40.ふぁーすと・れでぃー・ふぁーすと
「ルーシャス様、到着致しました」
「はーい」
御者の声で俺は馬車から降りる準備をする。
「うわ、やっぱりでっかいなー」
馬車から降りた俺は改めてマクロフリン邸の大きさを目の当たりにして驚いてしまう。
いつも途中までアリスを送って行ってるから、結構見てはいるんだけどな。
っていうか馬車使わなけりゃいけない距離で既に見えてしまうマクロフリン邸って中々に常識外れな大きさしてんだよね。
目の前にあったら威圧されて当然なのです。
決して俺が大袈裟なわけではないのです。
「ルーシャス様、お待ちしておりました」
「おおう⁉︎セ、セバスチャンさん…いつの間に?」
あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!
『俺は門の前でノックしようとしたら、いつの間にか執事が後ろにいた』
な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった…。
頭がどうにかなりそうだった…。
催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。
「いつ如何なる時も仕える家の方々とそのお客様の元へ素早く駆けつける。執事として当然でございます」
「気配と音は消さないでくれるかな」
忍者かよ……。心臓に悪いから止めてください。
それはともかく、セバスチャンにくっついて屋敷に入ると、大量のメイドさんがずらり。
おかしいな、前にジェームズと来たときは全然メイドさん見なかったのに、今回は20人くらいいるんだけど……。
いや、別にそれは良いんだ。
前回は正直期待されてなかったし、思いがけずアリスとダスティンさんに気に入られた俺の待遇が良くなるのは頷ける。
でもね、全員ネコ耳付きカチューシャ装備って何?俺は何だと思われてんの?
ゆっくりセバスチャンさんの方を見ると、随分ドヤ顔で俺を見てるんだなこれが。
何の根拠があってそんな顔できんだよ。
俺ぶっちゃけ引いてるぞ?
「えーと……これは?」
「はい。アリス様が手厚くもてなすようにと仰いましたので、25人用意させていただきました」
「いや、人数じゃなくて……その、ネコ耳?」
「はい。グレイステネス家ではネコ耳のメイドしか雇っていないと言うことでしたので、少しでもルーシャス様のお好きな環境をと思いまして」
「ごめんそれ誰の趣味でもないよ」
「何と⁉︎」
少なくとも俺の趣味ではないんだ。父さんはグレーゾーンだけど。
「ちなみにその情報は誰から?」
「旦那様でございますが……?」
ダスティンさんかよッッッッ!!
なんかいらない話全部あの人が絡んでんな。
ホント勘弁してくれよ……。
「おおルーシャス君。よく来たね!」
「ルーシャス様、お待ちしておりましたのっ!」
噂をすれば…。諸悪の根源と麗しき俺の恋人のご登場だ。
「どうも、おはようございます」
玄関を抜けると、アリスがダッシュで俺の元にやって来て抱きつかれた。
「はぁぁ…お休みの日もルーシャス様に会えるなんて……。私、幸せですわ……」
「あ、あははー……」
なんだろう、アリスのこういうとこってどう対処していいか全然わからない。
いや、可愛いんだよ?超可愛いんだよ?
でも迂闊に「俺もだよ。休みの日にも君の笑顔に会えて、俺は世界一の幸せ者さ」なんて言っちゃうと、このイチャラブタイムがえげつないレベルで長引く。
俺は今日はアリスとイチャつくために来たわけではない。そりゃイチャつきたいけど。
俺は花婿修行に来てるんだから、少しでも力を制御できるようにならなくちゃいけないんだ。
ということでアリスを離しにかかることにした。
いい匂いのする髪をそっと掻き分けると、形のいい耳が顔を出した。
「……アリス」
「ひゃうんっ⁉︎」
アリスの耳に顔を近づけて周りに聞こえるか聞こえないかぐらいの声で囁く。
「アリス、俺は今のままじゃ胸を張って君の恋人だなんて言えないんだ……」
「そ、そんな……」
「だから、俺はアリスに相応しい男になるためにここで修行するんだ…」
「私は……邪魔ですの?」
「邪魔なんかじゃないさ…」
「側にいてもいいですの?」
「危なくないところならね。アリスを傷つけるわけにはいかないから…」
「そんなの嫌ですわ…!ルーシャス様が危険な目に合っているのに私だけ安全なんて…」
アリスならそう言うと思ってたよ。
俺はこれを狙ってたんだ。
「しょうがないな…。なら側にいるといい。でも絶対にアリスには傷一つ付けさせない。俺が、アリスを守るよ」
完璧ッ!これならアリスも納得してくれるだろう。
超大型魔獣と戦うために大剣を担いできたんだ。いつまでもイチャイチャしてられない。
「ふにゃああ〜……」バタン。
「……えええ⁉︎」
「だ、旦那様っ!お嬢様すごい熱です!」
「俺が…アリスを…守る…にゃああ〜」
ダメだこれ。完全にやり過ぎた。
「ルーシャス君、君は一体どこでこんなことを……」
「違うんですって!まさか倒れるとは…!」
「と、とにかくアリスお嬢様をベッドへ!」
「「「はいっ」」」
なんだかとんでもないことになっちゃったな。
結局俺1人でやんのかな。
っていうかこの状況で1人で修行始めちゃっていいんだろうか。
花婿修行に来てるのにここで看病しないと逆に花婿修行にならない気が……。っし。
「待ってください!これは俺の責任です。アリスは俺に任せてください!」
「ルーシャス君……!」
「ああ…何てお美しい愛でしょう!」
「お2人は運命で結ばれていたんだわっ!」
「いつか私もあんな素晴らしい人と……いいえ、無理だわ!あんなに美しい愛は、お2人以外に生まれないっ!」
外野うるせえな!!スッと行かせてくれよ!
マクロフリン家ってこんな感じだったか?
前来たときはもっと落ち着いていたはずなんだが。
25人分の感動の台詞を聞いている暇は無いので、さっさとアリスをお姫様抱っこして運ぶ俺なのだった。




