69.あかつきのけんし
夜ーー。満月が辺りを薄く照らし、森がにわかにざわめき出す。
俺たちは森の入口で魔獣が出てくるのを待っていた。
「いい夜だ!月明かりに照らされて筋肉も妖しく輝いてるぞ!」
「呑気か!!そんなとこでポーズ取ってると不審者でしかないわ!!」
「ルーシャス様と満月......なんて美しい組み合わせなのでしょう!私はこの空間にいられて幸せですわ!」
「こっちも通常運転だな!!余裕ぶっこきすぎだろ!!」
俺以外の2人は全く気負っておらず、1人だけ緊張しているのがバカみたいだ。
最も、俺が緊張しているのはこれから魔獣と戦うからという理由だけではない。
人間の魔獣と相対するだろうからそれも理由の1つではあるが、1番大きな理由は暁の剣士に会うからだ。
小学校の国語で習った『英雄列伝』の主人公であり、魔獣に襲われた村を救った伝説の英雄。もはや物語の登場人物という認識の人に会うのだ。人間の魔獣の倒し方を聞くためとはいえ、緊張はしてしまう。日本人の感覚で言えば、桃太郎と会うようなものだ。
緊張で少し固くなった体をほぐしていると、昨日と同じように森からとんでもない咆哮が響いてくる。
前回と違うのは、その咆哮がいくつも重なって止まないことだ。これは相当な数がいるぞ。気合いを入れていかないと!
パンッと両手で1回頬を叩くと、森からすごい数の足音が早いリズムで近づいてくる。
「さあ先生!アリス!行きますよ!」
「おうよ!この筋肉の美しさ、見せてやろうじゃないか!」
「私の愛の重さ、見せつけてやりますわ!」
これから何をしようとしているのかいまいち分からない2人の言葉に少しズッコケつつ、俺と先生は走り出す。
今回の作戦はこうだ。まずは俺の風魔法で魔獣を牽制し、見えている範囲の魔獣の足は全て刈り取る。アリスは小型〜中型魔獣を担当し、ブラウン先生は大型魔獣を担当。
俺は戦うのを最小限に抑え、森の奥へと向かう。森の中心にいるであろう人間の魔獣と対峙し、時間を稼ぎながら暁の剣士たちを待つ。
これで人間の魔獣、暁の剣士双方と接触できるという算段だ。
森の中心に行く役についてはブラウン先生が「危ないから自分が行く」と言ったが、あくまで人間の魔獣について知りたいのは俺なので無理を言って俺が行くことにしてもらった。
おっと、作戦を復習している間に魔獣が出てきたぞ。
作戦通り、まずは見えている範囲の魔獣全ての足を巨大な鎌鼬で刈り取る。
魔獣がバランスを崩している隙に、アリスが後ろから頭を射抜いていく。
ブラウン先生は力が入ってるのか入ってないのか分からない「ヤー!」という声を上げながら大型魔獣を槍で倒していく。粉チーズでもぶちまけそうな声だな。
2人が魔獣を倒していく間に、俺は目に入った魔獣を大剣で切り裂きながら森の中へと駆け込んでいった。
「そろそろ中心に着いたか......?」
森の中でも魔獣の群れを殲滅しながら進んで行くと、開けた場所に辿り着いた。
その真ん中辺りには、紫色に鈍く光る巨大な岩がある。恐らくこれが、俺に接触してきた人間の魔獣が言っていた「魔力の根源」なのだろう。
ということは、ここが森の中心部だ。
「誰だァ?お前は」
すると岩陰から低い声が俺に話しかける。
ゆっくりと出てきたのは、暗い紫色の魔力を纏った人間だった。いや、人間の姿をしているがあれはもう人間ではない。魔獣だ。
「魔獣なんかに名乗る名前は無いな。お前こそ、元人間なら人に名前を聞く時は先に名乗るのがマナーって知らないのか?」
「ガキの癖に随分生意気な口叩くじゃねェか。良いだろう、名乗ってやるよ。俺はレオン。お前の言う通り、魔獣ってヤツだァ。」
「俺はルーシャス・グレイステネス。お前を倒しに来た。見た目は子どもだけど、見くびってもらっちゃ困るぞ?」
本当は少し違うが、ハッタリをかます。
「言うじゃねェか。なら、こっちも本気で行かせてもらうぜェ」
意外と話が分かる奴だな。レオンと話しながら、俺は相手を観察する。
魔獣になると動物はサイズが大きくなることが多いが、このレオンは普通の人間サイズのままだ。
黒い髪に黒い目だが、妖しく光る紫のオーラを纏っている。
武器は特に持っていない。恐らく魔法で戦うのだろう。
「随分余裕だなァ。もうお前の首は貰っていくぜ?」
突然俺の背後からレオンの声がする。振り向く前に俺は風魔法を全力でぶっ放してレオンを吹き飛ばし、間合いを取った。
見ると、レオンの手の平から魔力でできた鎌のようなものが出ている。絵に書いたような死神だな。
「お前......魔法が使えるのか?」
目を見開くレオン。そうか、この時代では武術の概念が無いから、自分以外に魔法が使える人間がいることに驚いてんだな。
