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力になりたい

 暗い居間に、再び暖かな明かりが灯る。

 高い壁の上部に設置された複数のランプの明かりだ。暗闇に慣れた目には眩しいが、次第にそれも慣れる。僕は細めた目を壁際にいるソフィーに向ける。


「眩しい……」


「え?」


 何歳から着ているのだろうか。丈が短く少しサイズが小さく感じる白いキャミソールワンピに薄い萌黄色のガウンを羽織った姿はまさに清楚の権化だ。バローネさんとは別の意味で目に毒だ。


「あ、眩しかったですか? 少し明度を下げますね」


「う、うん」


 これも魔導式というやつか。ソフィーが壁にあるくぼみに指を置くと明かりが暗めに調整される。僕はその間に椅子を引いてソフィーが座るのを待つ。壁を伝い、椅子の近くまでぎこちなく歩みを進めるソフィーが勢いをつけて椅子に掴まろうとする。(ひるがえ)るワンピースの裾をチラ見してしまうのは男の悲しい性だな。

 彼女の手を引き椅子やテーブルになんとか掴まらせ、そのまま座らせると、僕もようやく自分の分の椅子を引き向かい合わせに座った。……むむ、この角度は!


「ありがとうございます♪」


「い、いや、こちらこそありがとう!」  


「?」


 左手で鼻を押さえながら僕は右手で大丈夫だとサインを送る。鼻血は――うん、出てないな。


「それより、こんな時間に暗い部屋で車いすにも乗らず、どうしたの?」


 視線をなんとか膝元から上げようと努力しながら、僕は話しを進めた。ほう、鎖骨が見えているのもなかなか……。


「あの、そのぅ、兄には、内緒ですよ? えと、どうしてそんなに前かがみなんですか?」


「き、気にしないでいいよー!?」


 僕は股の間に手を挟みこみながら身を起こす。


「練習をしていたんです」


「練習?」


「歩く練習です」


 そんなこと、わざわざオルヴィスに隠す必要はないのではないだろうか?

 むしろ言えば本気で協力してくれそうなものなのだが、ソフィーは眉をハの字に寄せた笑みを浮かべて首を横に振った。


「この足ですが、昔の怪我が原因でうまく歩けなくなったんです」


 ソフィーは自分の膝を撫でる。


「怪我をした当時の記憶は、子どもだったこともありますがあまり覚えていないんです。多分、怪我のショックだろうとお医者さんからは言われました」


 当時のソフィーは常に兄オルヴィスの後を付いて回る活発な女の子だったらしい。そんなある日、オルヴィスが国の防壁の外にある森に探検に行こうと言い出した。普段は衛兵が守っている防壁の抜け道を見つけたらしい。兄の判断は絶対だと信じていたソフィーは躊躇うことなく探検の準備をした。そしていざ、子ども二人だけの探検が始まると、大人たちの目を盗んでの冒険という解放感と背徳感から妙なテンションで足が進んだ。いつの間にか森の奥深くまで入り込んでいた事にも気付かなかった。

 そこは、人間の住む領域ではなかった。

 不気味さと常に誰かから見られているような重圧感に、ソフィーの高揚していた気持ちはいつの間にか萎んでいたという。そして、兄の姿が見えなくなった。

 自分がはぐれたのだと直ぐに悟った。

 それから兄の姿を探し、目印もない森の中を彷徨い続けた。


「記憶が残っているのはそこまでで、目が覚めると私は診療所のベッドの上でした。兄がおぶって森を抜けたそうです。そして、私の足は……」


 外傷はなかったが、骨が抜けてしまったかのようにグニャリと力が籠らず、歩くこともままならなかった。あれから何年も経った今でも、足が治る事はなかった。


「兄は多分、責任を感じているんだと思います。あの時の兄の目は、罪悪感で押しつぶされそうな感情が滲みでていました」


 この足に関して兄には心配を掛けたくないと、ソフィーは言った。


「結構前から練習しているんですけどね、それなりに良くはなって来たんですよ。でも最近はあまり進歩が無くて」


 よっと、ソフィーが下肢に力を込める。上体はふらつき手は支えを求める。

 僕は、咄嗟にソフィーの手を取り、自分の肩に掴まらせた。「ありがとうございます」という言葉が耳の近くで囁かれる。


「いつか、兄を驚かせてあげたいんです。私はもう一人で立てるんだ。兄は、お兄ちゃんはもう罪の意識を抱く必要も無いんだって、そう言いたいんです」


 そう言って向き合うソフィーの瞳は強く輝いていた。それはとても眩しくて、引き寄せられる魔力のようなものがあった。真っ直ぐな視線が胸に刺さる。それでも僕は目を逸らす事ができない。


「あ、えと、すみません。なんだか唐突に自分語りをしてしまって……」


 急に顔の近さを意識したのか、ソフィーが僕の手を離れ、テーブルを支えに立つ。


「あまり家の外に出る事がなくて、話し相手が兄しかいないのでつい喋り過ぎてしまいました」


 そしてこの会話は、オルヴィスにも話す事の出来なかった事だ。ずっとずっと一人で抱えて努力してきたのだろう。だれにも話す事も出来ずに。


「……手伝うよ」


「え?」


 自然と、言葉が出ていた。自分になにができるかはわからない。それでも、力になりたいと思った。心の底から。


「ソフィーの歩く練習、ここにいる間は手伝うよ。だからさ――」


 元気出して、と言おうとしたところで言葉を喉奥に引っ込める。彼女は最初から前向きだ。だから自分が言おうとした言葉は適切ではない。ならばと言葉を改める。


「僕に魔力の使い方教えてよ。共同練習ってことで」


こんなに時間かけて、まだ異世界一日目と言う事実に戦慄しております。

ながーくかかるだろうなぁ。でも、吹っ切れました。全力で取り組みます。

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