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六章 姉妹



 ――報告書

 先の報告通り、件のチャリティーホールは収益を雀の涙ほども上げていないと確認出来た。

 但し、都市民の憩いの場所としては立派に役目を果たし、政府としては撤去する理由が薄いと判断。また事後の土地の具体的利用が示されていない事から、本件は棄却とする。

                                     聖族政府聖王代理 エルシェンカ ―― 




 その船は“赤の星”行きだった。

 僕は三等室に乗り、持参した書類を確認した。

 今回は今年初の政府員駐在所の視察だ。やる意味が見出せないとは言え、こればかりは部下に任せる訳にもいかない。取り合えずラキスの事前調査では真面目に働いているようだ。給与査定を行う必要は無いだろう。

 久々に船からの星を見ようと身体を後ろの窓へ捻った時。

「君は」

「ぁ……」

 詩野 美佐は憔悴し切った顔で席に凭れていた。



 隣に席を移した僕に対し、彼女は何も言わなかった。

「……今の君は、僕の兄と同じ目をしている」

 深い諦めを湛えた瞳――その正体は、絶望。

「オーディションは受かったの?」

 彼女は無表情のまま、「はい」と言った。

「そうか、おめでとう。彼も喜んでくれた?」

「……ええ。君の選曲が正しかったからだ、と」

 疲れた顔をした彼女。その目には瞬くほどの光も見受けられない。

「その割にはちっとも嬉しそうに見えないよ。何かあったの?」

 僕の質問に彼女の身体は小さな瘧を起こした。今にも叫び出しそうに口を大きく開ける。

「詩野さん?」

「あぁ、エルシェンカ様……私は、とても酷い罪を犯してしまいました……私は、あの人を……」

「先生がどうかしたのかい?」

 長い人生の中でこうした様子は何度か見た事がある。恐ろしい惨事を体験すると、人は酷いショック状態に陥る、発作的に自ら死を選ぶ程に。

「嫌……先生……先生!!」

「しっかりするんだ詩野さん!ここは安全だ、君を脅かす者はいない」

 自らの身体を抱き締める両手、その甲が真っ赤に腫れ上がっているのに気付いた。受けて間もない火傷だ。

「まずはその手を治療しよう。ピアニストにとって指は大事な商売道具なんだからね。火傷以外に怪我はしてない?」

「……先生の声がする……」

 突然立ち上がり、ふらふらと通路を歩いて行く。

「待つんだ詩野さん!そっちに先生はいないよ!」


――本船は間もなく“碧の星”に到着致します。皆様お忘れ物の無いよう、もう一度手荷物を御確認下さい――


 出入口が開き、乗客が一斉に改札へ吐き出される。詩野 美佐は木の葉のように人混みを流れていく。見る見る内に彼女の姿は消え、僕が改札の外へ出た頃には影も形も無く、どちらへ歩いて行ったのかも分からなくなってしまった。

「くそっ!」

 手でも握っていれば良かった。あんな状態で一人にしておいたら――!

 急いで携帯の短縮ダイヤルを押す。

「聖王代理のエルシェンカだ。済まない、手を貸してくれ。大至急人を探して欲しいんだ」詩野さんの容貌と服装を伝え「まだ船着場から遠くには行っていないはずだ。――感謝する」プツッ。「この星の駐在は優秀だな。これで保護できるといいけど……」

 そうだ。今度は履歴からダイヤルする。

「ラキス。今から言う人物を至急捜索してくれ。例のチャリティーホールに出入りしていた男性なんだけど……」

 電話の向こうから怒号が響いている。滅多に聞かないサイレンの音。

「火事かい?」

『ああ、今お前の言ったホールが焼けたんだ。酷いモンだったぞ、火柱が高く昇って。今ようやく鎮火した所』



 あの日弾いていたピアノはステージ真下の倉庫に移動されていて、建物は全焼だったにも関わらず全く焼けていなかった。火元はステージ中央。魔術による放火が原因だと推測された。怪我人、死者共にゼロ。時間帯が深夜だった事が幸いした。

 けれどあの日見失った詩野さんは結局見つからなかった。先生、コンティ・フィトも行方不明のまま。

(新聞社で会った時に声を掛けていれば……)

 僕は彼女の正体を知っていた。ただ何故別の名前を使っていたか、それが分からなかった。躊躇わず事情を訊いていれば……。

(彼女を止めないと!)

