71.ありすのふまん
200年前で人間の魔獣、レオンを倒して俺が「暁の剣士」となってから半年ほどが経った。
現代に現れた人間の魔獣は、あの日の休み時間以降俺に接触してきていない。あいつの言う「少し先」とはどのくらい先なんだろうか。魔獣の感覚がわからんから何とも言えないが、なんとなくまだ先のような気はしている。
根拠としては、以前母さんが言っていたことが挙げられる。王様のところに人間の魔獣が現れた際言ったという、「今後10年強でお前は玉座から降ろされるであろう」というふんわりした予言のことだ。
予言ならはっきりさせろよ!と思ったが、とりあえず約10年はあいつも本格的に動き出すわけではないのだろう。何らかの理由で力がフルに使えないか、それとも何かタイミングを待っているのか......。
いずれにせよ、俺にとっては人間の魔獣が動き出す前に見つけ出して始末してしまうことが最善だ。
ということで、俺は最近エリック先輩とある研究を始めている。
その内容というのが、どこか場所への転移ではなく特定の誰かがいるところへの転移ができないかというものだ。
わかりやすく言うと、例えば今俺がジェームズに会いたいとする。従来の転移魔法陣なら「ジェームズの家」や「小学校」といった、ジェームズがいそうなところに一か八かで転移することしか出来ない。確実にジェームズに会えるわけではないということだ。
だが俺たちが今研究している魔法陣が完成すると、「ジェームズ」という人物を指定して、その人物がいるところに自動的に転移することができる。
要するに「ジェームズがいるところ」という曖昧な条件で場所を指定しても、自動でその人物に照準を合わせてくれるというものだ。
どうだ?便利だろ?まあ出来たらの話なんだけど。
俺はこの魔法陣を完成させ、突然人間の魔獣のところへ転移して倒してしまおうと考えているのだ。
「ルーシャス様、そこは会いたい人物に私を指定するところではありませんの?」
少しムッとした顔でアリスが俺の思考に入ってくる。てか心を読むなよ心を。
「心ぐらい読めますわよ。ジェームズの家のメイドさんに教わりましたの!」
「だから読むなよ心!セシリアさんいつの間に何を教えてんだよ!」
全くあの人は......。最初はしっかりした人だと思ってたけどかなり根はいたずらっ子のようだ。そりゃジェームズもあんな自由に育つわ。
「ところでアリス、どうしてここにいるの?」
「もちろん、ルーシャス様の研究を手伝う為ですわ!私も無関係ではありませんもの」
「それはありがたいけど......手伝うって具体的にどう手伝うんだ?」
アリスは確かに優秀な戦士だし200年前の戦いでも活躍してくれた。暁の剣士の仲間として伝説にも残った1人だ。
だが彼女の適正武術は弓術で、魔術ではない。またアリスの魔力量はそこまで多くなく、今俺たちが研究している魔法陣に十分な量ではない。一体どう手伝うつもりなんだろう?
俺が不思議に思っていると、アリスはふっと笑って自信たっぷりにこう言い放った。
「もちろん、私がルーシャス様の転移先になるのですわ!」
「転移先になる......?アリスのところへ俺が転移するってこと?」
「そうですわ!そうすれば、いつでもルーシャス様と一緒にいられますし、会いたい時はすぐに会うことができますわ!我ながら名案ですの!」
申し出はありがたいが......まだ魔法陣は研究を始めて間もなく、正確に転移できるようになるにはほど遠い。まだ人物を指定するプロセスを研究している段階だ。
仮にアリスが転移先になってくれるとしても、もう少し先の話になる。自信満々に転移先になると宣言されたが、今の段階じゃなあ......。
「なんですの?まさか私が転移先になることに不満が......?ルーシャス様は私と一緒にいたくない、なんてことありませんわよね?」
「ま、まさか!俺もアリスと一緒にいたいよ?でも魔法陣自体がまだ全然出来てないし、今の段階で手伝ってもらうのは危険だと思って」
「そういうことでしたの......。でも私、最近ルーシャス様との時間が全然取れていませんわ。少し......いいえ、かなり寂しいですの!」
ああなるほど、彼女は研究を手伝いたいというより、単純に俺と一緒にいたいんだ。
確かに最近はアリスとの時間が取れていなかった。寂しい思いをさせてしまってたんだな。
そんなことに気づけなかった俺は恋人失格だ。
「よし。アリス、ちょっと待ってて!」
「え?ルーシャス様?」
俺は魔術室に駆け込み、エリック先輩に大声で話しかける。
「先輩!すみませんが急用が入って今日の研究参加できません!また手伝うので今日のところは1人で進めてください!」
「お、おお......?そうなのか、急用なら仕方ない。また時間のある時で良いから手伝ってくれたまえ」
「すみません、ありがとうございます!それじゃ!」
そう言うと俺はダッシュでアリスのところへ戻る。
「さあアリス、今からデートしよう。どこか行きたいところはある?」
「え?で、でも、研究は......」
「研究も大事だけどアリスの方が大事だよ。そもそも研究もアリスを守る為に進めてるもんだからね。でもそれでアリスとの時間が取れないのは本末転倒だから、今日はデートの日!ダメかな?」
「ダメじゃありませんわ!行きたいですの!」
パッと顔を輝かせるアリスを見て、俺も自然と笑顔になる。
俺はアリスを守ることばかり考えていたが、「守る」と言っても色んな形があるんだな。寂しさを覚えている彼女の心を守るには、魔獣を倒す為の研究よりも一緒にいる時間を取ることが大事だ。
戦うよりも大事なことに気づかされた俺は、ウキウキでどこに行こうか考えているアリスの手を引いて歩き出すのだった。
ルーシャス「ごめんなアリス、寂しい思いをさせて」
アリス「ルーシャス様のせいだけではありませんわ!セリフを少なくした作者のせいもありますの!」
ルーシャス「それもあるのか......何対何で俺が悪い?」
アリス「0.2:9.8で作者ですわね」
ええ、厳しくない......!?




