44.ぼくとちきんとちきんとぼくと
鮫だらけの海に放り込まれる直前に自ら鮫をおびき寄せる餌を撒いている気分だ。
何言ってるか分かんねえよって?
俺も同じ意見だ。
簡潔に言おう。めっちゃ緊張してる。
目の前には同学年の子供たち。
『なんだあいつ?なんであっち側にいるんだ?尻から微量の電流を流してやろうか?』みたいな目で見てくる。制裁が地味?気にすんな。
要するに補習の日がやってきてしまったってことだ。嗚呼、何故俺はあの時断らなかったんだろう。
たった一言「だが断る」とさえ言えていれば、こんなことにはならなかったのに…。
いや別に「だが」をつけたことに大きな意味はない。軽〜いノリだ。
「はいみんな注もーく。今日は特別指導役として、『天界にて暗躍せし影の堕天使』こと2組のルーシャス・グレイステネスくんに来てもらいましたー」
「俺そんな異名ついてるんですか⁉︎」
「うん、昨日私が考えたよー」
「ついてないじゃないですか!!」
「えー?せっかく考えたのにー」
「余計なお世話ですよ!余計の極みお世話ですよ!」
「そこまで言うならいいよー…徹夜で考えて来たのにー…」
「徹夜⁉︎もっと人生大事にしてくださいよ!」
「ということで、今日はルーシャスくんが手伝ってくれまーす。がんばろーねー」
『はーい!」
よく元気に返事ができるな君たちは。
即興の漫才みたいになってた俺と先生のやり取りをポカーンと見てたくせに。
あれが本当に漫才ならダダ滑りだぞ?
何はともあれ補習開始だ。
まずは準備運動から。音楽に合わせて体操するんだと。ラジオ体操みたいなもんだな。
『僕らが出会ったあの日もこんな雨の日だったね もう帰らないあの日々が一番輝いていたのかも…♪』
切ない!歌詞が切ない!体操の歌だぞ⁉︎
みんなもみんなで元気に体操してんじゃねえよ!なんでこの歌詞で屈伸とかできるんだよ⁉︎シュールすぎるわ!
『心の中の君の笑顔が 雨粒のフィルムに焼き付く もしももう一度だけ君に会えたら 伝えたい ただ「愛してるよ」と…♪』
なんだろう、もういろんなものが込み上げてくる。
いつもこの歌なのかな?だとしたらマジで級持ってて良かった。体動かす前にこんな歌聴きたくねえよ。誰だこれチョイスしたの。
会ったら尻に微量の電流流してやる。
制裁が地味?気にすんな。
体操は強烈だったものの、補習自体は普通に進んだ。
俺が見ているのは魔術組。お姉ちゃんとの練習は一体何だったんだろう。
なんだかんだ言って大多数はもうある程度使えるようで、認定試験を待つのみの状態だ。
正直俺が見る必要もない。
まあだから先生も俺をここの指導に当てたのだろうが。
一応ぐるぐる周っていると、急に膨大な魔力を感じた。思わず魔力の方へ行くと、そこにいたのは黒髪を肩で切り揃えた、おっとりした顔立ちの女の子だった。
ところがこの子、魔力は感じるのだが、どうやら魔法を出すこともままならないようで、ずっと腕を突き出して止まっている。
ちょっと声をかけてみるか。
「どうしたの?」
「あ、ルーシャスくんだ。あのね、どうしても魔法が出ないの」
「うーんとね、君の場合は–––あ、名前教えてもらってもいいかな?」
「私?シルヴィア・マクブライドだよ」
「それじゃシルヴィア、君は魔力量がちょっと多すぎるんだ。小川が流れるみたいに、ゆーっくり魔力を出してごらん?」
「うん、えっと…」
彼女は腕を突き出し、目を閉じて念じ始めた。すると突然シルヴィアの手のひらに巨大な岩が出現し、あろうことか俺に向かって射出された。
「ぐっほぁ!!」
「わー、できたー♪あ、ごめんルーシャスくん」
「いいんだ…気にしないで…」
先に謝れよ…。でも魔法が出たからよしとするか。
「ありがとうルーシャスくん!そうだ、先生にも見せに行こ!」
「お、おいシルヴィアちょっと待t『どっかーん』…ほら言わんこっちゃない…」
なかなかにヤバい子だなこりゃ…。天然というやつか。
「ルーシャスくん、先生褒めてくれたよ!」
「そうか…よかったな…」
「これで級取れるかな?」
「取れるんじゃないかな…」
「ん?ルーシャスくんどしたの?」
「何でもないさシルヴィア。君は何も気にせず生きていけばそれでいい…」
「本当にどしたの⁉︎」
ったく、どうして適正が魔術のヤツは面倒なのばっかりなんだ。
メイヴィス然りミーナちゃん然り…。
その中でも多分群を抜いて面倒だなこいつは。
…世界って広いんだな。
その後は特に何もなく補習終了。
なんだか緊張が一気に抜けた感じだ。
今日はアリスもいないし、せっかくだから走って帰るか!