 さっきまで寝ていたのに頭がガンガン痛い。気を抜いたらまた倒れそうだ。

 ロビーには死体も含め誰の姿も無かった。まだ誰も戻って来ていないのか。

 玄関ドアを抜け、意図を持って動く死体達の脇を通り、墓地へと足を踏み入れた。兄の夢が確かなら最奥に事態の根源が――。


 ぎけけけけけ……。


 ヒュゥン!風鳴りに気付いて咄嗟に伏せる。化物の爪が頭のすぐ真上を掠めた。

「“死肉喰らい”か……」

 真っ黒に変色した身体は、腐敗のためにしては分泌物が少ない。他の死体と違って衣服も何故か着ていなかった。

「言葉は通じるか?お前が守る者に話があるんだ」


 けけけけ……。


「おい、耳はまだ腐っていないだろ?僕を彼女の所まで案内してくれないか。助けたいんだ、今度こそ」

 化物は再び跳躍した。鋭い爪を振り立ててこちらに急降下してくる。

「ちっ!聞こえてないなら最初にそう言ってくれないと困る!」

 両手で素早く印を結び、炎の魔術を発動させようと声を出しかけた。


「待って!」


 声に反応して化物は爪を収め、僕の隣に降り立った。ゴリラのように背を折り曲げて声の方へ歩き出す。


「やっぱり君か、詩野 美希さん……」


 木陰から現れた二人は瓜二つだった。ただ片方は生者であり、もう片方は紛れも無く死者だったけれど。

 死者の方、詩野 美佐さんを観察する。生前あれ程人前で隠していた指三本の無い右手、間違い無かった。間断無く動いていると言う事は、ずっと“もぐらさん”を曲を奏で続けているのか。

「お姉さんはやっぱりあの後……死んだんだね?」

「崖から飛び降りました、私が毛布を取りに二階へ行った隙に……頭が壊れて、即死です」その光景を思い出したのか肩を震わせる。

 こんな状況なのに双子はゾッとする程綺麗だ。特に美希さんは生気がある分余計に。

(魔性の女って奴かな。思わず魅入られそうだ)

「姉さんは酷い精神状態でした。唯一の肉親である私の呼び掛けにも全く返事をしなかった。ガタガタ震えてうわ言ばかり呟いて……目を離した途端取り返しのつかないに……」

 死者の髪を愛しげに撫でる。

「どうして生き返ったの?」

「飛び降りてすぐ、あの人達とシスターが現れました。シスターが私に大丈夫です、もうすぐお姉さんは元通りになります、と言ってくれました。その間に彼等は姉さんを描いた魔法陣の中へ横たえ、しばらく呪文を唱えると……姉さんが起き上がった」

「彼等の事は調べが付いているよ。シャバム在住者で構成されたカルト愛好グループ、新聞広告で集められたね」そしてシスターの正体は……。「美佐さんは彼等の実験台一号にされた訳だ。でも、何故こいつに殺させた?一応恩人だろう」

「私は命令していません、この人が勝手に。だけど自業自得です。あの人達は何度も姉さんを譲ってくれないかと交渉に来ました。姉さんを物みたいに、玄関に大金を積まれた事もあります」

「それはまあ、随分な入れ込みようだ。ミイラ取りがミイラになっても仕方ないね」

「シスターもそう言って呆れていました。彼等は信仰心の方向性を誤っている、と」

 美希さんは「済みません」と断って顔を横に背けた。口元をハンカチで押さえ強い咳を数回繰り返す。

(やはり風邪にしては妙な咳だ。美佐さんと違って彼女は健康体のはずだが……)

