勇者、始めました
「おはようさん。ナルコ、眠そうだな? 眠れなかったか?」
「いや、うん、眠れたよ。ゆっくり」
朝、誰もが平等に迎える朝。
それでも、いつもと違う朝だ。僕にとっては。この世界にきて初めての朝なのだから。そしてテーブルに着くと隣りには僕よりも早く起きたバローネさんが昨日と変わらずピシッとしたピッタリスーツを着て座っている。昨日のあられも無い姿とは大違いだ。そして向かいには元気はつらつとしたオルヴィスと、昨日同じタイミングで床に就いた筈のソフィーは眠たそうな様子も見せず席に付いている。
テーブルの上では出来上がったばかりの朝食が湯気を立てている。
「パン、だね」
「パンです。鳴子様。米ではありませんが、コメけぇ事は気にせずに」
「……」
異世界っていってもやっぱり人類。自分のいた世界と同じような文化があってもおかしくない。まぁ、ベッドとかテーブルとかもそんなに変わらないし、ディティールが異国かな? ぐらいの違いしかない。食べ物とかは見た事の無いものが多いけど、生態系の進化の過程が違うんだろうなぁ。とか、ご飯を食べながらいろいろな思考に耽る。
いかん、いつも一人で食べてばかりだから、複数人で食卓を囲む時はどうすればいいのだろうか。会話か? 会話を振るべきか?
一度意識し出すとフォークが止まる。気まずさを感じながら変な汗が額からこぼれそうになる。
と、
「ナルコ、今日また城に行くぞ」
「お城からの呼び出し?」
オルヴィスがテキパキと皿の上の料理を口に運びながら、今日の日程について述べる。昨日の町の中を案内していた時のような、緩さが顔に無い。仕事をする人間の顔つきだ。
へぇ、と僕は感心した。こんな真面目な顔をするんだと。
「ああ、今朝、城からの遣いが来た。王がお前達との今後について話しをしておきたいそうだ。姫さん、なんとか説得できたみたいだな」
姫さん……。サーニャ姫と言ったか。
魔王討伐という高難易度の条件付きとはいえ、昨日あったばかりの見ず知らずの男と縁談話を持ちかけられて困っただろうなぁ。
やっぱり勇者の仕事なんて断れば全て丸く収まるのだろうか?
僕の視線はオルヴィスの隣りのソフィーに向けられる。ソフィーは、僕を勇者と呼んでくれた。いや、オルヴィスがそう紹介したのだから当然ではあるのだけど、悪い気はしなかった。……いかん、その気になってはだめだ。僕は人生において他人に期待させないことを信条としている。期待さえされなければ他人を裏切ってしまうこともないからだ。それはとても身軽な生き方だった。
目が合ったソフィーが優しく微笑む。
…………もう少し、勇者様でいようかな。
「勇者ナルコよ、よくぞ来た!」
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
僕は謁見の間で再び心の叫びを上げていた。き、緊張で心臓が口から飛び出るのではと心配でならない……!
「鳴子様、いい加減慣れて下さい。話しが進みません」
「う、うん」
初めてバローネさんにツッコまれた! 心の声に!
「そしてバローネ殿とオルヴィスものぅ」
玉座に座った王様が威厳たっぷりに顎のヒゲを撫でる。顔の所々に絆創膏が貼られているのはツッコむべきか。そして隣りには不貞腐れたようにサーニャ姫が立っている。どうやら相当苦労をされたようだな。時折サーニャ姫が射殺す勢いでこちらを睨んでくるが気にしない気にしない。……うん、気にしない。
「えぇオホン、それでは、早速ではあるが本題に入るとしよう」
王様はわざとらしい咳払いと共に話しを切り出した。周囲が再び緊張を帯びる。
「勇者ナルコよ。昨日は何処まで話しを進めたか、覚えているな?」
打倒魔王、魔王討伐を成し遂げることができれば、姫様と結婚出来て逆玉の輿ルート一直線と、そんな話しだっただろうか。
「それでいかがかな? 魔王討伐の旅に出る覚悟はできたかな?」
なんともまぁ、単刀直入な問いだ。それだけ王様達も必死ということだと思うが、正直僕は決めかねていた。一度死んだ身ではあるが、もう一度命を掛けられるかと問われれば、考え込んでしまうのは当然ではないだろうか。あの時とは状況もテンションも違うわけだし。結構勢いって大事だと思う。
しかし、僕はいま選択を迫られている。
「さぁ、どうかな? 勇者殿」
……ぐっ! サラリとこちらを勇者扱いしてくる!
