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異世界異国の空気

 お父様、という事は王の娘なのだろうか。怒り声と共に入ってきたのは金髪巻髪に豪奢で真っ赤なドレスを着た少女だ。見た目は僕よりも大分若く、というか、十代半ばぐらいだろうか。気の強そうな釣り目に、薄い唇、薄い胸。なんというか、


「子どもか……」


 お姫様を嫁に云々の話しをしていたから、結婚はありえないだろうなぁとは思いながらも、なんとなく理想のお姫様像を頭に思い描いていた。

 僕の目は無意識にバローネさんに移り、


「……はぁ」


 いかん、過度の期待から溜息が洩れてしまった。




「ちょっとそこのアナタ! 失礼じゃありませんこと!? レディーに対して子供って――なんですのその溜息!?」




 周りの空気が一瞬凍り付いた気がした。隣りのオルヴィスさんまで顔を強張らせているものだから、相当マズイ状況であることが窺える。やっちまったな、僕。


「不愉快ですわ! こんなどこぞの馬の骨とも知れぬ輩と結婚させられなければならないなんて、嘆かわしいですわ!」


 それでも僕の相手などしていられないとして、サーニャお姫様は僕から視線を反らし、王様に詰めよる。王様は姫の勢いに圧倒されるように身を仰け反らせると、冷や汗を垂らしながら言い訳を始める。


「ひ、姫よ。今はそんな事を言っている場合ではないのだ。今、魔王軍に立ち向かうためには勇者という存在が必要不可欠。勇者の存在は世界中の人々の希望となり、奮起を促すのだ!」


「だからと言って! わたくしを差し出すのは筋違いじゃなくて? こんな得体の知れない者と結婚だなんて、この者が凄まじい程の変態だったらどうしますの!? 見るからに教養も無く変な性癖を持ってそうではないですか!?」


 グゥの音も出ないな。グーパンチなら出そうだが。

 まったく否定できないのが怖いところだ。


「勇者殿がそんな変態なわけがないだろう! なぁ、ナルコ殿! そうじゃろう!?」


「そ、そうですよ! 僕は変態じゃないですよ! ……巨乳と熟女とピッチリスーツフェチは正常な性癖ですよね!?」


「最悪ですわ!」


 吐き捨てられた言葉に、皆が僕から視線を逸らせたところで以外な所から助け舟が来た。

 僕の隣りで事の経緯を見守っていたオルヴィスさんだ。オルヴィスさんは僕と姫の間に割って入ると再び膝をつき、キリッとした眉を上げると、


「姫様! 安心してください! 姫様は巨乳ではなくペッタンコ! つまり、対象外であります!!」


「死刑ですわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「むぉう! これ! 落ち着くんだ我が娘よ! これでは収集がつかん!」


 今にもこちらに殴りかかってきそうなお姫様を後ろから羽交い締めにする王様。その周りの家臣はといえば、王様とお姫様を相手に止めに入るべきか見守るべきか逡巡している。

 下手に怪我をさせるわけにもいかないしなぁ……。


「ええぃ! 娘は私がなんとか説得しておく。オルヴィスよ、勇者殿に町の案内とこの世界の情勢についての説明を頼む! 日を改めて使者を向かわせるからそれまで頼んだぞ!」


「は!」


 王様が叫び、オルヴィスさんが返事と共に起立し右拳を鳩尾に当てる仕草を見せる。この国の敬礼のようなものだろうか。


「さ、行くぞ。姫さん、怒ると手がつけられなくてな」


 オルヴィスさんが僕の耳に囁き、謁見の間を後にする。退場する間ずっと皆の視線を背中に感じ、かなりの居心地の悪さを感じたが、出てしまえばこちらの物だ。背後で巨大な扉が閉まると同時、僕は深い深い溜息を吐いた。

 今までの人生で一番緊張したかもしれない。

 予想外の乱入があったのは驚いたが、おかげさまで色んな事をうやむやに出来た。だがしかし、今回は結論を先送りしただけのようにも思え、この先の事を考えると気持ちがずしりと重くなった。

 成り行きとはいえ、重要な選択を迫られてるなぁ最近。

 世界を救えだの勇者になれだの、世界は助けを求める相手を大いに間違っているとしか思えないな。


「鳴子様」


 オルヴィスさんと反対隣りに立つバローネさんが俯いた僕の顔を覗き込んでくる。


「体調でも優れないのでしょうか?」


 正直、ドキリとした。勇者として名乗りを上げなかったことを責められるのではないかと思ったからだ。僕はそのために新しい〝生〟を貰い、ここにいるのだから。


「ちょっと、頭がね、混乱してて。まだ慣れないのかもね、この世界」


「なるほど、頭が優れないのですね」


「その言い方!!」


 決して優れているとは言い難いけども!

