕たちは凍る様な河の中に沈んでいった。

今日の約束というのは心中の事だ。この疲れきった心と体から抜け出す為にはこうするしか無い。彼女とは来世でも一緒に居られると信じているから怖くはなかった。

僕が最後に見たのは、葉が落ちて雪が積もった街路樹だった。

名前はなんと言ったか忘れてしまったが、僕の街では結構ポピュラーな木だ。

最近、この木の伐採計画があるらしい。

この木は初夏に綿毛を飛ばすので、それが迷惑との事。伐採したら林檎の木に植え替えると張り紙には書いてあった。

消えていくこの木と広場のクリスマスツリーや林檎はなにが違うのか、そして僕らは…?

意識が朦朧としてきた、もう考える事ができない。

最期も彼女と一緒で幸せだった。それが全て。

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