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我儘ユーフォリア

作者: シズカンナ

一国の王女として生まれた私は恵まれていて、それなりに幸せだった。

だから、それなりの幸せで満足していれば良かったのに、できなかった。


彼を最初に見かけたのは、騎士団の練習場だ。

短く揃えられた髪は漆黒で、並み居る騎士たちの中で一番逞しい体つきをしていた。

そんな凛々しい彼の姿を見て、とても気になったのを覚えている。

剣を握る手はとても大きくて、自分と同じ人の手と思えないほど立派だった。

あの手で撫でてもらえたら、どれほど満たされるだろうと思った。


恵まれていた私にも、唯一手に入らないモノがあった。それは親の愛情だ。

母は幼い頃に亡くなった。一国の王たる父は、私をとても可愛がってくれたが、やはり不満はあった。

もっと近くにいたい。もっと気にかけてほしい。もっと、自分を見てほしい。

しかし、それだけは叶わないのだと、私は物心ついた時には知っていた。

父が父であるからこそ、私はこの生活を続けられる。

そうは知っていたが、どうしても許容できなかった。

だから私は父の愛情に代わる絶対の何かを望むべく、あの者を傍仕えにしたいと願った。


「ねぇ、私、あの騎士が欲しいわ 」

幼子の、ほんの幼稚な願いだった。


しかし、王女たる私が望んで叶わないことなど、この国には無い。

その時の私には考える余地もなく、ただただ彼という父親代わりが欲しかった。

こうして私は、望むべく愛情を得るために騎士のジルを傍仕えにした。

10歳の頃の事だった。


それからの私は、何かあればジルを傍に侍らせて生活するようにした。

有能であり仲間からの信頼もあった騎士が、10歳の子どもの傍仕えとなった。

これは、周囲の者を酷く困惑させ、騎士たちからはものすごい不満がでた。

しかし、私にはそれはとても些細でまったく気にすることでもなかった。

なぜならば、ジルは思った通りの者で、私は酷く満足していたからだ。


ジルは、一言でいうならば「怖いおじさん」だ。

年以上に老けて見えるし、眼光鋭く常に不機嫌そうにしている。

騎士団にいた時も、寡黙であったという。

そんな彼に私は、頭を撫でることや褒めることを強請るのだ。

その度に、ジルは困ったような、怒ったような、なんとも言えない顔をしながら言われたことをする。

彼の、そんな顔が見るのが面白かった。そして、とても満たされるのを感じて、また繰り返した。


父親代わりなんて言えないから、表向きは専属護衛として傍に仕えさせた。

私の傍で、一緒にご飯を食べて、話をして(相槌しか打ってくれないけど)、同じものを見て、時間を共有してくれれば、それで良かった。

そうやって私が楽しむ為だけの、彼の考えを無視した生活は、5年も続いた。



* * * 



さて、そんな私が自分の傲慢さに気づかされたのは、15歳の時のことだ。

朝を、いつものようにジルに起こされて微睡んでいると、言われたのだ「5日ほど、暇を頂きたい」と。

そんなこと、5年間で初めての事だった。ジルが自分の傍を離れる。そのことに酷く動揺する自分が居ると同時に、仕方ないじゃないかと思う自分もいた。だから、その時は動揺を隠しながら承諾した。

