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水洗式? ボットン式? 空間転移式?

「おいしいです。ナルコ様♪」


「ああ! うめぇ! すげぇうめぇなナルコ!」


「私の身体は味を楽しめるように作られてはおりませんが、ソフィー様とオルヴィス様がそう言うのであれば美味しいのだと思います。鳴子様」


 三者三様の言葉で僕の作った料理を褒めてくれている。独りで生きていた頃には得られなかった充足感があるが、僕の気は重い。

 勢い込んで調理役をかってでたものの、見た事の無い食材や調理器具を前に、結局は終始ソフィーのアドバイスをもらっての調理となった。もうソフィー一人に任せたほうがはかどったのではないかというほどに。

 誰にも気付かれないように息を吐く。

 いかんいかん。せっかく周りが僕のメンツを立ててくれているのなら、甘えるべきだ。そう思い、僕も料理を口に運ぶ。時間が時間なのと、食材に対する知識が無かったから手の込んだものは作れなかったが、


「うん、美味し」


 食べた事の無い味だったが悪くない味だった。






「それでは鳴子様。今現在疑問に思われていることはございますか?」


 テーブルの上の料理はまだ残っている。ちょっと作り過ぎたかもしれないが、皆のお腹はある程度満たされただろう。バローネさんがタイミングを見て切り出した。


「いろいろあるし、分からないことだらけだけど、その都度聞いていくしかないかなぁ」


 多分、一度に全部聞かされても忘れると思う。


「とりあえず今聞きたい事は、魔力っていうのはこの世界の人は全員扱えるの? 魔法とかも?」


 ソフィーは当たり前のように魔導機械というものを扱っていた。この世界での生活があの機械を扱うことを基本とするのなら、僕は相当な苦労を強いられることになるな。

 僕の質問に対し応じたのはソフィーだ。先程の厨房での会話の流れから、彼女が応じてくれるであろうと思っていた。


「ええとですね、魔力というのは誰もが有しております。というのも、人間の身体には魔力を生み出す器官があり人は常に魔力を体表面に帯びているのです」


 魔力は血や汗と同じく身体の内部で作られ、生体電流のように体表面を覆う。それは魔力の通り道としての汗腺や涙腺みたいなものがあって身体全体に広がるのだろうか。


「そして、人は体表面に帯びた魔力を何かに利用出来ないかと考えました。それがあの魔導機械ですね。魔力としての刺激を加えることで起動するようになっております。動力は一家に一台の魔導炉と呼ばれる魔力を人工的に精製する機械で、地下深くに埋め込まれたものが国全体で繋がっております」


 余談でしたね、とソフィーが苦笑する。

 あまりに可愛いものだから写真にとってパネルにしたいのだけどオルヴィスは許してくれるだろうか。いや、この世界にカメラ的な物があるのだろうか。あるとしてそれも魔導機械なのだろうか。今後の為にも是非入手したい。……余談だった。


「魔力の使い方として発展したのは魔導機械だけじゃあない」


 ソフィーの言葉を引き継いだのは兄オルヴィスだ。


「人が持つ魔力に指向性を持たせ利用する、魔法や魔術と呼ばれるものも発展してな。歴史としては魔導機械よりも長い。むしろこの魔法や魔術の応用が魔導機械とも呼べるな。魔法や魔術を自在に操る力を持つものを魔導師と呼ぶ」


 まるっきりフィクションの向こう側の世界にいるんだなぁ。と、大真面目に話すオルヴィスの表情を見て頷く。とにかく魔力についてはなんとか理解出来た。問題はそれが僕に利用できるかどうかである。聞けば、この世界の人々も最初から魔法が使えたわけではないようだ。後になって魔力を発見し、その魔力を生み出す器官を研究によって発見し、発展したという流れなら、僕の身体にも発見されていないだけで魔力を生み出す器官があるのではないだろうか。

 僕はバローネさんを見る。


「付いてますよ」


 僕の視線から思考を読んだかのように、バローネさんが簡潔に応えた。


「神が鳴子様の身体をお造りになる際に、この世界の住人と同じ構造に合わせて創造しております。私も鳴子様も同様、魔力は扱えます」


 そう言うと、バローネさんが手袋を外すと、氷できたアートのような白く美しい手指が露出する。人差し指を宙に立てると、不思議な事に指の周りの大気から火の粉が発生し指先に集まる。そしてライターの火のように小さな灯りとなり音も無く揺れている。

 おお、とオルヴィス兄妹が驚いた声を上げる。


「魔法陣も詠唱も無く魔力を魔法として引き出しているのか。魔導師としても高いレベルだな」


 なるほど、と僕も人差し指を立ててみる。指先に力を込め、「火よぉ出ろぉ……」と念じてみるが、


「…………出ないよ?」


 指先が釣りそうになって止めた。小学生時代休み時間にやったカメハメ波の練習にも似ているな。あれも出る事はなかったが。


「まぁ、今みたいに無造作に魔法が出せる人間はそうそういないな。国お抱えの魔導士団ぐらいだ」


 オルヴィスがフォローするように言葉を繋ぐ。


「さぁ、魔力についてはこんなもんじゃねぇかな。原理とかそういうものを聞きたいわけでもないだろ? 他に知りたい事はあるか?」


 そう言われ、僕は考える。そうだな。この世界の情勢とか聞きたいことなら沢山あるけど、聞けば長くなるだろうか。というか、今頭に浮かんできたのが、


「トイレ行きたい……」


「ああ、トイレならそこの廊下の一番奥のドアだ」


 この世界に来てから一度もトイレに行ってないことに気付いた。気付いた瞬間尿意は来るもので。僕はなにも考えることなく席を立ちトイレへと向かった。そしてドアを開き、僕の世界でも見慣れた形の便器を見てホッとする。

 ……どんな歴史を辿っても、人類のトイレってこの形になるんだなぁ。

 使い方の見当がつかない代物だったらどうしようかと思った。でもま、大丈夫そうだ。僕はトイレの中に踏み込んだ所で気付く。

 ……このトイレ、水洗式じゃないのか?

