31.のいじー・ついんず
『ハンナ・ヒーズマン』
自分の名前が書かれた紙を見つめながら、あたしはもう何度目か分からない溜息をついた。
見渡せば、立派な身なりをした貴族の子供が続々と教室に入っていくのが見える。
あたしはまた溜息をついた。
あたしの家は3等貴族だ。父さんが王国騎士団の槍術隊、母さんが体術隊にそれぞれ所属してる。
でも、うちはご先祖から代々続く騎士の家系、なんてたいそうなものじゃない。
うちが3等とはいえ貴族でいられるのは、ひとえに両親の才能のおかげだ。
父さんは元々は一般市民。実家は小さな武具屋だった。規模の割に質のいい物が買える、と一部の騎士から好評だったみたい。
でも父さんは店の手伝いもせずにずっと槍を振り回してたんだって。
そしたら、夢みたいな話だけど、たまたま通りかかった騎士団の総指揮をしてる1等貴族のマクロフリンさんにスカウトされる形で王国騎士団に入ってしまったらしい。
母さんの家は一応3等貴族だったんだけど、騎士じゃなくて学者の家。
今多くの家庭で使われている魔力灯は、母さんの両親もいた研究チームが開発したんだ。
おじいちゃんとおばあちゃんの適正は2人とも魔術で、2人とも適正属性魔法は光。
当然2人の娘である母さんも魔術師かと思ったら、濃い黒色が出ちゃったよく分からない人だ。
明るい茶色の目は間違いなくおじいちゃんのものだし、緑色の髪はどう見てもおばあちゃんのものだ。2人は生真面目な性格で、お互いに浮気ができるような器用な人じゃない。
だのに生まれたのは思いっきり活発な女の子だったから、2人ともびっくりしたんだって。
ちなみに母さんの子供時代は父さんと大差ない。自分で言ってた。
まあそんなわけで、うちは貴族だけど全然貴族らしくない。むしろ一般市民に近い生活をしている。
そんなあたしがこの貴族の学校でうまくやっていけるのかが物凄く不安なんだ。
いや、あたしはまだいい。問題は双子の弟のコーディだ。あいつのテンションは頻繁に迷子になるから、余計に変な奴に見られるかもしれない。
でも、あたしが何度も繰り返して落ち着いているように言い聞かせたから大j「アニキイイイッ!!!」……大丈夫の、はず…。
「なあ」
「ひゃうっ!」
突然声をかけられ、驚いて変な声が出てしまった。
振り向くと短い銀髪に綺麗な青色の目をした貴族の少年が、あたしのことを不思議そうに見ていた。
「教室……入らないのか?」
「は、入るわよ」
「ならさっさと入ればいいだろう」
「それができたら苦労しないんだよ…」
何なのよこいつ…!
吸い込まれそうな青色の目が、あたしをまるで珍獣を見るように見ている。
純粋な目に余計に腹が立つ。
「よく分からないが、とりあえず入れ。今のままだとただの挙動不審な変態だぞ」
「う、うるさいわね!入るわよ!入ればいいんでしょ⁉︎」
正論を吐いてくるのがまたムカつく。
あたしは緊張でうまく動かない足をようやく教室の入り口に向けた。
それはいいが、やはりこの貴族だらけの学校に自分がいるのが、場違いな気がしてならない。足が止まってしまう。
「面倒な女だな。ほら、行け」
そう言って少年が教室のドアを開けた。
すると突然後ろから風が吹いてきて、あたしはつい押されて教室に入ってしまった。
「な、何今の?」
入り口の方を振り向くと、さっきの少年が、青髪のイケメンと喋っていた。
「素晴らしいタイミングで通りかかってくれたな、ルーシャス」
「ジェームズが知らない女の子と話してるなんてレアなとこ見過ごせるかよ。結果的にタイミングは良かったけどな」
さっきの風は、あのイケメンの魔法だったんだ。
イケメンと話し終えた少年は、すんなりと教室に入ってきた。
「まだ入り口にいたのか。早く席探せよ」
「うるさいわね!探せばいいんでしょ探せば!」
「ああそうだ、名前を聞いておこう」
「あんたには話の流れっていう概念がないわけ?まあいいわ。あたしはハンナ・ヒーズマンよ」
「俺はジェームズ・オルグレンだ。よろしく」
「ええ、よろしく」
返事をしながら、あたしは考えていた。
やっぱこの学校は間違いだわ、と。
この世界の学者は科学者ではなく魔術学者です。悪しからず。