その日から、ジルのことについて改めて考えるようになった。


そうして、やっと己の我儘の酷さに気づくに至った。

しかし、気づいたとしても5年続いた心地よい生活を簡単に手放すことは、できなかった。

その時すでに、ジルは父親の代わりでなく、大切な人だったからだ。


それこそ、異性として大切な人になってしまっていた。

なんという、全体的に自分勝手な恋だろう、とは思う。


もしも、私がジルとの結婚を望もうと思えば、それはきっと果たされるだろう。

ジルは公爵家の長男だったりして、家督は次男である弟が継いでいるというのを聞いた。

もちろん、独り身であり、私に付きっきりだから、恋人だって今現在はいないだろう。

何て計画的な犯行だろう、と自分でも驚きである。


でも、だからこそ、望んではいけない気がするのだ。

そこまで望んでしまっては、本当にジルに嫌われてしまう。

現状でも充分に嫌われているかもしれないが、今以上を望んでしまえば、時折見せてくれる笑みとか、頭を撫でてくれる優しい手とかを、永遠に失ってしまう気がする。

そんなのは、悲しすぎると思った。


そうやって、悶々と悩みながらも、結局ジルの事を手放せないで過ごし続けて2年が経ったある日のこと。

父から呼び出されて結婚の話をされた。兄弟には王子もおり、国も現在は安定している。

私も17歳と適齢期である。望むならば、好きな相手をあてがってやろうと言われた。

その時、私は願ってしまいそうになった。

また、ジルのことを考えない身勝手な望みを、願いそうになった。

その時は、なんとか思いとどまり、保留ということでその場を辞した。

しかし、これから先の未来で、私はきっと願ってしまうだろう。

「ジルが欲しい」と望んでしまうだろう。


だから、私はジルの幸せを願うべく、一つの決断をしたのだ。





* * *


どこまでも続く草原と森を眺めながら、私は重いため息をついた。


私の決断は、とても簡単なことだった。

ジルを専属護衛の任から解いて、騎士団へ復帰させたのだ。

聞けば、当時ジルは副団長にまで上り詰めており、もうすぐ騎士団長への昇進の話も出ていたとか。

7年も遅れてしまったが、私の身辺警護の成果をもってすれば騎士団長にもなれることだろう。


私が奪ってしまった時間を返すことはできない。けれども、できる限りのことはしたいと思った。

私は、幸せな時間をジルからもらった。だから、私はその恩を返さなければならない。

いや、罪滅ぼしとでもいうのだろう。私が幸せだった分、ジルにも幸せになってもらいたい。

例えばそれは、騎士団長になるということだったり、お嫁さんをもらうということだったり…色々だ。

ジルが願う色々な幸せを、ぜひとも体現してほしいと願った。

そして、今よりも確実に良い生活を送ってもらえたら、それでいい。


でも、


その色々の幸せの中に自分が入っていないだろうことを、私は認めることができなかった。

ジルにとって、私はきっと厄介な存在でしかない。私が居たならば、ジルにとっての幸せは無いと言っても過言ではない。

だけど私は、身を引こうなんて思えなくて、きっと、またジルを振り回しだすのだ。


だから、私は隣国へ、留学という名目で逃げることにした。

認めたくない光景を見ないために、知りたくもない現実を聞こえなくするために、私は全力で逃げた。

私の知らないところで、ぜひともジルには勝手に幸せになってもらおうと決めて国から出た。


決めてしまった私の行動は本当にあっという間だった。

ジルに知られないように済ませようと、ものすごい勢いで静かに動き回った。

結局、主である私が望めばジルに知られずにことを成すこともできてしまう。こんな身勝手さが全ての間違いの始まりだったのだと分かっていたけど、始まり同様に終わりだってこれで良かったんだろう。


留学先には、ちょうど隣国の使者が来ていたので、なにも考えずにそこに決めた。

留学という名の旦那様探しをしてくると言ったら、父上も二つ返事で頷いたから驚いたが、まぁ、父上はそんなものだ。

そうして、私は賓客という形で隣国に招き入れられたのだった。


隣国は、緑豊かなところで、資源も豊富だ。ただ、都市部の発展が他国よりも遅れており国力の割に、ゆったりとした生活をおくることができる。

私があてがわれた住まいは、驚くほど古い塔のような屋敷だった。

自国に比べれば、確かに不自由はするが傷心中の私にはちょうどいい場所だろう。

こうやって静かに暮らしていくうちに忘れられればいい。



そう、思って過ごしていたのに。


ゆっくりと目を覚ました朝。

身支度でもしようかと思っていると、メイドが慌てて部屋に入ってきて窓の方を指した。

見れば、ものすごい砂埃が舞い上がっているのが遠目でも見える。

あれは50騎ほどの馬たち。その馬に乗る兵士たちが掲げている旗には自国の印。


…なにか、あったのだろうか。まだ、この国に来て3日も経っていないと言うのに。

あ、ジルの結婚報告とかだったら、門前払いして返してやろう!

そう思って砂埃を見つめていると、驚いたことに先頭にいる人物は先ほど考えていたジルではないか。

「なんで!?」悲鳴のような声を上げて、私は寝間着姿を急いで脱ぎ捨てたのだった。

こんな姿でなんて、会えない!



* * *



すごい勢いでやって来た、ジルとその他の騎士たちは、有無を言わさずに私の元へやってきた。

急いでお茶を用意するメイドを目で静止して、下がらせてから私の前に座ったジル。

そして、怖い顔でジルが差し出した書簡には、私の強制帰国が書かれていた。

読むと、弟が結婚するとかで結婚式に参列するためとあるが、こんな理由で強制帰国とかありえない!

