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一、二人のひぐれ

テーマカラー

 ピンク、オレンジ……と見せかけて茶色


お題

 紅茶豆乳

 ※私の場合のお題は物語の始まりから終わりに至るまでそれを軸にして話を進めるという縛り。


台詞

 「君と一緒に道に迷いたい」

 ※実際の文中表現とは異なる可能性があります。


最大注意点

 これは作者の気晴らし作品ですので、終わったとき、中身が紙な可能性があります。それでも、最後までお付き合いいただければ幸いです。


 では、どうぞ──




「迷えていたら、よかったのにね──君と一緒なら」

 そう言った彼はやんわりと微笑む。その微笑みを凪ぐように、風が僕らの間を抜けていく。彼の少し長い黒髪がさわさわと揺れた。

 彼は続ける。

「一緒なら、こんな思いはせずに済んだのに」

 手にした紙パックをぺしゃりと畳む。"紅茶豆乳"と書かれたそのパックは僅かに残っていたピンク色の霧をこぼして、されるがままに、潰れた。


 ぽつん──

 ピンクの雫が落ちた先──茶色い地面には。

 夕陽よりも紅い色が広がっていた。




 ◇◇◇




 僕は月出 叶人。読みは"ひぐれ かなと"だ。"つきいで"ではない。考え方は"小鳥遊"と書いて"たかなし"と読むのと似たようなものだ。──月が出ると日が暮れる。だから"月出"で"ひぐれ"なのだ。

 でも、結局僕が"ひぐれ"と呼ばれることはない。それも仕方のないことだが。


 小学三年生の頃から、ずっと同じクラスの友達が日暮くんというのだ。

 彼は日暮 湊くん。彼は普通に日が暮れると書いて"ひぐれ"で、名前は"みなと"と読む。

 肩に届きそうな少し長い綺麗な黒髪と、いつもどこか遠くを見つめている神秘的な石榴石の色をした瞳が特徴だ。

 僕は小学三年生のとき、家の色々な事情があって、この街に引っ越してきた。引っ越してきた隣の家が日暮くんの家だった。

 初めて会ったとき。

 そう、あの日は日曜で、荷物の運び入れに業者さんが手違いがあったとかで手間取って、ようやく一段落ついたときには、夕方になっていた。

 その日の夕方は、ちょっと特別な夕方だった。

 紅い紅い、真っ赤な夕暮れ。──その日は皆既月食だった。

 紅い世界で新しい家を眺めていた僕は

「──だれ?」

 隣の二階の窓から顔を出した、闇色の彼と出会った。


「僕は月出 叶人。隣の家に引っ越してきた」

「ふぅん……」

「君は?」

 興味なさげに応じた彼は、不意に窓から飛び降りた。

「俺は」

 僕が声を上げる間もなく、彼はふわりと地面に降り立ち、履いた靴下が土色に汚れるのも構わず、歩み寄ってきた。

「俺は日暮 湊。……同い年?」

「え?」

 闇色なのに宝石みたいに煌めく瞳に僕は息を飲む。

「いや……明日、クラスに転校生来るって、先生が。赤岳小学校……わかる?」

「あ、うん。多分、僕がそう」

「じゃあ、よろしく」

 それだけ言うと、彼は家に戻っていく。ポケットから鍵を出して自分で開ける。……親御さんはいないのだろうか。

 別に、大した問題じゃないや、と僕はこの出会いにさしたる重要性も感じず、自分も家に戻った。


 紅い空を見たくて、夜、窓を開けると、向かいの部屋が見えた。彼のいた部屋だ。

 彼も僕に気づき、からからと窓を開ける。

「こんばんは、日暮くん」

「こんばんは、月出くん」

 ……少し、おかしな挨拶だ。字面は違うのに、言っていることは一緒。小学生なのに、苗字で呼び合う僕らの感性は、少し独特だったかもしれない。

 けれど、あのとき僕は嬉しかった。"月出"というこの苗字を僕はなかなか気にいっていた。でも、正しく"ひぐれ"と呼んでくれる人はいなかった。だから彼が、"ひぐれ"と呼んでくれたことがとても嬉しかった。──正しく呼んでくれることが。

