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黒タイツと黒歴史

 膝枕を長時間続けられる人間とは、かなりのマゾヒストなのではないだろうか。

 僕は痺れて感覚の無くなった脚をあまり意識しないようにしながら、視線を下に落とす。 この世でもっとも尊いのではないかと言える寝顔がそこにはあった。

 この世の美、全てが凝縮されたような、この存在のせいで世界が歪んでしまったのではないかとすら思える美貌の持ち主は、無警戒にも僕の膝を枕に寝息を立てている。

 正直な話し。かなり気まずい。

 バローネさんは寝ているが、僕は膝枕の体勢で身動きする事が許されず、ただただバローネさんの寝像を観察する他にやる事が無い。

 これは、試されているのだろうか?

 そんな勘違いすらしたくなる。なぜなら喜ばしいことに、バローネさんの衣装は胸元が大きく開いている上にスカートが短くタイトだ。

 重力に反抗的な双丘が浅く上下しているのが殺人的に目に毒なのだが、揃えて立てられた両膝が、右から左、左から右に傾く時があり、その度にスカートがずり落ちていくものだから、……いくものだから……!!

 僕は期待に胸を膨らまさざるを得ない!

 ふっふっふ、黒いタイツに包まれることで、よりムッチリ感が増した太腿の付け根が露わになる事を見逃すまいとする自分と、それを細かく描写している自分が恥ずかしくて死にたい。

 けど僕は強く生きる……!

 などと僕が表情を消して精神の奥深くで理性と本能の葛藤を繰り広げていると、安らかな寝息を立てていたバローネさんがパッチリと目を開けた。あと少しだったのに……!


「おはようございます、鳴子様。安らかな眠りの提供、深く感謝いたします。時に鳴子様、なにやら後頭部に硬い感触があるのですが」


「ふぉーーーーーーーーー!!」


 僕はバローネさんの質問を遮るように立ち上がった。

 ……正確には、立ち上がろうとした。

 長時間の膝枕により脚の感覚が無くなっていた僕は、正座から腰を無理矢理浮かせた姿勢から前方に上体が傾くのを感じた。バローネさんの頭が僕の股の間を抜け地面に落ちる。

 僕は、バローネさんの立てた両膝の間に鼻先から突っ込んだ。


「ご、ごめん――!!」


 左右の膝と膝の間に顔を挟めた僕の視界に飛び込んだのは、伸縮により透けた黒の内側にある……、


「大人ホワイト……!!」


「?」


 不可抗力にも、あくまで不可抗力にも! バローネさんの上に覆い被さってきわどい体勢になっているが、これは他者から見た絵面がヤバイだけでなく、バローネさんからの視点もえらい事になっているわけで。


「おや、鳴子様。この下腹部の膨らみはもしや、人間男性の生理現象であるボッ――」


「感覚ないわぁ!! 腰から下の感覚ないわぁ!! 痺れてるかなこれ!!」


 全力で言葉を遮った。この状況だと軽蔑されても文句が言えない。なんとしても誤魔化さねばならなかった。


「長時間の正座によるものですね。私の為に申し訳ありません。痺れが治まるまで、しばらく動かない方がよろしいかと」


 しばらくの間このご褒美に!? いや、羞恥に耐えないといけないのか!?

 い、いかん。理性が……。

 落ち着け、落ち着くんだ僕。なんとか誤魔化しきれたから良いものの、状況はなにも変わっていない。気を、そして息子を鎮めるんだ。

 思い出せ、母が若かりし頃にネットにアップしていたライブチャット動画を。そう、先日みつけてトラウマになりかけたやつだ!

 ……シュン。

 よし! 萎えた! 気持ち的にかなり重たくなったが、これであとは脚の痺れがとれるまで紳士的に振る舞ってさえいれば、って横にどければいいような気がしてきたけど! バローネさんが動かない方が良いと言うなら動かない方が……いいな!?

 魔法の言葉、不可抗力!


「…………人の気配です。鳴子様」


 母さんの黒歴史を紐解くことで視覚情報を無毒化していた僕はバローネさんの声にハッとする。

 またブレードウルフかとビクリとしたが、人の気配?

 思った瞬間、森の方向からガサガサと木々の間を移動する音が響いた。一人ではない。複数の、それもかなりの数がまとまった団体ではないだろうか。

 僕の耳、なんかいつもと違うな。目にしても、感覚が鋭くなってきているような。

 音は次第に近づいてきているが、僕の足は依然として痺れたままだ。

 どうする? すぐそこまで来ているぞ。


「……バローネさん、もしもの時は、逃げてくださいね。僕の事は押し退けていいから」


「いいえ、それでは私の存在意義がありません。鳴子様は私がお守り致します」


 謎の一団の先頭が、森から顔を出す。

 それは鎧の兵士だ。自分のいた現代ではテレビとか二次元でしか見る事の無くなった、全身を金属で包みこんだ西洋甲冑のような鎧。全体的に丸みを帯びていて、鈍く太陽の光りを反射させている。

