ヒカル・ト・ホタル
ホタルが消えた。
家の周りのどこを探してもいない。
「探しに行かなきゃ……!」
ヒカルは、スニーカーを履いて家を飛び出した。
苔むした岩肌を這うように、小川が流れている。
十歳の少年ヒカルは、浅い水の帯を辿り、上流へ遡っていく。
やがて水流は細く深くなり、周りの岩肌は鋭さをそなえ水草を増して、暗い洞窟へとその姿を隠す。ヒカルは躊躇わずに歩みを進めた。
闇が優勢の洞窟の中。苔と川の水で湿った岩肌を、ヒカルは慎重に歩いていく。
最初こそ懐中電灯をつけていたが、もう必要ない。
明るすぎては“ホタル”が霞んでしまう。それに、洞窟内は天井や壁に淡く光る苔がちらほらあって、暗さに慣れた目でならその光源だけで充分だ。
“ホタル”はきっと、この先にいる。
確信を胸に、自然、歩みが早くなる。
時々足を滑らせながらも、ヒカルは明るさの増す洞窟の奥へ奥へと進んで行き、
ついに辿り着いた。
ヒカルは、茫然とその光景を見つめていた。
陽の光が届かない洞窟の中。くり抜かれたようなドーム状の空間は、しかし闇に閉ざされてはいない。
淡くまばらな、緑の燐光。光を発する苔が自然のドーム内部に散らばっていて、天然の照明となっている。それだけでも幻想的な光景だ。
しかし異様な存在が、ヒカルの目を釘付けにする。
――燐光の中心にいる、少女。
白いワンピースを着た少女は両膝をついて跪き、祈るように両手を組み目を閉じて、俯いている。
碧、黄、白。すべてが螢光。
日焼けしていない白い肌、細い身体、肩下までの長さの黒髪。少女の輪郭が照らされている。
光はそれだけではなく。少女は髪の先からワンピースの裾、指先など先端という先端から、この場の何よりも明るく優しい光――螢火を灯していた。
これが、
「ホタル――」
ヒカルの口から、自然と言葉が零れ出す。
それは、少女を含めた“かれら”の名前だ。
「来たのね、ヒカル」
少女――ホタルはヒカルの名を口にし、長い睫毛に縁取られた目蓋を開ける。
露わになった虹彩は、燐光で照らされてなお、蒼い。
「約束。あげる、螢石」
“ホタル”の少女は柔らかに微笑み、
全身が眩い螢光に彩られた。