王様、顔の圧が強い。これではなかなか断るに断れない。僕にはこの世界の平和のために身を捧げる義理なんてない。いや、まぁ神にこの世界の問題を解決して来いとは言われたし、欲望に流された勢いでオッケーしちゃったわけだから義理が無いわけでもないのだけどよくよく考えるとやっぱり納得が……
『勇者様……』
なぜだか、ソフィーさんの悲しむような顔が頭に浮かんだ。
僕には関係ない。それなのに、なぜ胸が締め付けられるのか。
「勇者殿?」
王様の声がどこか遠くに聞こえる。いかん、このままシカトでは印象が悪い。何か答えねば。
「あの……」
言葉はなんとか捻りだした。自分の中で答えが出たわけではない。それでも僕のことを勇者と言って微笑んでくれるソフィーさんの事が頭に浮かんだ。
「僕にも、いや、僕に、人が救えるのでしょうか……?」
僕の声はひどく小さい。それでも王様は苛立つでもない、穏やかな眼差しを僕に向けて深く頷いた。
「君にしか救えない命が有る。そして、少なくともこの国の未来は救われる」
「魔王を倒せる保障はありませんよ……?」
「それでも、だ」
それは、勇者という存在が人々に希望を与える的な意味だろうか。先程からサーニャ姫が「はっきりしろよ」と責めるような視線を送ってくる。怖い。
そして兄に心配を掛けまいと一人努力するソフィーの姿が頭を離れない。魔王の城があんなに近くにあって、それでもこの国の人々はそれぞれの日常を精一杯に生きている。常に不安を抱えながら。僕だって守りたいさ。守るべきなんだ。僕はそのための力と身体を神様から貰っている。だから……。
「……分かりました」
おお! と周囲から驚きと歓喜の声が沸く。やってしまったな。と僕は自分の選択に溜息を吐く。いよいよもって逃げられない状況になった。
「そうか、そうか!」
王様の声もどこかホッとするような声とともに椅子にもたれかかった。
自分の中でも実感の無い言葉だった。魔王と相対するということはそれだけ怖い思いをするというのに。一般の人間と接する事だって怖がる僕がだ。
「立派な選択です。鳴子様」
隣りでバローネさんが励ましてくれている。……あぁでもここで「がんばろーね」は要らないです、はい。
「よくぞ選択した勇者よ! そなたは今、真の勇者となったのだ!」
王様は立ち上がり、拳を高く突き上げた。待ってましたとばかりに室内に盛大にファンファーレが鳴り響き、それに負けじと拍手の音がスコールのように浴びせられた。地鳴りのような振動のせいじゃない、皆の視線の先に僕がいる事を考えると身体が震えた。
見ればバローネさんやオルヴィスも拍手を送ってきている。
強面な王様や屈強な兵士たち、全ての人間の表情が絶望から解放されたような軽やかな笑顔となっている。誰もが皆、僕に期待しているのだ。
僕は怖い。その期待を裏切った時、どれほどの絶望をこの人達に叩きつける事に鳴るんだろう。そう考えると、身体の芯が重く感じた。そしてその重圧に潰されそうになっていたその時だ。
ペキッ!
と、何かが地面に落ちた音がした。いや、落ちたというよりは叩きつけられたかのような勢いのある音だった。音の正体に気付いた人間から拍手を止め、やがて沈黙が広がった。沈黙を作りだした人物は瞳いっぱいに涙を溜め、キッと僕を睨みつけていた。
「こんなの、こんなの認めませんわ!!」
「サーニャ!!」
そう怒鳴ると、王様の静止を振り切って走り去ってしまった。城内に気まずさだけが残った。僕の足元には高価そうな宝石のあしらわれたティアラが寂しげに落ちている。咄嗟に拾ってしまい誰に渡すか慌てふためいていると、
「すまんな。勇者よ」
いつの間にか玉座から立ち上がり僕の目の前に立っていた王様がティアラを受け取ってくれた。この王様、立ち上がるとかなりデカイ。僕で173cmだから、2mを超えているだろうか。
「王!」
「許せ、これぐらい」
あまりにも気軽に近づいてくるものだから周囲の人間が驚きの声を上げるも、王様は気にするなと手を振り僕の肩に手を乗せた。最高権力者が近過ぎて息が詰まる。助けを求めてオルヴィスに視線を送ると、僕のアイコンタクトの意味をどう思ったのか両手の親指を立てて僕に向けて白い歯をキラーンとさせてくる。役立たずめぇ……!
「勇者よ。クオリアの、いや、世界の未来を頼むぞ」
「……え、あ、その、急に分母が跳ね上がっ――」
「出発は30日後! それまでに旅の準備を整えるのだ!」
大きな声で僕の主張は掻き消された。
「準備といっても買い物だけではないぞ。これから勇者殿には生き抜くための術を身につけてもらう。サバイバル知識の習得や戦闘訓練、魔法や魔導に関する技術の習得などやれる事は全てやるぞ!そしてその為の協力は惜しまぬ! オルヴィスよ、勇者殿を頼むぞ」
「は!」
オルヴィスが右手の平を見せるように額の上にかざす。僕の世界でも見られていたようなお手本のような敬礼だ。そして周囲の兵達もオルヴィスに続いて敬礼すると、王様の力強い号令でその場は解散となった。僕は最後まで置いてけぼりな気分だった。
かなり間が空きました。
マイペースで進めていきたいと思います。
作品タイトルがコロコロ変わってすみません。
タイトルを付けるのが一番苦手です。