 と、僕がバローネさんの言葉に目を剥いているとオルヴィスさんが声を上げて笑いだした。突然で声がでかいからビックリする。


「元気だなぁ、お前ら。さっきはあんなに縮こまってたクセによ」


 主に縮こまっていたのは僕だけのように思えるが。


「ま、俺もああいう場は苦手だけどなぁ」


 ニッと笑うご尊顔が眩し過ぎて僕は目を逸らす。僕とは確実に住む世界が違う人だということを見せつけるようなリア充感だ。実際に違う世界の住人だけどさ。


「さてさて今日からお前らは俺ん家に泊まりな。まずは王様も言ってたし、街でも案内すっかな」


 俺について来い!と言って走りだしたオルヴィスさんは城の出口の方角に走りだした。あの人ほんとその場のノリだけで生きてますね!

 閉じたドアの向こうで、もの凄い物音と悲鳴が聞こえてくるが、多分いつものことなのだろう。大臣のわりと諦めたような声も聞こえてくる。僕とバローネさんはオルヴィスさんの姿を見失わないように走りだした。






 異世界の情景というのは見る物全てが新鮮で、五感で得られる情報量は膨大だ。

 土かコンクリートか分からない、硬質で四角い建物が隙間無くびっしりと建ち並び、地面は全面石畳が敷かれている。そして露天市場の賑わいが音や匂いを介してこちらの高揚を誘う。出不精な僕でも気持ちが浮き立つのがわかる。行き交う人々の衣装も見慣れない。

 まるで海外旅行をしてるみたいだな。


「良い所だろ? この市場はクオリアの名所なんだ」


 オルヴィスさんに案内されるがままに、僕とバローネさんは人混みの中を歩いていた。時折周囲の物に目を引かれながらも、人にぶつからないように視線を戻す。そんな繰り返しだ。バローネさんは他に見向きもせずに正面を見つめている。バローネさんだってこの世界は初めてだろうに、やはり謎の脳内データバンクに必要な情報が収められているのか。


「あ、俺の事はオルヴィスで良いからな。世界を救う勇者から『さん』付けで呼ばれるのも微妙な心境でなぁ」


「あの、勇者って、僕はそんな――」


 言いかけた時、突然僕は背中に衝撃を受けた。    

人の肩だろうか、丸みを帯びて弾力の中に芯のある感触が背中を押し上げ、身体がふわりと浮く。


「うわっ!」


 僕は前のめりに倒れる。


「ナルコ!」


 身体が浮くほどの衝撃があったのに、さほど痛みがないのは身体が頑丈な為だろうか。大した危機感を覚えるわけでもなく、僕が顔を上げると、ボロを纏って走り去る人間の姿があった。その腕に抱えられているのは刃狼の角から僕が作り上げた刀剣だ。


「泥棒!」


「野郎!」


 思わず叫んだ僕の横で、オルヴィスさんが怒声と共に走りだす。

 その勢いは凄まじく。丘の上で一戦交えた時と同じガチ走りだ。あの時と違うのはここが人混みの中だと言うことだ。ボクの視界から犯人の姿はとうに消えてしまっている。しかしオルヴィスさんは迷うことなく人混みを割り行く。

 走る擬音はゴゴゴだが、人と人の間を危なげなくすり抜けていく様は軽快だ。僕も負けじと追いかけてみるが人の波に逆らうのは容易ではなく。徐々に徐々にと距離を離されていく。その場にいる人の動きを読み最適のラインを通っているのだろう。おそらくは無意識のレベルで。


 ……僕、よく無事でいられたなぁ。


 今後絶対に怒らせないことにしよう。そう心に誓っていると。


「ゴールデンハイパー・ナイト・ウルトラキーーーーック!!」


 オルヴィスさんの鉄拳が男の背中を穿った。


「全然キックじゃねぇ!!」


 僕がツッコむよりも早くオルヴィスさんがコソドロの胸倉をつかみ、持ち上げる。息が詰まるようなうめき声を上げていたコソドロも徐々に抵抗の力を弱め、観念したのかガックリとうなだれた。






「す、すみませんでした!」


 ボロを脱ぎ捨て僕の前に土下座しているのは痩身の男だ。

 犯罪とは無縁の人の良さそうな顔に、僕は驚いた。


「自暴自棄になっておりまして……」


 男は遊ぶ金を得るために盗みを働いたという。なんという迷惑な。

 とっとと警察的な機関に突き出したらいいのではないか、そう思ってオルヴィスさんの表情を確認して僕は息を呑んだ。


「…………」


 想像よりもはるかに険しい形相で男を睨んでいる。それは殺気とは違う、見ているこちらが落ち着かなくなるような感情が滲みでていた。


「自分が間違っておりました! すいませんでした!!」


 男が地面にへばりつくように謝罪の言葉を並べている間、オルヴィスさんは終始無言で唇を噛んでいた。仕方なく僕が「もういいよ」って声をかけると、男は最後までヘコヘコ頭を下げながら人混みに消えていった。


