一日目 -魂の飢餓-
「それではまず、インターンプログラムの日程から説明しましょう」
オープンでスタイリッシュな会議室に移された学生たちは、一言たりとも聞き逃すまいと、目を血走らせて社員の言葉に聞き入っていた。
「本日は18時にお集まりいただいて、先ほどのムービーが12時間ほどでしたので……」
午前6時。いつのまにか夜が明けていたようだ。解散の時刻は告げられていないが、そう遠くは無いはずだ。学生たちの緊張もわずかにほぐれる。気の緩みから思わず伸びをしてしまった学生が、そのまま兵士二人に引き伸ばされて死んだ。
「現在30時となっております」
学生全体でわずかに動揺が走る。やはり、そう来たか。
「本日の解散時刻は69時で、明日はまた同じ受付まで9時にお集まりください」
この会社では一日72時間体制で業務が行われている。一般的なブラック企業では48時間体制がデファクトスタンダードとなっている現状で、それはより濃厚な、底の見えない黒さを感じさせる。
「栄養ドリンクを配布していますので、我慢できない方は飲んで下さい」
たまらず学生のひとりが口にすると、真っ青な顔になり首を抑えながら泡を吹いて絶命した。
「45時からの中間発表が終わり次第、全員に昼食と栄養ドリンクを配布したいと思います」
つまり、それは全滅を意味する。精神に異常を来たした学生がビルの窓を突き破って地上への帰還を試みる。この会議室ははるか上空の200階だ。彼はそのまま大地に還った。
中間発表、まともに挑んではいけない。何か攻略法があるはずだ。
残り15時間。当然、発表自体がお粗末であれば処分されるだろう。上手いプレゼンを作り上げ、さらにドリンクを回避する方法を考えなければならない。それが残された時間の使い方。
会議室という限られた空間、物資を使ってこの課題に取り組まなければならない。部屋の中には大型のプロジェクター、いくつかのテーブル、椅子、植木、それから各個人に用意されたパソコンがある。
幾人かの学生が行動を開始した。しかし、トイレに抜けだそうとしたものはそのまま未帰還者に、司会と交渉しようとしたものは別室に連行されるなど、攻略の糸口は見つからなかった。
「これは、参ったな。兵士一人を潰すのにも学生十人がかりで五分五分の勝負だろう」
どうしたものかと考えあぐねていると、部屋の隅で一人の学生が皆を呼び集めている。他に頼れるものが無くなった学生たちは素直に彼の言葉を聞いているようだ。私も様子を伺うためにその集団に近づく。
「このIR機器で相手ぇを遠隔操作するんや。それやったらあんたらが直接シバきに行かんでも潰せるっちゅうわけ」
「Javaで作ったにゃ」
中心人物はふたりのようだ。人を集め演説しているリーダー格と、もうひとりはエンジニアか。
話を聞くと、この短期間で、兵士に赤外線怪電波を送り操る装置を開発したという。既に一人、兵士の鹵獲にも成功しているとのことだ。
エンジニアがエンターキーを力強く叩くと、近くにいた兵士が地面に崩れ落ちた。思わず学生たちからは歓声が上がる。
「もう自分らの誰も死なせへん。この調子で仲よう脱出とシャレこみまひょ」
そしてリーダー格がにやりと笑った。
残り生存者15人。
もはや誰一人として眠そうな表情を見せない。この広間にいる学生は、歴戦の傭兵と言っても過言ではない。その恐るべき精神力で彼らはいつまででも目を開けていられるだろう。
ブラック企業としての決定的な証拠を掴むため、私の潜入捜査は続く。