少年と少女
荒廃した世界には少女がいた。
「私は世界を救いたい」
彼女は世界を救うことを望んだ。
彼女にはそれだけの力が存在した。
彼女が持つ力は強大で、迫りくる危機すらも物ともしませんでした。
荒廃した世界には少年がいた。
「僕は世界を救いたい」
少年は世界を救うことを望んだ。
しかし、少年には力は無かった。
少年の持つ力はちっぽけで、自分の身すら満足に護れませんでした。
少女は世界を救っていく。
「私は貴方達を救います」
彼女は自身の持てる力を全て使って世界を救おうとしました。
彼女が通った道には彼女が救ったと思う人たちがいました。
彼女の救いは「死」でした。
少年は世界を救っていく。
「僕だけでは貴方達を救えない」
彼は地べたを這いずりまわり、泥に塗れ、時には血を流し、それでも立ち上がりました。
そんな姿を見た人々は彼の元へと集まります。
彼が通った道には彼を救いたいと思う人たちがいました。
彼の救いは「希望」でした。
やがて、少女と少年は出会います。
荒廃した大地に一人の少女と、多くの人に囲まれた少年。
少女が訊ねる。
「貴方を救います」
少年は首を振って答える。
「それには及びません」
少女は首を傾げます。
「どうしてですか?」
少女は訊ねました。その顔には純粋な疑問が浮かんでいました。
少年はそれを見て、逆に少年は訊ねました。
「貴方にとって、救いとは何ですか?」
少女は満面の笑みを持って答えます。
「『死』です。死ぬことで苦しみから解放され、私たちは新たな世界へと羽ばたけるのです」
少年はその答えを歪だと思いました。
「『死』は逃げだ。僕たちは生きることで救われるかもしれない。でも、救うのは他人じゃない。自分を救うのは自分なんだ」
少年は断言する。そして少女の考えを切り捨てる。
「そんなことはありません。生きることは絶望を生みます。生きているから悲しみが生れる。だから皆が死ぬことで世界救われます。悲しみのない世界が生れます」
少女は否定する。少年の意見と真っ向からぶつかりあう。
少女は、少年は、理解する。
「貴方は僕の敵だ」
少女の手から黄昏が現れる。
失われた大戦で振われた奇跡。それは世界の終わりに振われた凶器。
「ラグナロク…!?」
少年の口から焦りが生れる。
少女は躊躇なく黄昏を振り下ろす。
極光が生み出す光の奔流が大地を切り裂き、少年や少年の後ろにいる人間達に救いをもたらす。
「逃げろ!!」
少年が叫び、怒号と絶叫が世界を染め上げる。
「救いましょう、世界を、貴方達を」
少女の背中には光輝く純白の羽が現れる。それは天使の証。
世界に救いをもたらす神の使いの印。
「それは救いじゃない!!」
少年は少女に叫ぶ。
彼は泥と、塵と、埃と、血に塗れていました。
「いいえ、これで救われるのです」
少女は少年の叫びを受け入れない。そして振われる奇跡の御技。
「うわああ!!」
「まだ、死にたくない!」
少年の周りにいた人たちは死を受け入れたくなかった。
彼らこの大地に生きている。
そして子の大地も生きている。
世界は死んでおらず、人も死んでいない。
だから、少年は叫ぶ。
「死は救いじゃない!それは逃げなんだ!!」
少年の背中から漆黒の羽が現れる。それは穢れの証。
世界を滅ぼした悪魔の印。
「古き悪魔…!!」
誰かが叫んだ。
世界を現状に陥れた邪悪の名を。
「騙してたのか!?」
誰かが叫んだ。
少年を弾劾するかのように。
少年は語らない。
ただ、黙して彼らに背を向けたままだ。
その眼は少女を真っ直ぐに見据えている。
「ふざけるな!」
少年に罵倒が飛ぶ。石礫が彼の背を羽根を打つ。
それでも少年は何も語らない。
「貴方は世界を救いたいといいました。その原因を作ったのは貴方達でしょう?」
少女は黄昏の奇跡を手に、少年へと問い詰める。
「いいや、それは違う」
だが少年は否定する。
「僕達は確かに戦いを起こした。大きな大きな争いだった。人が死んだ。動物が死んだ。土地が死んだ。僕達が戦いを起こしたことによってそれは起きた」