 無言で佇んでいた美佐さんの口が動いた。墜落死の時咽喉を潰してしまったらしく声は出ていないが、僕は簡単な読唇術なら使える。


――妹を助けて。


 そうか……そうだったのか……。

「美希さん、美佐さんを生き返らせる前にシスターから何か貰わなかった?例えば、ショックを和らげるための薬とか」

「え?ど、どうして知っているのです?」

 やっぱり……何て事だ……。

「あなたも姉さんを連れて行くつもりなの?姉さんを政府の実験材料なんかにさせません」

 冷たい片割れを抱き締める。

「大丈夫よ姉さん……どんな事をしてでも私が守るから」

 悲惨としか言いようがない光景。こんな事をして、あんたは一体何を望むと言うんだ……。

 美佐さんの指の動きが突然停止した。同じ顔に会心の笑みが浮かぶ。

「今度こそ捉えた。先に行って下さい」漆黒の死肉喰らいに向かって言う。のっそりと奴は立ち上がり、


 ぎけけけけ……。


 風が鳴ったかと思うと、奴は既に樹上だった。街の方へ猿の如く軽快に枝を跳んで行く。

「奴に何をさせるつもりだ?」

「御覧の通り姉さんはまだ完全に蘇生した訳ではないのです。大好きなピアノは弾けますけれど、見た通り人間らしく喋る事も笑う事もできません。私はシスターに尋ねました、全てを元通りにする方法を」

 次の代償は何だと言うんだ?彼女にはもう支払える物など残っていない。

「“黒の燐光”。シスターはそれさえあれば姉さんを完全に治せると仰いました」

「馬鹿な!?“黒の燐光”がこのシャバムにあるはずがない!!だってそれは――」

 思わず大声で叫んでいた。


「不死族の至宝じゃないか!!」


 僕自身も伝説でしか聞いた事がない。第七種の不老不死の秘密、それは闇に輝くたった一粒の黒ダイヤ。その余りに強大な魔力が彼等を永く生かし続けている、と。しかし、

「彼等にとっては絶対死守すべき物、“黒の都”に厳重に保管されているはずだ!こんな、天敵の聖族政府の本拠地に置いてある訳が」

「それがあるのです。何度か反応を見失ったけど、ようやく突き止めました。これで姉さんを……ゲホッゲホッ!!」

あいつの唆した事だ。信憑性があるかどうかは疑わしい。しかし万が一それを美希さんが手にしたとして、彼女はその途方も無い危険性を分かっていないに違いない。強い力には相応の代価が必要だ。

「――不思議な方ですねあなたは。お名前は、昼間伺っていましたか?」

「エルシェンカ。気軽にエルと呼んでくれればいいよ」

「ではエル様」とても澄んだ心地良い声で言った。「あなたは事件の首謀者である私達を少しも憎んでいないように見えます。どころか先程、助けたいと仰いました。何故です?」

「君等もまた被害者だからさ。本当の首謀者は君の言うシスター。本名は――ジプリール。元聖王であり四天使、大父神の御使いだ」

 僕はあいつの残酷なやり口を知っている。

「あいつはまず神を信仰すれば救われる、幸福になれると布教する。信じた人々は問題の解決策を尋ねる、どうすればいいんでしょうって。あいつの答えは一見完璧そうで、実は破滅しか与えない。僕は何十人もの敬虔な信仰者がそうやって狂死して神の御許へ送られたのを知っている。次の殉教者は間違い無く君等だ、美希さん」或いは僕か。

 天使が好むは純真で穢れ無き魂。死の壁を越えてなお互いを想い合う双子にはその資格がある。

「ですが、シスターはこうして姉さんを私に返してくれました!あの方が私達を殺そうとするはずありません!!」

「……君は中々聡い人だ」

「え?」

「僕が言う前から君の心には微かな疑念があったんだろう?無ければ僕の話なんて聞かず、さっさとあの死肉喰らいをけしかけてしまえばいい。だけど君はそうしなかった、賢明な判断だ」