「ルーシャスくーん」
「ん?おお、シルヴィア」
「今日はありがとね。おかげで大分魔法使えるようになったよ!ほら「キャベッジッ!!」あ、ごめん」
マジで勘弁してくれよ。ゼロ距離で岩射出はキツイぜ…。
「じゃねー!また手合わせしようねー!」
できればお断り願いたい。シルヴィアが本気で魔法打ってきたら、何かしらの動物が絶滅するんじゃないかな。
うんもういいや。考えるのはやめた。
とりあえず今日は帰ろう。
そう決めた俺は、家に向かって駆け出した。
––––––––––––––––––で、走って帰って来たわけだが、「ただいまー!」っていうとカ◯オみたいになってしまった。
ちなみに姉さんはまだ帰って来てない。
「あ、ルーシャス様!おかえりなさ〜い」
「おかえりなさいませ、ルーシャス様」
「あらルーシャス様おかえりなさい」
「うんただいま…ってセシリアさん⁉︎なんでいるの?」
当たり前のようにオルグレン家の万能メイドさんがいました。しかも人工ネコ耳付きで。
…っていうかあれ、マクロフリン邸でメイドさんがつけてたやつじゃねえか!なんで持ってんだこの人!
「あ、これはセバスチャンさんに頂いたんですよ」
心を読むな心を。
「いやいやとんでもない!心なんて読めませんよ」
「思いっきり読んどるがな!」
万能ちゃんステータスに一つ追加。『人の心が読める』っと。
「ルーシャス様、ごはんにしますか〜?」
「ああ、うん。今日のメニューは何?」
「唐揚げとフライドチキンと鶏ガラスープとチキンライスですよ〜」
「とりあえず鶏に謝れ!」
「ええ〜⁉︎」
「ええ〜⁉︎じゃないよ!なんでまたそんなに鶏ばっかりなんだよ!養鶏場かうちは⁉︎」
「いえ、セシリアさんがこうしろって〜」
「あんたの仕業かい!」
「テヘペロ☆」
「ねえイーナさん、セシリアさんってこんなキャラだっけ?」
「はい。普段はこうですね」
「あれ?ルーシャス様はこっちモードご存知なかったですか〜?」
「存じ上げねえわ!とんでもねえボケかましてくんじゃねえか!そのボケのために命を散らした数匹の鶏に謝れ!250回ぐらい謝れ!」
「ならあと3回ですね」
「247回謝ってんの⁉︎なんでそんだけ謝ってなおチキンずくしにしちゃったんだよ!」
「ルーシャス様にキチンとスタミナをつけて欲しくて…」
「チキンとつけてどうすんだよ!…くだらねえわ!」
「親子丼の方が良かったですか?」
「より悪いわ!子供世代まで被害出すなよ!」
…とまあこんなやり取りが延々と続きました。
結果俺が諦めたけどさ。あんなに胃もたれするの初めてだよ。
うんもうこれからはセシリアさんとはなるべく関わらないようにしよう。
そう決めた俺なのだった。
ルーシャス「セシリアさんってそういう人だったんだな」
アリス「衝撃ですの」
ルーシャス「もうさ、作者は俺にツッコませたいだけなんじゃない?」
ギクッ…
ルーシャス「もういいよ…」