 水を溜めるタンクが無い。もしかしてボットン? いや、海外でもそういうところ多いらしいしなぁ。でもなぁ。この魔法陣はなに?

 見れば便器の中は空洞ではない。それどころか、落ちたり流れたりする穴も無い。紫色の光りの文字が便器の内側表面に浮かび上がっている。


「鳴子様」


「うわぁ!?」


 観察に集中し過ぎて背後にいたバローネさんの気配に気付かなかった。


「あまり人様の家のトイレをジロジロ見るのは行儀が悪いかと」


「ご、ごめん、これ何だろうなぁって思ってさ」


 僕が指差すと、バローネさんは指の差した先を見つめ一度だけ瞬きする。


「転移魔法のようです。用を足すと排泄物は別の空間に転移するようになっているようです」 


 転移魔法なんてRPGの中盤で覚えるような魔法をこんな所に使うなんて、なんだか勿体無い使い方に思えてしまうが、この世界では当たり前なのだろうか……。

 恐ろしき異世界人。すっかり尿意も失せてしまった。






 夜。人々が寝静まる夜。

 僕は身体が疲れている筈なのに目がギンギンに冴えていた。あぁ、ギンギンにだ。

 僕の、いや、僕〝達〟の寝ている部屋は建物の二階の一室だ。ソフィーは車いすだし、それに合わせてオルヴィスも一階で寝ているとのことで、僕達にはオルヴィス達の亡くなった両親が使っていた部屋を割り当てられた。

 それは良い。基本寝床にこだわりはない。枕が変わろうとも平気で眠れる自信がある。しかし、僕の安眠を妨害する存在がすぐそばにいた。


 ……バローネさんんんんんん!!


 僕が寝ているすぐ隣にバローネさんが仰向けに無防備を晒していた。

 両親の部屋とあって、ベッドはダブルベッド。しかし何故かハート型だ。よほどラブラブな両親だったに違いない。

 そんな〝いかにも〟なベッドに僕とバローネさんは並んで寝ていた。正確にはバローネさんだけがスヤスヤと穏やかな寝息を立てている。

 くっ! 免疫の無い僕にこの状況は刺激が強過ぎる……!

 何故こうなったのか。ベッドのある部屋がここだけだったのと、他の部屋の床で寝ると主張した僕をバローネさんが引きとめたのだ。


「鳴子様にそのような事をさせるわけにはいきません。そして私は鳴子様のアシスタントして四六時中側にいる必要があります」


 などと言われ、その後もいろいろな問答のすえ今の状況に至っている。

 僕はピラリと布団を捲る。「衣服に皺ができますので」と言って下着だけの姿となったバローネさんの白い肌が露わとなる。


「うが……」


 再び布団を被せる。

 いかん。理性をぶっ飛ばしにきてやがる。落ち着くんだ僕。もしここで事を起こせば確実に今後の旅に支障をきたす筈だ! いや、なんとなくバローネさんなら許してくれそうな気もしないでもないけど、これはその、男としての、男としてのプライドだ!

 僕はベッドの上でクネクネしていた身体の動きを止め、そっとベッドから降りた。

 ここは一旦部屋から出て気持ちを落ちつけよう。ついでにトイレに行こう。

 ゆっくりとドアを開け、一階に続く階段を下りる。電気の付け方がわからないので手すりを伝って手探り足探りで下りていく。そうしていくうちに、真っ暗な階下からなにやら人の気配を感じた。


「きゃ!」


 階段を下り切ったところで誰かと鉢合わせした。声は明らかに女性のものであるからソフィーだと思うが、シルエットは車いすのものではない。2本の足で立つ姿だ。それは僕の存在に気が付くと驚いたように肩が跳ねバランスを崩す。


「おっとと!」


 僕は咄嗟に腕を伸ばし体勢を崩した少女の身体を抱きとめる。


「あ、ありがとうございます。ナルコ様」


「う、うん」


 その声はやはりソフィーだ。声と同時に、キッチンで感じた甘い香りが鼻穴に飛び込んできて、頭がクラリときた。抱きとめたことで感じる他人の体温が妙に生々しい。いかんいかん。煩悩よ去れ。先程部屋に置いて来た煩悩が追い縋ってきやがった。僕は自分の足を自分の足で踏みつけた。


「ソ、ソフィーはここでなにをしているの? てか、立てるの?」


「いやぁ、そのぅ、ちょっと、あっちでお話しします?」


 妙に歯切れが悪く、悪戯を隠す子どものような仕草が想像できて、ただひたすらに可愛い。暗がりでほとんど見えていないが。


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