 甲冑の兵士二人が警戒するように顔を出し、僕達の姿を認めると後列に対して合図を送る。僕らにとって害をなす存在なのか、僕にはまだ判断がつかない。


「なぁ、オババ。本当に間違いないんだな?」


 妙にくぐもった声が森の奥から聞こえる。


「わだすの予言が信じられないかえ? 引き返してもいいんだえ? 王様になんと報告をするつもりやら」


 キッヒッヒ、魔女のような老婆の笑い声が響く。先程の声より鮮明だが、ひどくしゃがれている。

 先に森から出てきた兵士が無言で道を開け、次々と出てきた兵士たちは左右に分かれ森と丘の境界に沿って並んでいく。

 一列に並び終わったところで二頭の馬のようなもの(顔が鎧によって隠れているため判別できない)に乗った男女が現れた。

 明らかに位が違う事がわかる。

 男は兵士たちとは違い、関節やシルエットに無駄な部位が無く、軽量化を施された鎧を身に付けいる。有名美術館に並んでいてもおかしくない、美しい装飾が男の身分を象徴しているように思えた。

 一方、隣りの鎧馬は小ぶりで、それに跨る人物も合わせたかのように小柄だ。実際は乗り手に合わせたのだろうが。

 その馬の乗り手は他とは対照的に軽装だった。黒い衣に身を包み、フードを目深に被っている。上半分が隠れているにも関わらず目を引くのは、長くとがった鼻。痩せこけた頬から顎にかけてシミも多い。童話に出てくる悪の魔女そのものであり、隣りの騎士と並ぶ姿がまったくもって不釣り合いというか、見の前にいても想像できない。てか怖い。

 固まっている僕らを前に、馬に乗った男が兜を脱ぐ。


「――――」


 視覚に飛び込んできたのは、太陽の光りを撥ね返す天然物の金髪。髪は機能的に短く整えられ、掘りの深い顔立ちと緑色の瞳が高貴さを全面的に押し出していた。年は二十代半ばから後半ぐらいだろうか。顔の作りが日本人と全然違うから判断がしづらいが。


「こんな城近くの山奥に予言の勇者が現れるとか、そんなファンタジーあり得んの、か……」


 兜を脱いで頭を振る事で髪を整えた男が僕達の姿を見て言葉を呑み込む。

 何だ?


「おい、ババァ! こいつらじゃないだろうな!? 大空のもと女の股の間に頭を挟みこんでいる変態だぞ!?」

      

 忸怩じくじたる思いだな。


「待ってくだされ騎士殿。異世界から来る伝説の勇者は、チートな能力で世界を救いハーレムを築くと言い伝えられておりますじゃ」


 それ伝説じゃなくてラノベ!


「ちょっとしたハプニングでエロスに連鎖していくのが勇者の体質らしいですぞぃ? 転んだら女子の胸に顔を埋めたり、腕を上げたらスカートを捲り上げてしまったりとかじゃな」


「俺にはそれ、変態ぶりしか伝わってこねぇんだけど……」


 男が老婆の話しに肩を落とす。この二人はなんの話しをしているのだろう?


「それに見て下され騎士殿、あの男の顔を」


 老婆が僕の方に指を向け、金髪騎士が僕の顔を睨むような眼光で見つめる。怖い。


「あんなハレンチ極まりない状況であるのに関わらず、悲しい目をしておるじゃろう? 憂いをたたえた目じゃ。世界を憂い、悲しみを知っておる」


 母の黒歴史を掘り起こして涙ぐんでいたとは言えない。僕はとりあえずバローネさんの上から横に転がり地面に腹這いになる。幾分か足の感覚が戻ってきた気がする。ピリピリ感を強く感じるようになったため、立ち上がる事はまだ無理そうだ。


「オ、オルヴィス様! あの者達の周辺にブレードウルフ達の死骸が!」


 突然、一人の兵士が緊張の混じった声を上げ、オルヴィスと呼ばれた金髪騎士の顔色が変わる。疑いや警戒を含んだ顔だ。僕がよく職務質問を受ける際に向けられていたソレだ。


「おいお前、これは、この死体どもはお前らがやったのか?」


「はい。正確には、こちらの鳴子様お一人で、ですね」


 僕よりも先に起き上がっていたバローネさんが、衣服に付いた草の切れ端を払い落としながら答える。もう少し考えてから答えても良いのではないか。まさか答え次第で攻撃してきたりしないよね? 僕まだ足が痺れているのだけど。


「この変態がぁ……?」


 なんとも言えぬ表情をする。清々しいほどに懐疑的だな。それも当然か、僕が同じ立場でもそうする。僕達はこの世界の人間からは得体の知れない存在であるのだから。


「にわかに信じられん。そんな貧相な身体でブレードウルフの群れとやり合うなんてな。武器も持っていないように見える」


「騎士殿、疑われるのであれば、試してみれば良いんじゃて」


 ゴファ!と僕は吹き出した。

 思いもよらない言葉に身体が拒否反応を示したのかもしれない。

 バ、ババァ、余計な事を……!!


「それも、……そうだな! ウシ! そっちの方が手っ取り早ぇ!」


 白い歯を見せてオルヴィスが攻撃的な笑みを浮かべる。

 ノリノリか……。嫌な予感しかしないんだけど。


「お前! お前がオババの予言でいう勇者であるのなら、自らの手で証明してみろ!!」


 腰元から引き抜いた剣の切っ先を真っ直ぐ僕に向け、良い笑顔を向けてくる騎士に対し、僕は生まれたての小鹿のような体勢で立ちあがった。

 勇者の証明とかどうでも良いから、辞退しても良いだろうか……? 

遅筆……。

頑張らないと。

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