 一歩、前に出る。

「近付かないで!!」

 思った通りだ。彼女は正常な判断力を保持している。喜んでいいかどうかはともかくとして……。

「そう言う訳にはいかないね。何せ、後どれぐらいタイムリミットが残っているか分からないんだ。焦りたくもなるさ」

「何の話です!?」

 説明するべきか、せざるべきか。間違えたら取り返しがつかない事になりそうだな。

 隣の美佐さんに目を向ける。


――助けて。


(それがあなたの答えか……分かったよ)

「君の」


――美希を救って。


「命の話さ」




「死んだ人、だったんですか?」

 誠の質問にラキスは首を小さく縦に振る。

「あんな濁った目で土気色の肌をした人間はいない。そんな女の手を同じ顔が引いていたんだ、一瞬幻覚かと思って目を擦ったさ」

「双子……きっとその人達が詩野さんなんだ……」小さな唇が震えるのが見えた。「この悲しい音色は片割れのために弾いているんだ……せめて慰めようとして」

 弟の言う通り、この共感性の高さは致命的かもしれない。こんなに深い同化を頻繁にしていたら、繊細な精神が壊れてしまう。

「誠君」

 神父は不謹慎なぐらいの微笑みを浮かべた。

「気に病む事はありません。人はいつになっても同じような過ちを犯すもの。進歩などとは無縁です」

 言外に愚かだと仄めかす態度にカチンときた。

「間違いぐらい誰だってするだろ。一人じゃどうしようもなくなっちまって、助けを求めなきゃいけなくなる時だってある。詩野さんも、きっともう手を差し伸べてもらわなきゃにっちもさっちもいかない状態なんだ」

 半身を取り戻したい、そう思うのは当然だ。手段はどうであれ彼女はそのために行動している。

「こんな騒ぎを起こし、新たな死人を出した人間を庇うのですかウィルさん?彼女は社会的秩序を乱す犯罪者ですよ」

 以前の引き籠った俺なら達観して同じ事を言えたかもしれない。だがもう無理だ。彼が見る世界を垣間見てしまった今となっては。

「犯罪者も人間だ。ジュリト、あんたや俺と何ら変わらない」

「……あんな不死崩れと一緒にしないで下さい。私は神に仕える者、秩序を維持するために存在しているのです」

「わ、私は彼女を助けたいです!」

 誠は精一杯の声を張り上げた。

「まだ生きている詩野さんをみすみす見殺しにしたくありません。最後まで私達にできる事を……たとえ罰を受けるとしても、他の不死族の人達に協力を求めに行ってでも、彼女を救いたいんです」

「まーくん……」

「大丈夫だよウィル。どんな罰でも私は死なないから。――もうあんな事は沢山だもの」

 両手を組んで祈る、遠く蒼き海で眠る全ての被害者に向けて。とても神聖で、悲壮に満ちた姿が瞼に焼きつく。

(彼は本物の天使だ)