でも、と少年は付け加えた。
「僕達はお互いを否定しあっていた。お互いを嫌悪していた。互いに歩み寄らず、互いを斬り捨て、互いを憎みあった。その結果、大戦は開かれた。でも、考えてほしい。決して一方的な略奪ではなかった。双方の憎しみの閾値を越えたからこそ起きた戦いだった」
「しかし、戦は起きました」
少女は神の奇跡を振るう。再び極光が襲う。
「だからこそ、僕は世界を救うんだッ!」
少年は奇跡をもたらす極光に向かって手を差し伸べる。その手には闇色の光が溢れている。
光と闇は拮抗し対消滅を起こす。
少年の手はズタズタに裂け、血が滴り落ちて大地を濡らした。
「どうして貴方の行動が世界を救うといのですか?私には分かりません」
「どうして?僕は分かりあうことで世界を救うんだ!お互いを受け入れあって、お互いを認めて、やっと僕達はこの世界に生まれ落ちるんだ!世界はそれで救われる!」
「貴方には力があるのにどうして!?」
少女は叫ぶ。死こそ救いだと考えていた少女に困惑が浮かぶ。
「力は救いじゃない!破壊だ!僕達が求めるのは互いに手を取り合う世界だ!」
少年は何度も迫りくる極光を受け止める。その度に傷を負い、血を失う。
それでも少年は膝をつかない。震える膝は屈しない。
「一人で救うことなんかできないんだ!僕一人では救えないから!」
少年の叫びを聞いていた人たちは迷った。
世界を混沌に陥れた存在が、自分たちを死から守っている事に。
自分達が諦めていたところに現れた少年が自分たちの敵だったことに。
だが、幼子の一言がその迷いを打ち砕く。
「ねえ、あの人は悪い人なの?あの人は僕たちを助けてくれたのに?」
「お父さんはいいことをしてくれた人にはいいことをして返しなさいって言ってたよ?でも私にはこれが良いことには思えないよ」
大人は考え過ぎる。理屈を、しがらみを。
子供の純粋さはしっかりと見据えていたのに、大人は曇った視界で見据えることが出来なかった。
「負けるなッ!」
誰かが叫んだ。
その叫びを皮切りに皆が叫び出す。
叫びを背に、少年は不敵な笑みを浮かべる。
「見ろ、人は死を救いだとは思ってない」
少年は黒い光を手に集め極光を打ち砕く。そしてその手は黄昏に触れる。
「あ、ああ…」
神が生み出し奇跡はそれで砕け散った。
少女の背に現れた翼は光を失う。
少年の背の翼はボロボロになり、ちぎれていた。
「僕達はお互いに歩みよらなければいけない。死は相手を否定し逃げることなんだ」
「でも、わからない。私はそれが救いだと教わったの。それがすべてだと教えられたの。それしか生きる理由がわからないの」
少女は壊れそうな雰囲気で答えた。
「分からなければ学べばいんだよ」
そう言って少年は少女を抱きしめた。
世界は救われたのだろうか?
わからない。
しかし、世界は少しだけ良くなった。
なぜなら、これが救いというのには泥臭すぎるし血なまぐさい。
救いとは、神が誰も傷つけず、誰も悲しませずに行うものではないか?
なら、世界は救われたのではない。
世界は勝手に立ち直っただけに過ぎない。
「ねえ、私たちは救われたのかな?」
少女は傍らを歩む少年に訊ねる。
「救われてない。僕たちは救われることなんてないんだから」
少年は答えた。それを聞くと少女は頬を膨らませた。
「救うとか言ってたじゃない!」
ぽかぽかと少年の胸を叩く姿は仲睦まじいカップルのじゃれあいに見える。
「いて、やめろって…!」
少女の腕を掴んでなんとかやめさせる。
ふぅ、と一息ついて少年は口を開いた。
「僕たちは歩いてるだけだよ。未来に向かってさ。僕たちはお互いに手を取り合っただけ。こんな風に。神様の救いだったら手取り合う必要なく僕たちはまた違う風になってただろうね」
「よくわからないよー」
少女は不満そうに言った。
「僕も言ってて訳が分からないけどね。でも、これだけは言えるでしょ?」
「ん?」
「生きてて良かったってさ」
「…うん!」