誰かが手を回したとしかと考えて、まさか…と目の前のジルを見つめると、したり顔でこちらを見つめてきた。


「…なんの茶番かしら? 私は大切な理由があってこちらへ来ているというのに 」

「弟君の結婚式へ参列されるのも、大切な姫様のお仕事です 」

立ち上がり、私の元まで来て傅き「さぁ」と手を伸ばされれば「はい」と、その手を握りたくなってしまう。でも、だめだ。今、こうやってジルの手を握ってしまえば、また元通りだ。


また、自分の願いだけを望んでしまう。


「いいえ、戻りません 」

私の拒絶の言葉に、一瞬傷ついた目をしたジル。あぁ、そんな顔されると気持ちが揺れる。

だめだ。だめ。これ以上、ジルを煩わせてはいけない。


「ジル、ごめんなさい。国へは貴方だけで帰って頂戴 」

「…なりません 」


伸ばされた手はそのまま、私を掴んだ。そして、ぐいっと引っ張られれば…

なんだか、とっても近い距離!


「私の何が至らなかったのでしょうか?」

非常にへりくだった言い方であるが、顔がすごく怖かった。

ここ数年は表情も柔らかくなって、そんな鬼みたいな顔見てなかったというのに。

しかも、こんな至近距離…非常に威圧感が、ありすぎます。

何がいけなかったか、なんて知っている。怒りをぶつけられる自覚もある。

でも、だけど、これは恐ろしすぎて涙がでそうだ!


潤んだ目を見られたくなくて、必死で顔を逸らしながら、私は精一杯の不満そうな声をだす。

「ジルが至らなかったとかではないの。とにかく、貴方は帰りなさい。私は、まだ帰れないの 」

「姫様が恋い慕う者でも、この国に居るのですか? 」

私の耳に響いたのは、酷く冷たい声だった。

恐る恐る顔を上げると、そこには鬼を超えた、なんか悪魔みたいな顔したジルが私を睨んでいる。

「どういう、意味なの? 」

怯えながらも、ジルの謎の言葉を聞き返す。恋い慕うって…私の思いがばれているのだろうか、と内心ヒヤヒヤしながらの質問だ。


私の問いに、すぅっと目を細めたジルは私の傍を離れて立ち上がった。長身のジルに対して、ソファに座ったままの私。

ものすごく見下ろされる形になった私は、ジルの顔を見れないまま、自分の足下を見つめるしかなかった。

「…この国の使者だった男…国王様に似ておりましたね 」

「え? そうかしら…確かに髪色や年齢は同じだけど…あ、声もなんとなく似てるかも…」

「だから、気に入って追いかけてきたのでしょう? 」


は?っとジルを見上げれば、酷く冷たい目で私を見つめていた。

「もう、私など不要だと捨て去り、さっさとこの国までその男を追いかけてきた 」

違うし!そりゃあ、私は重度のファザコンだけど、この国に来た理由は全然違うし!