 あいつとは違う。俺の目の話を聞こうともしなかった聖王とは真逆だった。

「“黒の星”へ行く時は俺も一緒だ」

「僕も!僕も行くよ兄様!だから置いていかないでね」

「ありがとう二人共。うん、その時が来たら三人一緒に頼みに行こう」

「ああ。ならまず詩野さんを見つけよう。怪しげな術が使えるとは言え夜道に女二人は危険だ」オリオールの方に顔を向ける。「お前は聞こえるか?ピアノの音」

「ずっと同じ曲が鳴ってる奴?あれ、普通に誰かが弾いてるんじゃないの?」

「どうもそいつが“泥崩”、死体を操ってる正体だ。不死族と、何故か俺には聞こえる。一角獣の耳で何とか方向を探れないか?」

「うーん……やってみる」

 そう言って目を瞑りロビーを歩き始める。相当集中しているようだ、こっちも極力物音を立てないようにしないと。

 ぐるぐるぐる……。一見同じ所を回っているようだが、段々円に偏りが生まれる。

「俺達も手伝った方がいいかな?」小声で誠に相談する。

「私にはずっと同じ音量に聞こえる。もう少し待ってみようよ」

「こっち、かな?」首を傾げながら北の方角を指差す。「こっちの方が大きい、気がする」

「はっきり言えないならば、確信が持てるまで口を慎みなさいオリオール」

「ジュリト!弱い者虐めするな!」ラキスが強い口調で諌めた。「坊の前で」

「周りが甘いから子供がつけ上がるのです……おや、失礼しました。私はただ彼にもう少し思慮を持って欲しかったのですが」

「今のままで充分、オリオールは私達に気を遣ってくれています。ありがとう、あっちには何があるの?」

「街の共同墓地だよ」

「結局あそこへ行くのか……まーくん、夕方通り掛かった時も反応してたぞ」

 あの黒い“死肉喰らい”が悪夢の通り、今夜も墓穴を荒らしているんだろうか。

「恐らく街中より危険だ。気を引き締めて行こう」

「うん」

 ここは現実だ。あんな事にはさせない、絶対に。

「じゃあな。俺達はもう行く。お前等も自分の仕事しろよ」

「何を言っているんです?私達も付いて行きますよ。ねえラキス?」

「あ、ああ勿論。事件の捜査は政府員の仕事だしな」

 おいおい。今オリオール明らかに嫌そうな顔したぞ、バレてないよな?可哀相だからこれ以上神父様の説教を聞かせたくないんだが、心底。

「人探しなら手分けした方が早い、墓地の中は広いし。言っとくが見つけても傷一つ付けるなよ。ちゃんと保護して俺達と合流しろ」

「あなたと子供だけで誠君を守るつもりですか?随分な自信ですね」

 ええい嫌味ったらしい奴!何様のつもりだこいつは!?

「ああ!行くぞ二人共!」

「あ、うん」

 玄関のドアを開けるとむわっ、と腐臭が鼻を襲った。一瞬胃が痙攣したが、どうにか持ち堪える。後ろを振り返ると二人も気分悪げに眉を顰めていた。

(くそっ……)

 余分に匂い袋を買っとくんだった。誠は持ってるからいいとしても、鼻の良い獣には数倍の苦痛だろう。

「あいつら、詩野さんを出会い頭にブチ殺したりしないよな……」

 二十ならまだまだ先は長い。やりたい事も沢山あるだろう。

「お兄さん、僕が戻って見張ってようか?」

「止めとけ、また虐められるぞ」顔色は少し良くなったな。「それにお前は大事なまーくんを守る仕事があるだろ」

「そう、だね。兄様は家族だもん……あ!」

 寮の側面から一人の男の死体がこちらに回り込んできた。元寮の関係者らしい、中に入ろうとしている。

「こいつを入れてあいつらを吃驚させるってのはどうだ?」

「彼を利用するのは良くないよウィル……あなたも苦しかったんだね。もう大丈夫だよ」

 歩み寄り手を差し伸べる。清浄な氣が辺りを満たし、黒い靄を吸われた死体が倒れた。半分腐りかけていても、その表情ははっきりと安らかだった。

 オリオールが目を閉じ、死体に向けて手を合わせた。子供のくせにきちんと作法を分かっているんだな。俺も軽く目を瞑って黙祷を捧げた。


――♪!


「っ!!?今、強く響いた」

「ああ。“泥崩”の音、だよな?」

 全員が感知できるってのもある意味問題かもしれない。ケルフ達がいれば普通の音かどうか判断できるのに。


 ザッザッザッ……!


