一日目 -黒の気配-
近年注目の的になっているブラック企業。やり玉に挙げられた飲食店などは、君の記憶に新しいだろう。
しかし実際に報道される悪徳企業は氷山の一角に過ぎない。
厚生労働省では、そうした企業を摘発するために発足された極秘機関が存在する。
そしてそれこそ私の所属する機関に他ならない。
この日、私はとある企業へ内部調査員として派遣された。もちろん、秘密裏に。
東京魔天楼の一角ではちらほらと学生の姿を目にした。
私もそうしたインターン生のひとりとして紛れ込んでいる。
今回の企業は近年、大規模なリストラが行われその後も不穏当な噂が流れていた。
そしてそれは事前調査として、集合時間の一時間前に社内窓口の様子を伺っているときだった。
「君もインターンシップ参加者かい?」
背後には気配を消した社員が忍び寄っていた。
とっさに懐から拳銃を取り出し、社員に向かって構えるも、私の首元には鋭い刃物が付きつけられていた。もう一人の社員が茂みの中に控えていたのだ。
「良い動きだ、が、『社会人』として鍛えられた我々には及ばないな」
第一ラウンドは相手が一枚上手だったようだ。私は刃物を突きつけられたまま挨拶をする。
「森田です。本日は宜しくお願いします」
「いいだろう、弊社は君を歓迎しよう。こちらへ来たまえ」
受付には既に数十人の参加者が待機していた。
「本日はわざわざ集まってもらい、誠に感謝している」
社員のひとりが権力を誇示するような大仰な口ぶりで話を始める。
「本来の集合時間は一時間後であるが……」
ガシャガシャン、と示し合わせたかのように入口のシャッターが閉ざされた。
「優秀な社会人足るもの! 遅刻は絶対に許されない!! 一時間前に到着していないなど言語道断!!!」
社員は目をカッと見開き、暴力のような大声で宣言した。
「よって、今回のインターンシップ参加者はここで締め切る! たとえ面接合格者であっても油断することの無いよう心に刻んでおくことだ!!」
宣言が終わるや否や、大剣を構えた屈強な兵士がぞろぞろとこちらへ集まってくる。
「彼らは弊社の優秀な社員だ。携行している武器、通信機器は彼らに渡すように」
私は素直に拳銃とフラッシュバン、ショックガン、ガラケーを引き渡す。そして代わりに兵士からは専用のユニフォームを受け取った。ユニフォームには社訓がびっしりと書かれており、にわかにブラック企業としての片鱗が見え隠れする。
「これから諸君らには三日間、地獄のような時間を味わってもらう。しかしそれは終わった時に諸君らを大きく成長させるだろう。もしここで怖気づいた者が居れば、挙手するように」
社内通路の奥には、ただただ闇が広がっている。ブラック企業としてのオーラがそうさせるのだろう。しかし、内部調査員として確固たる証拠を掴むまで、潜入任務を全うしなければならない。私に逃げるという選択肢は無かった。
視界の端でひとりの学生が、おずおずと手を挙げようとしていた。しかし次の瞬間、その腕は兵士によって無残にも切り落とされてしまった。学生は思わず悲鳴をあげる。
「辞退する者は居ないようだな。今年も優秀な者が集まっているようで嬉しい限りだ。それではさっそくオリエンテーションに入ろう」
他の誰もが見て見ぬふりをした。もしここで声をあげれば、次は自分に降りかかるかもしれない。
広いホールに連れていかれ、そこで映像が流れ始める。
「素晴らしい弊社へご足労いただき、誠にありがとうございます!」
美しい映像に始めは息を飲んだ。しかしその映像は十数時間続き、多くの学生は体力と精神を消耗していった。その間、出入り口を見張っていた兵士や司会進行の者は微動だにせず、その顔に疲労の様子は見えない。極限まで研ぎ澄まされた社会人としての自覚か、あるいはブラック企業ではよく配布されている覚醒剤の影響かもしれない。
「それでは、オリエンテーションは以上です。これから実務訓練に入ってもらいます」
静まりかえる室内。疲労困憊の学生は、一部気絶している者もいる。
司会進行はその様子を見て、鬼のような形相で叫んだ。
「返事はッ!!!!!」
「ハイッ!」「ハイッ!!」「ハイッッ!」「ハイ!!」「ハイ!!」「ハイ!!」「ハイ!!」「ハイ!!」「ハイ!!」
即座に対応できた者は、続々と次の部屋に連行されていく。反応できなかった者、気絶していた者は全員が兵士によって喉笛を掻っ切られ失格となった。
生存者残り25人。
ブラック企業としての決定的な証拠を掴むため、私の潜入捜査は続く。