87.うたがいとしんらい
エリック先輩の目には少し影が落ちているように見えた。
震える声で絞り出した先のセリフと合わせ、「頼むから否定してくれ」と言っているように見える。
そんな声とは裏腹に、先輩の言葉には確信があった。
一体彼はいつから俺のことを疑っていたのだろう。どれだけ苦悩して俺にその言葉を投げかけたのだろう。
いつもあんなに堂々としているエリック先輩が、今日は小さく縮こまって見えた。
「なんで......俺が転生者だと知ってるんです?」
俺が先輩に問いかけると、先輩は一瞬目を伏せ、ふっと息を吐いた。
彼の態度は、「認めて欲しくなかった」とでも言いたげに映った。
「正直なところを言うと、君が転生者なのではと思い出したのは最近。学者協会に入って少し経ってからだ。だが思えば君の言動には不可解な部分が多々あった。小学校で君がアリスくんと飛び級してきた時に君に対して違和感を覚えたのだが、その勘は正しかったと今なら言えるよ」
そこまで一気に喋ると、先輩は一度大きく息継ぎをする。
そしてまた話し始めた。
「実は君を私の研究に引き入れたのも、君に対して違和感を持っていたからだ。当時はそれが何なのか分かっていなかったがね。君は私たちが知らないことを口にすることが多々あった。例えば、この建物そっくりの高校を見て「東〇ドーム」と形容したりね」
そう言って先輩は東〇ドームを指差す。
「高校を卒業して学者協会に入った私は、転移魔法陣の可能性を研究していた。君と研究していた「人物に座標を合わせて転移する魔法陣」を完成させることも目的の一つだったからね。その過程で異世界の存在を知ったんだ」
急に話が飛んだな。転移先の設定を弄っている最中に偶然異世界というものを知ってしまったということか。
「その時はまだ君と異世界に繋がりを感じていなかった。だがある夜、私の頭の中で知らない声が響いた。「ルーシャス・グレイステネスは異世界からの転生者だ。それも悪の限りを尽くした極悪人だ」ってね」
なるほど、読めてきたぞ。俺はエリック先輩の前では特に前世の可能性を感じさせる言動はしていなかったように思う。多分だけど。
では俺が転生者であることを知っていたのは誰か?それは例の人間の魔獣だ。奴がエリック先輩の脳内に直接語りかけ、俺についてあることないこと吹き込んだのだ。
「ルーシャスくん、君は今自分が異世界からの転生者だと認める発言をした。だが私にはまだ君が極悪人だとは信じられないんだよ。だから、こんなものを作った」
そう言ってエリック先輩が広げたのは魔法陣が描かれた一枚の紙。
「これは、人間の魂を鑑定できる魔法陣だ。これの中心に君が立ち、私が魔力を流せば君の魂の本質が分かる。私は君を信じたいんだよ。実験、付き合ってくれるね?」
長々と語っていたエリック先輩の声はずっと震えていた。俺を信じたいのだろう。
小学校3年生から3年間を共にしてきた学友。そんな人が突然異世界からの転生者で、しかも前世では極悪人だった等信じられるはずがない。でもエリック先輩は俺を転生者だと確信を持った上でここに連れてきた。
それだけ俺が疑われるような言動をしてきたということだろう。自覚は無かったけど。
なら、俺自身を以て身の潔白を証明して見せよう。俺は軽く頷くと、先輩が用意した魔法陣の中心に乗った。
「それでは、魔力を流すよ?」
未だ震える声でエリック先輩はそう言うと、魔法陣に魔力を流し始めた。
魔法陣が薄く光出し、俺の全身を光が覆う。
エリック先輩はその中で何を見たのか、一瞬目を丸くしてから高らかに笑いだした。
「はっはっはっは、はーっはっはっは!!やはり、君は最高だ!」
「先輩、一体何が見えたんです?」
「君の前世は何の特徴も無い高校生!少し美術が苦手だったようだがそれだけだ!悪いこと等何もしていない!無論、良いこともしてないがね!」
そう言い放って笑い崩れるエリック先輩。
うっせーよ。一言余計だわ。
前世の俺は平凡ということ自体が特徴と言えるほど何も無い高校生。犯罪に手を染めたことも無ければ何かで表彰されたことも無い。
あ、でも電車でおばあちゃんに席を譲ったことはあるぞ!それは良いことに入らないのかよ!
「電車、というものが何か分からないが......お年寄りを座らせてあげるのは良いことかもしれないね。とにかく、君が極悪人ではないと分かったことが一番の収穫だよ。」
崩れ落ちていたエリック先輩は、少し涙目になりながら俺の方を向いて立ち上がった。
何故だろう、その涙は笑い泣きではないと感じたのは。
「先輩は俺が転生者でも何とも思わないんですか?」
「私が恐れていたのは君が本当に極悪人だったらということだけだよ。もしそんな人間だったら今も何を企んでいるか分からないからね。でも君の本質はただの高校生だった。その事実があれば君を信頼するに値する。これからも、よろしく頼むよ」
エリック先輩はそう言うと俺に手を差し出した。
その手をガッチリと掴んだ俺の手はかなり汗ばんでいた。エリック先輩に疑われること、自分が転生者だとバレること、もし極悪人だと言われたらどうしようと考えていたこと、全てが合わさってべちゃべちゃになった手で先輩の手を握り、何度も振る。
その時俺の目にはキラリと光るものがあったことは、エリック先輩しか知らない。
こうして俺とエリック先輩は、本当に秘密無しの友人となったのだった。
「それにしてもルーシャスくん、手がべちゃべちゃだが代謝が良いのかな?どうだい、本格的に筋肉を鍛えてみては」
「筋肉はもういいわ!!いや確かに小さい時はは鍛えてたけど!!どんだけ筋肉に興味あんだよ!!」
どうやら、これからもいつも通りの日々が続きそうだ。
ルーシャス「いやービビったよ。エリック先輩がまさか知ってるとはね」
アリス「私もこの後書きだと知ってる設定ですわよ!ルーシャス様の秘密は私も知っておきたいですの!」
ルーシャス「まあそれはおいおい、ね。それにしても相変わらず締まらない終わり方だなあ」
アリス「とりあえず筋肉を入れとけばいいと思ってますのよこの作者。成長しないですわねえ」
またぼっこぼこに言われてる......。