 それまで散っていた死体共が俺達目指して向かってくる。今度は何とやる気(どこにあったんだ?)を見せて走ってきやがった!ずるずる肉片を置き去りにして腐った群衆が突進してくる様は、正直ホラーと言うより出来の悪いコメディだ。

「やだ!来ないで!!」

「う……ぅ……」

 軽くパニックを起こすオリオールと、音と共に強くなった死者の声に苦しむ誠の手を掴む。

「墓地に逃げ込むぞ!走れ!」

 迷っていたらあっと言う間に囲まれる。浄化が無限か有限かも分からないし、そもそも安全かどうかすら非常に怪しい。確実に悪い物を吸収しているはずなのだ。臨界点を超えたらいきなりぶっ倒れる可能性もある。

「近付かないでよう!!」


 バンッ!!


 大きな爆発音と共に先頭集団が一瞬でミンチになって飛散した。

「ウィル、こっちへ来い!」

 墓地入口の看板からショットガンを構えたラキスが手を振って誘導してくる。隣ではジュリトが酒瓶らしき物の中身を地面に撒いていた。


 バンッ!!バンッ!!


 威力がデカいのは大変結構な事だが、後ろは精神衛生上とんでもない光景だ。少年が僅かに首を傾けて目に見える程ショックを受けた。「兄様絶対振り返らないで!!」

 俺達が墓地に入ると二人も後を追ってきた。

「おい、連中がなだれ込んでくるぞ!?」

「大丈夫、先程出入口に聖水の結界を張りました。彼等は入れません、ほら」

 神父の言う通り、死体達は入口でまごまごして一向に入って来ない。

「ただ数が数なのでそう長くは保ちません。早く術者を捕らえましょう」

「言われなくてもそうする」


「今上の方で何か音しなかった?」


 ドサッ!


「な、何!?」

「こいつは……!!」

 汚れた長い爪で唇を掻く黒い“死肉喰らい”。


 けけけけ……。


 黄色く澱み、半分溶けかけた眼で誠を捉える。どうやら夢と同じく奴は彼がお気に入りらしい。


――たすけて……。


 声よ頼む、消えてくれ!動揺で大事な人を守る判断が鈍ってしまう!

「――嘘だ……この匂い……」

 オリオールが零れ落ちそうな程目を大きく見開く。

「そんな……ヘイトさん、ヘイトさんなの……?」



「私の?」美希さんは首を傾げる。「姉さんの命の間違いではありませんか?死んだのは見ての通り姉さんです」

「いいや。僕は滅多に言い間違いをしない。詩野 美希、君の命は風前の灯火だ。今対処しなければ最愛の美佐さん共々“死肉喰らい”として永遠に彷徨う事になる」

 辛い。こんなに胸が痛むのは人生で初めてだ。考えれば考える程彼女の生き様は美し過ぎる、僕の心を放さない。

 彼女の履歴は既に調査が済んでいる。二十一年前双子の妹として生を受け、八歳の時まで両親と姉と平穏に暮らしていた。馬車の事故で父母と姉の指を失いつつも、彼女は姉のピアニストとしての可能性を信じ続けた。デビューのためにシャバムで頑張る姉を一人実家で応援していた、あの瞬間まで。

 突如彼女の人生が暗転した日の事を想う。僕があの時美佐さんをちゃんと止められていたなら、僕等がこうして対峙する事は無かった。時間が巻き戻せるなら僕は喜んで悪魔に魂を売る。たとえそれで永遠に彼女と邂逅できない運命だとしても。

(あぁ……今なら兄上の気持ちが分かるよ)

