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八、傘屋

 石榴石の宝石言葉は"友愛"。




 どんなに歪んでいても


 その絆は、解けない──




 ◆◆◆




 俺は、ずっと探していた。


 多分、愛情を。

 茶色じゃない世界を。

 紅い日暮れが錆び付いて、茶色になった世界が、俺は嫌いだった。──自分で作り出した世界だというのに。




 石榴石の色は、結局──




 ◇◇◇




 僕は、闇色の空の下、彼を探した。

 こんな闇色の中じゃ、彼の闇色の姿を探すのは難しい。けれど、あの瞳なら、見つけられる。その自信なら、あった。


 石榴石の瞳。




 そこにある言葉を、僕は信じていた。


 譬、彼が信じていなかったとしても、僕は信じ続ける。




 彼が石榴石だと言ってくれた、この瞳にかけて。




 夜の街を音もなく駆ける。……屋根から屋根へ飛び移ったことと言い、僕はいつの間に、こんな常人離れしたことができるようになったんだろう?

 まるで、彼みたいだ。

 彼はこうやって、人をさがしに行ったのかな。

 永倉さんを殺すときも。

 他の人たちを殺したときも。

 僕の父さんと母さんを殺したときも──




 ……ねぇ、僕は君に近づけたのかな。

 君の背中はまだ見えないけれど、君は待っていてくれるかな。僕が追いつくまで、闇色の夜も、紅い日暮れも、オレンジの夜明けも……

 君が待つなら、きっと、ピンクの中なんだろうな。


 桜のような、淡い中じゃなく、


 紅に白を溶かした、紅茶豆乳のピンクの中──




 ◇◇◇




 夜は本来、暗いものだけれど、街の小さな街灯がそれを照らして、時々本当の暗さを忘れそうになる。

 本当は星があるから明るいのに、月が出るから明るいのに。

 かくいう僕も、忘れていた。

 日暮くんに会いに行くのに、呑気にスーパーで紅茶豆乳を買っていたんだ。……習慣って恐ろしいよね、なんて言い訳めいたことをしてみるけれど、僕と彼には、確かに必要なコミュニケーションのツールなんだ。紅茶豆乳は。


 それはいいんだ。問題は


 紅茶豆乳の入った袋を手に外に出ると、月も星も見当たらなくて、夜空が涙をこぼしていたこと。

 そういえば、今日は最初から闇色の夜だった。オレンジのいつもの日暮れは見ていない。

 昼間はあんなに晴れていたから、気にしなかったけれど。──いや、あの青空が嫌で、見たくなかったから、目を背けていただけか。

 でも、本当、信じられないや。


 こんなどしゃ降りになるほどの、雨雲に気づかないなんて──




 ◇◇◇




「なかなか風流な男の子がいてね」

 僕は傘屋にいた。現代に傘屋があるなんて知らなかった。まあ、売っているのは番傘よりも蝙蝠傘の方が主のようだが。

 僕は傘屋で少し雨宿りをしていた。

 びしょ濡れで僕が入ってきたのを見、店主は目を丸くして、傘はどうしたなんて聞いてきた。傘を持っていなくて、と話すと、さっきやった傘があるだろう、などと言うので、雨宿りがてら、話すことになった。

 ──どうやら、僕が来る少し前に、日暮くんもこの店を訪れたらしい。

 店主は僕が彼と瓜二つなために間違えたようだ。未だに僕には実感が湧かないけれど、やはり僕と彼は似ているらしい。

「そう、ちょうどあんたによく似た坊っちゃんがね、うちのずっと売れなかった傘を手に取って、いい傘ですね、ってさ」

「……どんな傘だったんですか?」

「水色にな、桜が咲いてるんだ。正確には散った花弁が吹雪いているんだがね」

 桜、と聞いて、やはりという思いが過る。君にとっても、桜の色は特別なんだね──そう、心に描いた彼に語りかける。

 店主は続けた。

「……最近は風流でも柄物より無地が好まれてねぇ。買い手がつかなかったんだ。それを若いのに、あの子はねぇ……嬉しくてさぁ、欲しいならやるよって、やったんだ」

「……羨ましいなぁ。そんな素敵な傘があるなら、僕も欲しかったです」

 水色に桜の吹雪く傘と、それをかぶる闇色の彼。似合いすぎて、笑えてくる。……容姿が似ているのなら、僕にも似合うのかな、なんて、どうでもいいことを考えていると、店主がオレンジ色の傘を出してきた。

「全く同じではないんだけど、これなんかどうだい?」

 店主が開いてみせる。あ、と思わず声を上げた。

 オレンジと思っていたその傘はオレンジから紅を経て茶色へと移り変わる見事なグラデーションで日暮れが描かれていて、その中を桜が舞っている、というもの。

「綺麗……」

「気にいってくれたかい?」

「はい……はい! あの、ぜひ、この傘、ください!!」

 僕は買い物袋に入れていた財布を取り出す。この際自分の小遣い全部を使ってしまってもいいから、この傘を手に入れたい。この日暮れを手に入れたい。……そう思った。

 すると店主はそんな僕の手をそっと抑えた。

「今日はいい日だ。ずっと売れなくて気がかりだった傘に、こんなに感動してくれた。そんな子に二人も巡り会ったんだ。……金はいらねえよ。もらっていってくれ」

「……いいんですか?」

 店主は満足げに頷いた。

「これはこの人生最後の気がかりだったからな。その傘とあの傘はもう娘みたいなもんだったんだ。それがちゃんと嫁にいってくれた。……愛娘の嫁ぎ先に金をいびる家なんて聞いたことないだろう?」

 ……まあ、確かに。

 その言い種が可笑しくて、思わず笑みが零れる。店主も笑って、こう続けた。

「実はな、離れて暮らしている娘がいたんだ。けど、傘屋こっちの娘の方が気になって、実の娘にはしばらく会ってやれなかった。……でも、これでやっと会いに行けるよ。ありがとな」

「……いえ」

 僕は傘のお礼をもう一度言って、その店を出た。

 店の名前くらい覚えて行こうと振り返ると、街灯の薄明かりに照らされた看板にはこうあった。






"傘屋 永倉"







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