金髪真ん中分けと魔力
「着いたぞ。ここが俺の家だ。そしてこれから短い間だがお前らの宿になる」
空が赤みかかってきた頃、僕達は両手いっぱいの荷物を携えて一軒の家の前に立っていた。両隣には同じ構造を持つ家が並び、少し離れればどれがオルヴィスさんの家か区別がつかない自信が僕にはある。
シルエットは四角形で、国の防衛の観点から壁としての役割を果たしているのだと言っていた。なるほど、攻め入る側は道沿いに移動をしないといけないと言うことか。所々、家と家との間に周囲の家屋と変わらない大きさので重厚な扉があるのは、兵達の移動を楽にするための物なのだそうだ。
「この橙色の壁と番号を覚えていてな」
僕が見上げた先、二階の窓の横に大きく〝69〟という番号が記されていた。
……なんだかすっごく嫌だな。きっと偶然なんだろうけども。
「あの、オルヴィスさん」
「オルヴィスだ。そう言ったろ?」
「オルヴィスさ――オルヴィス、また会わせたい人がいるって言ってたけど、今度はお偉いさんじゃないよね?」
僕の不安そうな顔を見ると、オルヴィスはカラカラと笑った。他人の笑い声が全て嘲笑に聞こえる人種の僕にとって、なんとも警戒心を取り払うような心地の良い笑い声だ。
「俺の家だって言っただろ? ま、偉いには偉いがな」
そういって家のドアに手を掛ける。鍵穴のような物が見えるが、鍵は掛けていないようだ。
「ウチのお姫様だ」
「お兄ちゃん」
ドアを開けるなり、少女の声が響いた。
……お兄ちゃん?
そんな呼び方をされる成人男子がこの世に存在するなんて!
ぼくは絶滅危惧種をみるような目でオルヴィスを見つめる。妹にお兄ちゃんと呼ばせる恐るべきお兄ちゃん力!
「今日は早く帰るって言ったでしょ? スープを作って待っていたのに、それなのに、って――そちらの方は?」
風鈴の音色を聴いているような穏やかな気持ちにさせる声だ。見れば少女は金髪。兄オルヴィスに似て整った顔立ちをしている。通った鼻筋に尖った顎。前髪を真ん中で分けているため、美しい顔がより際立っている。しかし、それよりも僕の目を引いたのは、
…………車いす?
木製の車いすに座っている。足に障害があるのだろうか。事情は知らないが慣れた手つきで操作しこちらに車いすを進ませている。
「ああ、聞いて驚け! なにを隠そう、ここにおわすのは救国のために異世界から神により遣わされた伝説の勇者殿とその従者殿だ!」
大仰なオルヴィスの紹介に消えてしまいたい気持ちになる。僕には重すぎる看板です。
金髪の少女は眉を上げると胸の前で両手を合わせて顔を綻ばせた。
「まぁ! これはこれは、お見苦しいところをお見せしました。勇者様」
ああ、笑顔が眩しい……。
可憐を絵に描いたような少女だ。期待の籠った目は僕にとって毒でしかないが。
とりあえずここは紳士としてキチンとした挨拶を返すべきだ。自分が初対面の人とどう接していたか中学生ぐらいの記憶まで遡っていると、
「あ、ああ、どどども」
「?」
噛んだ。盛大に噛んだ。
スマートに返すか、無難に返すかで迷った結果、こんなにも挙動不審にぶっきらぼうな感じになってしまった。
「一ノ宮 鳴子、です」
「まぁ、イチノミヤ様というのですね? 私はソフィー。オルヴィスの妹です」
「ソフィー。ナルコの世界では姓が先で名が後ろに付くらしい」
「まぁ、それでは私もナルコ様とお呼びしますね♪」
全体的にポワポワした雰囲気のソフィーは次に、僕の一歩後ろに立つバローネさんに視線を向ける。
「わぁ……」
ソフィーはバローネさんを見、そして主に布を内側から力強く押し上げる胸部を見て驚きの声を上げた。やはり、車いすの低い視点からだと見え方が違うのだろうか。
「鳴子様のアシスタント、バローネです。よろしくお願い致します。……がんばろーね」
「大き――、綺麗な方ですねぇ。よろしくお願いします♪」
バローネさんお気に入りのギャグに対し、ケラケラと笑って返すソフィーは人間ができているな。大抵の人間は面喰らうものだが、ソフィーはニコニコと家に入るようこちらを促した。靴は脱ぐものなのか迷ったが、オルヴィスがそのまま家に入るのを見て僕も靴を脱がずに家に入った。
「ほぁ……」
今度は僕が感嘆の息を吐く番だった。同じの形の建物が無数にびっしりと立ち並んでいるものだから、勝手に中身は狭いものと想像していたが、入ってみると奥行きが広く天井も高い。閉塞感どころか解放感すら感じる広さだ。オルヴィスが一緒に住んでいるとはいえ、車いすのソフィーが暮らすには広すぎるのではないかと思うが、逆に広い方が動き易いのかとも考える。
ベージュっぽい色の内壁に包まれ、玄関から入ると家の中心にテーブルと椅子が3脚並べられてある。奥には大きなキッチンと廊下。2階に続く階段もある。廊下にはいくつかドアが見られるがお風呂やトイレなどもあるのだろうか。この世界の常識は早く取り込んだ方が良いように思えた。
「お兄ちゃ――、兄も連絡を寄こしてくれればよかったのですが、すみません、二人分の食事しか作っていないんです。これから作りますので少しお時間をください」
眉をハの字にした表情も素敵だぁ。
「あ、いいですよ。ていうか、僕が作りましょうか? 素材も沢山貰いましたし」
「まぁ! ナルコ様はお料理もできるのですね!」
正確にはお料理〝も〟じゃなくて、お料理〝が〟だけどね。
ソフィーの期待の籠った微笑みを見て、僕はこの時の為に独り暮らしをしてきたと確信する!
いつもは簡単な野菜炒めとかで済ませていたが、ここはお料理男子をアピールするチャンス!
いざ!!
「………………」
とは言ったものの、いざキッチンに入ってみれば、見たことも無い機材や道具が並べられていた。かろうじて包丁や鍋等はわかるが、
「どうやって使うんだ……、これ。」
火の起こし方がわからない。おそらくはこの鍋の乗っている機械のような物がコンロなのだろうけど、ボタンらしきものがどこにも見えない。戸惑っている僕を見て、ソフィーがクスクスと笑う。
「ナルコ様の世界にはないのですね。これは魔導炉というものを使用しておりまして」
そう言うと、ソフィーは車いすを操作し、僕とコンロの間に入ってきた。
ふわりと花よりも甘い香りが鼻孔をくすぐりドキリとする。
「こうして、このくぼみに指を当て、魔力を流し込みます」
「せ、先生! 魔力の流し方がわかりません!」
「え、えぇ!?」
もの凄い意外そうに驚かれた……。ちょっぴりショック。
魔力で動く機械が無くても、魔力はあると思ったのだろうか。自分達の世界には魔力という概念が無いという事を説明すると。驚きながらもなるほどといった様子で頷いた。この世界の住人にとって、それ程までに身近で有ることが自然なモノなのだろう。
ソフィーは再び口元に笑みを浮かべた。
「失礼しました。では、魔力については追々話しをしていきましょう。それまでは」
ソフィーさんが指を機械横のくぼみに押し当てる。するとパチンという音が鳴り幾何学模様の入った機械表面に赤い火が灯った。
「それまでは、私もサポートさせていただきます。ナルコ様♪」
失礼、また時間が空いてしまいました。スピードを上げれるよう努力します。