「……返す言葉もない」


「え?」


 掠れるような呟き。僕の聞き返した言葉が聞こえているのかいないのか、オルヴィスさんは空気を一新するように胸の前で手を叩き、温和な笑みを浮かべた。


「すまん! 国の者が迷惑かけたな! さぁ案内に戻ろう」


 そう言うと踵を返した。

 疑問が残ったままの僕はバローネさんに目を向ける。


「きっと、頭が優れないのでしょう」


「だからその言い方!」


 多分間違ってはいないだろうが。

 ここは否定しておいて上げるのが紳士だ。よくよく考えていると、オルヴィスさんの方が僕に迷惑かけてるよなぁ。突然切りかかってきたりとか。そんなバローネさんとくだらないやり取りをしながら歩いていると、


「よ、そこの旅人さん!」


 露店のおじさんが声を掛けてきた。日本では考えられないシチュエーションだなぁ、とそう思ったところで、僕はふと思い出す。


「そういえば、どうして異世界なのに日本語なの? 違和感無さ過ぎて無意識にスルーしてたけど」


「鳴子様、鳴子様は既にこの国の言語を話されております。えぇ、クオリア語ですね」


「え、普通に話しているだけなんだけど?」


「鳴子様の身体に言語を自動翻訳する機能が付いているのですよ。言葉が通じないのでは文字通り、お話しになりませんので。神様からの贈り物です」


「…………」


 神様って結構万能だなぁ。難しい事はわからないのだけど、神様自身がこの世界の問題を解決すればいいんじゃないかな。


「それはできません」


 なんの為も無く、即答だった。


「なんで? 神様ならなんでも出来るし、神様に対処できない問題なら、なおさら僕にはお手上げなんじゃないかな?」


「その問いに関する答えを、私は与えられておりません」


 僕の質問は予期出来ていても、答えられる〝解〟を神様から与えられていないとすれば、バローネさんにこれ以上きいても迷惑にしかならない気がした。


「あ、あのぉ、旅人さん!」


 ハ、そうだ。声を掛けられていた事を思いだした。僕は身体ごと声の方向を振り返る。あくまで店員の視線を見るだけで声で返事しないのは、コンビニ通いでの習性か。いずれはこれも直さないといけないな。


「そうそう、旅人さん、これ! このフレッシュな果実はいらないかい?」


 太ったおじさんがフリルのついた女もののエプロンを身につけておかしな果実を差し出してくる。いかん。笑ってしまいそうだ。


「いえ、お金持ってないんで」


 会話は問題ないとして、流石にお金は日本円じゃないだろう。そもそも財布みたいなものを今の僕は持っていない。神め、銅の剣が買えるぐらいの金は持たせてくれても良いだろうに。


「要らない要らない。アンタ、お城の者が言ってた勇者さんだろ?」


 勇者になった覚えも無いし、その話しは未だ僕の中では保留のつもりだった。しかし、おじさんの言葉が差す人物は多分僕の事だろう。


「た、多分、僕です」


「ならサービスだ! ほらコレとコレとコレも! 金は要らん、持って行ってくんな!」


 赤青黄と色とりどりの果実を紙製の袋に詰め僕に差し出してくる。どうしたものかと思っていれば、


「くれるって言うんだ、貰って置け。気持ちだからな」


 オルヴィスさんが白い歯を見せ親指を立ててくる。……そのポーズ、異世界共通なんだね。

 ありがとうって一言を添えて受け取ると、おじさんも満面の笑みで親指を立てた。なんだか久々に人の優しさに触れた気がして、僕も自然に笑みを返せた。


「ここの果実の味、覚えててくれよな。勇者殿!」


 この変なプレッシャーが無ければもっと羽が伸ばせるんだけどな。ま、旅の目的を考えれば、そんな暇もないんだけども。

 ……やっぱり、勇者ってポジションに収まればいいのかなぁ。でも性に合わないし、万が一僕でどうにもできなかった時、僕は多くの人の期待を裏切ることになるのだろう。 無理だな。

 そんな重圧、僕には無理だ。

 紙袋の中から赤い果実を取り出す。赤の果実はフラスコのような形をしており、手に収まる感触はプニプニと柔らかい。一口頬張ると優しい果汁の甘味と香りが口を満たし喉奥に吸い込まれた。


「ウマっ! 甘っ!」


 思わず大きな声を上げてしまい、僕は縮こまった。周囲の人間の視線が僕に集まったからだ。クスクスと笑い声が周囲に広まり。


「なぁ勇者様! そこの小汚いオッサンの店より俺の店に寄ってくれよ! そいつの数倍は美味しいもんを出せるぜ!」


「なに!?」


 フリルおじさんが目を剥く先、若い男が水泡を閉じ込めたような美しい果実を持って手招きしている。


「あら、むさい男が売る果物が美味いもんかね。アタシの店にも寄っておくれよ」


「こっちは海鮮だ! 持っていってくれ!」


「ワシのところの串焼きも要らんかね!」


 なんだろうこの連鎖は。

 市場全体が熱気を帯びており、その中心に自分がいる。今までにない感覚だ。これが勇者という肩書の魔力なのだろうか。どちらにせよ。

 良い国だな。ここは。

 ただ単純に、そう思った。


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