「……飲む?」

 一人にこにこしていた僕に何の突拍子もなく、彼は紙パックを示した。白く、小学生でも持ちやすいサイズのそのパッケージには、"豆乳飲料 紅茶"と書かれている。本当に突拍子もない提案な上に、小学生らしくない渋好みだな、と思いつつ、僕も好きではあったので、うん、と頷いた。

 すたっ、と彼はトタン屋根に足をつける。何事でもないように一跳躍で僕の家の屋根に跳んできた。

「……君、変わってるよね」

「言うわり、君もあんまり驚いてないよね」

 はい、と彼はマイペースに僕に紅茶豆乳を渡し、当然のごとく、屋根を跳んで戻っていった。


 声が届くような距離だから、大したこともないのかもしれない。僕は平然と屋根から屋根へ飛ぶ彼をそんな風に思っていたから、別段、不思議にも感じなかったんだ。




 彼が何者かなんて、考えもしなかった。


 同い年で、同じクラスで、隣の家で。

 彼の存在の一体何を疑うっていうんだ?




 そんな風に、僕と彼は出会った。




 ◇◇◇




 彼は、不思議な子だということで、街でそこそこ有名らしい。

 僕は街の人に、彼と間違われて、その話を聞いた。

 どうやら彼と僕は瓜二つらしい。名前も似ているし、兄弟か、と担任の先生にも首を傾げられたくらいだ。

 それで、彼──日暮くんは、基本的に一人で、親御さんの姿を見た人はいない。少なくとも、日暮くんと一緒にいるところは見たことがないという。

 彼は友達がいなく、休みの日はほぼ一日中家の中だそうだ。ただ、あの作られた人形のような整った闇色の容姿は一目見たら忘れられないようで、街の人に顔は覚えられているようだが。

 彼が街に出てくるのは、あるものを買うときだけ。──それが、紅茶豆乳。

 彼は不定期にそれを買うためだけにスーパーマーケットにやってきて、それ以外は何も買わずに帰っていく。

 確かに、それはそれで不思議だ。しかし、不思議はここから拍車をかける。

 彼は、紅茶豆乳を買うと、姿を消すのだ。

 スーパーから家に帰るまでを誰も見かけないのだ。

 別に不思議でもない気もするが、あれだけ目立つ容姿の子を、店を出た瞬間に見失うなんて、と街の人は言った。それもそうだ。

 そうして、彼の家を訪ねると誰もいなく、結局彼はどこに行ったのかわからないまま、しかし夜になるといつの間にか帰っていて、部屋の明かりが点いているという……

「隣の家なんだって? じゃあ、あの子と仲良くしてあげてね。何してるかわからない子だけど、危ないことをしてるんなら止めてあげる友達も必要だろうから」

 そんな通りすがりのおばさんの言葉に、僕はよくわからないままうん、と頷いた。


 兄弟みたい、と言われたのが、思いの外、嬉しかったんだと思う。

 僕はそれから、彼を気にかけるようになった。

 彼も、僕の存在を迷惑がるようではなかったので、何の問題もなく、日常を過ごした。

 毎晩、窓越しに向かい合って、彼からもらった紅茶豆乳を飲みながら、他愛のない話をした。

 僕が前に住んでいた街とか、そこにいた友達とか、この街も素敵だねとか……そんな話。

 話すのは僕で、日暮くんはいつも聞くだけだったけれど。

 僕には彼のことを聞く勇気なんてなかった。

 君は一人なの? お父さんは? お母さんは? 家族はいないの?

 そう聞けば、彼はきっと聞き返してくる。君は? ──と。

 答え……られない。

 それは、僕がこの街に越してきた理由。

 それは、父さんと母さんが、死んだから……だから。




 僕が、一人だから。

 彼に、一人なの? なんて聞けない。……聞けるはず、ない。

 問いが全部、自分に返ってきそうだったから。





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