23.おだやかなひのしゅうえん
きつい雨の音で俺は目を覚ました。時計を見ると、午前3時。随分早く起きたもんだ。まだメイドさん達も起きてない時間に目が覚めるなんてな…。
しばらくベッドの中で微睡んでいると、体がだるいことに気づく。かなり肩が凝ってるようだ。
ここ最近稽古ばっかりだったから、今日は1日ゆっくりしよう。
そう決めた俺は、もう一度目を閉じた。
「ルーシャス様、ルーシャス様!朝ですよー?」
「んん…あれ?イーナさん、ミーナちゃんは?」
「ミーナは洗濯で忙しいので、今日は私が起こしに来ました。……イヤですか?」
「そそそそんなことないよ⁉︎」
もう成人して3年経つイーナさんの大人な表情に浮かんだイタズラっぽい笑みに、ついパニクる俺。
こうやって近くで見ると、美人なのが一層よく分かる。白い肌は若者特有の張りを保ち、深い蒼の瞳は涼やかな目元をより印象づけている。
「ルーシャス様?どうかなされましたか?」
「へ⁉︎い、いや、なんでもない…よ?」
「でしたら早くお起きになってください。旦那様とジュリア様はもうお出かけになられましたよ?」
「う、うん分かった。すぐ行くよ」
頭を下げて部屋を出て行くイーナさんを見ながら、俺はようやく動き始める。
はあ〜、緊張した〜…。
実は俺は最近イーナさんと目を合わせることができていない。
思春期を終えてグッと大人っぽくなったイーナさんは、前世の記憶がある俺にとって最も恋愛対象になりやすい相手だ。
仮に前世の記憶がなくても、意識がはっきりしだした5歳児なら夢中になってしまうだろう。
もしかして父さんはこれを見越してわざわざメイド能力が高いイーナさんを俺の世話から外したのか?
もしそうなら全力で感謝の言葉を叫ぼう。
あんな美人とずっと一緒にいたらどうにかなりそうだ。
「ルーシャス様〜?」
どこにあるのか分からないメッカの方向に感謝の祈りを捧げていると、ノックとともに聞き慣れた声がした。
「ごめんミーナちゃん、すぐ行くから」
「早く来ないと私が食べちゃいますからね〜?」
「やめてマジで。うん割と切実に」
去年1回本当に食べられたことがあるから、冗談じゃ済まないんだよな…。
ちょっと寝坊したからってご主人様の飯食うか?普通…。
我が専属メイドちゃんの鬼畜っぷりを嘆きながら階段を下りていくと、ほんのりと柔らかな香りが漂ってくる。
イーナさんお得意のオニオンスープだな。
ゆっくり味わって、その後は一日中ゆっくり過ごそう…。
そんな俺の思惑を無視して、ミーナちゃんが作ったサラダの野菜はいろんな種類の蜘蛛の形をしていた。
細部まで忠実に再現した蜘蛛達は、それぞれ種類が分かる特徴を持っていて、匠の心をくすぐります。やかましいわ。
朝から疲れてしまう運命を受け入れた俺は、全力でミーナちゃんにツッコミを入れるのだった。