あまりの見当違いな発言に、怒りすら覚えて頭が真っ白になった。

人って、感情が振り切れると言葉がでないものなのね。


「…お答えいただけないということは、そうなのですね 」

「ちがっ!!」

ようやく否定の言葉を返したとき、ジルは何故か笑っていた。

酷く怖い顔で、笑っていたのだ。


「貴女が、私に下さった騎士団長という地位にはいくつかの権限がございます」

「いきなり…どうしたの 」

胸に手を当てて、騎士の誓いの格好をしながらジルは言葉を続ける。

「一つ、他国への侵略の提案。一つ、武勲を打ち立てた時に王への嘆願の許可 」

「…どういう意味かしら? 」

さらに笑みを深くして、ジルは私を見つめる。


「この国を滅ぼして、貴女を私のものにしましょう 」

「へ? 」

長年、私の妄想の中でしか聞けなかったような台詞に、思わず変な声が出た。

「そうすれば、貴女も私から離れることができなくなる 」

「ちょっと、待って、話が分からないのだけど…それ、誰に命令されたの? 」

私の言葉に、ジルは酷く不服そうにな表情を見せて睨んできた。

「私の一存です。騎士団長などという地位で、今までの全てを無かったことにするなど許しません。

 貴女には、償っていただきます 」

「私は…いくらでも償うわ。ジルには悪いことをしたから…。でも、この国は関係ないでしょう? 」

「いいえ、私から貴女を奪いました 」

「それは違う!」

顔も覚えていない使者に恋をして、逃げ出したと思われているなんて心外だ。

私は、大好きなジルの為と思って泣きそうになりながら、やっとこの国に来たんだ。


償えと言われれば、いくらでもジルの望むように償ってあげよう。

そのために、私は祖国を出ることを決めたんだ。

「私は、ジルの為に国を出たのよ 」

そう言って必死で微笑んだのに、ジルは表情を失くして私を見つめてくる。心が折れそうだ。

「今まで、ジルには沢山迷惑をかけました…本当に、今さらだけど、ごめんなさい」

「姫様…どうか頭を上げてください 」

困ったように微笑むジル。その表情に胸が切なくなる。

大好きなジルの笑顔。今日で、それも見納めだ。覚悟を決めろ私。


「王女として、私は傲慢でした。貴方の存在に何度も助けられました。ありがとう 」

そっと手を伸ばして、ジルの手に重ねた。大きくてゴツゴツした手は、何度も私を助けてくれた。

それも、今日で最後になるんだ。ちゃんと、気持ちを伝えよう。そして、償いを。


「だけど、もういいの。

 私ね、ジルのことが…好きになっちゃったの。始めの頃みたいな気持じゃなくて、恋してるの 」

私の言葉に、驚いたような表情のジル。ものすごく困らせているんだなって胸が痛くなった。

でも、ここで逃げるわけにはいかない。


「だから、そのうちに私は望みを叶えようとして我儘を願ってしまうと思う。

 前みたいに、自分の望みの為だけに貴方の幸せを考えない願いを。…それは嫌 」

ポロっと落ちた涙。自分の弱さが嫌になるけど仕方ない。これが私の精一杯なんだ。


「そんなことを本当にしてしまう前に、私はいなくなろうと思ったの。

 どうか今度こそ、貴方には幸せになって欲しい。それが、考え抜いた私の今の願いであり、償いよ」

邪魔な私はいなくなるから。どうか、幸せになってね。


精一杯の願いを込めて笑ったのに、涙は後から後から落ちて止まらない。

泣いてしまって困らせることになるだろうけど、最後なんだから許してくれるよね。

さぁ、手を離そうと思ったところで、重ねた手を強く握られた。


「では、幸せの為に、どうか自分に姫様をください 」

「へ? 」

今度こそ、ジルが好きすぎて自分に都合の良い妄想が聞こえてしまったのだろう。

やだ、私ったら本当に諦め悪かったのね!!怖い!!

なんて混乱していると、そのまま抱きしめられて私は完全に硬直した。

白昼夢ってやつなのかしら!?


「ずっと…お慕いしておりました。

 私の幸せを願うならば、どうか永遠に私の傍にいてください。願いは、それだけなのです 」

「…ジルも、私のことが、好きだったの? 」

「えぇ、身分違いも甚だしく、申し訳ないのですが…お慕いしております 」


なんだろう。私はもしかしてまだ夢の中にいるのかもしれない。

だとしても、こんないい夢は、もうちょっとだけ見ていたい気もする…。

「これって、私の夢じゃないわよね? 」

「これは、現実です。どうか、諦めてください 」


諦めてくださいって…それは、きっと私の台詞だ。

もう、私はジルを諦めることなんて、できなくなってしまった。

ジルにとっての幸せに、私が居ても良いのならば、私は私の我儘を続けよう。


「ジル…ごめんね。我儘な私に、また付き合わせてしまうわ 」

「それで、良いのですよ 」

そう言って微笑むジルがたまらなく可愛いから

私は、私の幸せな我儘を永遠に続けていこうと、心に決めたのだった。




「私は、ファザコンだって自覚あるけど…ジルは… 」

「なんでしょう、その異国の言葉は? 」

(あ!知らないんだ!ロリコンって言葉、知らないんだ!)

「なんであれ、姫様と同じならば、自分はなんでも良いです 」

「そう、なら私もなんでもないわ!(そうね、ちょうど良いのかも…)」



ファザコンとロリコンって最凶の組み合わせだと、書いてから気づいた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 騎士様にヤンデレの気が。 いえ、読者としては寧ろ好みではありますが。 ヒロインが道を誤ったら……。 [一言] 十代後半になっても好きなら、それはロリコンとは違う……はずです! ハッピ…
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