やばい、泣かれてしまった
目を吊り上げて「ふざけんな」「腕を離せ」「陸はどこだ」なんて煩くわめきながら、俺から逃れようと必死でもがいている。
まぁ気持ちは分かる。
こいつの反応から見て、俺だって相当見た目が変わってるんだろう。
だが、自分の体を見下ろした感じでは俺は100パーセント男だ。身長190センチの大男が小柄な美少女になった程のインパクトはないと断言できる。
「言っとくが譲、今、お前の見た目、かわいらし~い女の子だぞ?」
「はぁ!?」
片眉を上げて、アホか、とでも言いたげな声を出しているが、アホはお前だ。
「おまえ今、俺を見上げてるだろ? とりあえず自分の体、見下ろしてみろよ。なかなか立派なモノがついてるぞ?」
ひと思いに分からせてやろうと、美少女のふんわり柔らかそうな胸に手を当てた。つられるように譲の目線も下に落ちる。
「スゲーな、Fくらいあるんじゃね? しかもマシュマロボディだ、良かったなぁ譲」
途端、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
***
何がいけなかったんだろう。
今俺の目の前では、華奢で頼りなげな美少女が、肩を震わせて泣きじゃくっている。
いや、もちろんふわふわ推定Fカップをモミモミしたのがいけなかったんだろうが、なんせ中身がガサツの代名詞、譲だからなぁ。
まさか泣かれるとは思ってなかった。反省だ。
「ごめんって。頼むから泣くな、優しく慰めたくなる」
「鬼か! ……っ、慰める気もねぇのか……!」
ポロポロと涙を流しながら抗議してくる美少女。
うっとり見つめたくなるが騙されてはいけない。中身は身長190センチ、ケガの手当てをしてやった優しい俺に対し、容赦なく腹パンをくれた鬼である。
「中身がお前じゃなかったら熱い抱擁で慰めてる」
「キモっ! 怖っ!」
本気で青ざめて後ずさりやがった。いっぺんシメた方がいいかもしれない。だが今はそれよりも優先すべき事がある。
「冗談は置いといて、お前も泣き止んだことだし、ちょっと状況を整理するか」
な、なんだ冗談か、とホッとした顔で息をついているアホの耳を思いっきり引っ張ってから、俺は部屋の中をざっと見回した。
真っ先に目に入ったのは、粗末な板張りの壁。薄っぺらい板を見るに、確実に防音・防寒効果は紙レベルだろう。
なんなら隙間風とか入ってきそうな安普請感がある。
そして板を釘で打っただけっぽいチープな感じのテーブルと椅子の他には箪笥すら無い、そんな殺風景な部屋の中に、何故かでっかい、古ぼけた壺が置かれていた。