「だから言っただろ?見くびってもらっちゃ困るって。さあ、ここからは油断しないぜ!」
俺はいつものように巨大な鎌鼬を繰り出した。レオンは魔力の鎌で俺の魔法をぶった切って躱す。だがそんなことは想定内。俺の狙いは、2つに分かれた鎌鼬がレオンの後ろの巨木たちを切り倒すことだ。その為に俺ではなくレオンの方を吹き飛ばしたんだ。
「ぬあああああ!!」
突然後ろから倒れてきた巨木の下敷きになるレオン。すかさず俺は間合いを詰め、レオンの両手を切り落とす。
「くっまだだァ!魔獣ども!戻って来い!」
レオンが声を上げる。が、魔獣は1体も現れない。どうやらアリスと先生が殲滅してくれたようだ。
「何故だァ!!お前、外で何をしたァ!」
「俺が、というよりは俺の仲間が、かな。魔獣なら全滅させてくれたよ」
ガクッと首を落とすレオン。最後の切り札が魔獣を呼ぶことだったようだ。
「さて、お前には聞きたいことがいくつかある。素直に答えないとその場で首を切り落とすから覚悟しろよ?」
「クソが......分かったよ......」
その後、俺はレオンから人間の魔獣についていくつかの情報を聞き出した。
まず、人間の魔獣は闇の魔力を操る力を得る。これは、魔力の根源に近づきすぎたことで魔力に当てられ、魔獣として覚醒してしまう為だ。
現代で俺のところに現れた人間の魔獣を見るともっと色々なことができそうだから、このレオンはあまり魔法を操れていなかったのだろう。
そして、人間の魔獣は他の動物の魔獣を操ることが出来る。これは木の下敷きになったレオンが魔獣を呼んだことから推測はしていたが、やはりその通りだったようだ。
しかし、人間同士を戦わせるというような発想はレオンには無かった。というより、この時代には身分制度や派閥のようなものが存在していないので、人間同士を戦わせるよりも直接魔獣に襲わせた方が早かったということか。
「それにしても、何であの村を襲った?魔獣になると凶暴化するとは聞いてるけど、あの村を執拗に狙う理由がわからないんだが」
「どうもこうもねェ。楽しいからだよ。あの村の人間は魔獣ってもんをかなり恐れてる。それでもあの場所を離れねェのは、くだらない愛着があるからだ。だから敢えて狙ってやった。ヤツらが逃げ惑う姿を見るのは最高だからなァ」
「それ......だけか?」
「あァそうだよ。他に何かあるか?」
この時、俺の中で何かが切れた。今までどこかで人間の魔獣とは分かり合える、なんなら仲良くなれそうなんて考えていたこともあった。
だが違う。人間の魔獣と言っているが、これはもはや人間の言葉を話すだけの化け物だ。
「もう......いい」
俺はレオンの首を大剣で切り落とした。自分でも驚くほどの速さで剣を振り、レオンは声を上げる間もなく絶命した。
あんなもの、生かしておいてはいけない。現代に現れたあいつも、ボケてはいるが何をするか分からない。早急に始末してやらないと。
怒りと焦りを覚えながら、俺は森を出た。
ちょうど夜明けの時間帯だったようで、周囲が明るくなってきた。
ブラウン先生とアリス、それに村の人々が迎えてくれる。2人が随分前に魔獣を全滅させてくれたから、村の人々も安心して森の近くに来られたようだ。
そう言えば暁の剣士、出てこなかったな。やっぱりあれは創作だったのかな。
すると村長が俺の前に出てくる。
「ルーシャス殿、本当にありがとうございますじゃ!村を代表して、お礼を言わせてくだされ!」
「いえ、村を守ることができて本当に良かったです」
「ありがたいお言葉ですじゃ......!ルーシャス殿、儂らに出来ることは少ないが、これからお前さんのことを「暁の剣士」として語り継がせてもらいますじゃ!」
「いえいえそんな......は?」
「皆の者!こちらにおられるのが我が村を救ってくださった暁の剣士様じゃ!今後は暁の剣士様とそのお仲間のことを後世に語り継いでいくのじゃ!」
......え、ちょっと待って!?俺が暁の剣士!?
いやいやいや、確かに武術が全く発達してないこの時代でどこから剣士や仲間が現れたんだろうとは思ってたけど!そう言えばその時は暁の剣士のこと忘れてたけど俺が人間の魔獣も倒してるけど!
こうして、俺は伝説となった。
ルーシャス「えええええええ!?!?」
アリス「ルーシャス様が伝説の「暁の剣士」だったのですわね!流石ですわ!」
ルーシャス「いや、流石とかの問題じゃないでしょ!え、あれ俺たちのことだったの!?」
アリス「私も伝説の一部になれて嬉しいですわ!でも相変わらず私の戦闘描写が雑ですわね......」
ルーシャス「それは確かにね。てか全体的に雑なんだよ。もっと頑張ってくれよな」
精進いたします......。