 血ぐらいで彼女が生きられればどれだけ楽だったろう。僕に課された試練はどうやら兄上より大分ハードルが高い。

「いや、ただの“死肉喰らい”なら君にとっては本望かもしれない。だけど“泥崩”は君を君のままいさせてはくれない」

 僕以外記憶の無い程大昔、術は一度だけ使われた。犠牲者は政府館の魔術研究者達。

「その禁忌は名の通り、最終的に術者を泥と崩壊させてしまう。理性も愛情も失い、ただ死体を操るオルゴールに変えてしまうんだ。僕は昔それで優秀な研究者を五人も失った」

 封印していた記憶が蘇る。エンジンの振動が伝わる程小さな宇宙船。触れれば皮膚が引っ付く程冷たい赤のコンテナ。泣きながら魔術で同僚を氷漬けにする政府員達。上空で開く船の乗船口。黒い森へスローモーションで落ちていった、赤い立方体。

「彼等が人型を保てたのは三日だ。倍以上保っているとは言え、もう一刻の猶予も無い。現に酷くなっているんだろう、泥の咳は?」

「っ……」

「内臓が泥化し切ったら、後は半日も保たないよ。情動が早くやられて苦痛を感じなくなるのを祈るしかない」

「死体を操っているのは姉さんです。出鱈目を言わないで下さい」

「彼女は君の中の音色に合わせて指を動かしているだけだ……お姉さんも君の人形に過ぎないんだよ」

「嘘ですそんなの!?私は何も関係……まさか、あの時シスターの気付け薬を飲んで術を使ったから、姉さんは生き返った、と?」

 片手で頭を押さえいやいやと振る。

「姉さん本当なの?エル様の言う通り私に操られてるだけなの?」


 ほろり。


 頬を伝う濁った液体によって聡明な彼女は全てを察した。

「あ、あぁ……ごめんなさい姉さん。私、突然帰ってきた姉さんが、血だらけで崖下に倒れていて……訳が分からなかった。どうして自分から命を絶ったのか全然思い当たらなくて……悔しかった。だけど姉さん、本当はこの街に帰って来たくなかったのね。死んでしまうぐらい辛い事があった場所に……無理矢理起こして、連れて来てごめんなさい……」


――美希。


「姉さん」


――ずっと苦しませてごめんね。


「私こそ、ちゃんと聞いてあげられなくてごめんなさい……ゲホゲホッ!!」

 地面に吐き出される黄土色の液体。濃厚な泥の臭いが漂う。

「化物になんてなりたくない……!私も姉さんと同じ所に行かせて!!」 苦しげに息を吐きながら訴える。「一人はもう嫌!!」


――あなたはまだ生きられる。


「生きて何になるって言うの?お父さんもお母さんも姉さんも……もう誰もいないのに」


「なら作ればいい」

「?」

「これから生きて君が大切だと思う人を、君を大切だと思ってくれる人を、両手で数え切れない程作ればいい。君が死ぬベッドの横で泣き悲しんでくれる人を」

「いる訳ない……」

「僕は泣くよ」

 ゆっくり言葉を紡ぐ。

「君が死んだら僕の家の庭の墓に入れよう。そこは既に美佐さんと御両親が入っている墓だ。君の家族達は毎週のように訪れて綺麗な花を供えるだろう。やがて家族達は年月を経て君の隣で眠りに就く―――そしてこの宇宙が終わる日まで、僕は君と君の一族の傍らにいよう」

 極自然にその言葉は口を出た。


「美希。僕と、未来で待ってる家族のために生きてくれないか?」


 豆鉄砲どころか鉛玉を食らったような顔をされた。

「エル様、それは……プロポーズ、と受け取ればいいのですか……?」

「ああ。僕はどうやら君に一目惚れしたみたいだ」

「嘘です!信じられるはず……」

「君を生者へ戻す方法が一つだけある」

 ポケットから文庫大の古いノートを取り出す。びっしりと書かれた一つの魔術の取り行い方法。

「術をある程度無害に変換してから他へ転移させる。これなら君を確実に術から解放できるはずだ」

 彼女ははっ、とした表情になった。

「まさかエル様……御自分に私の術を」

「転移させた術を中和するには高い魔力が必要になる。大丈夫、僕は純血聖族だ。そう簡単には死なない」

「そんな……!もし失敗したらエル様は怪物になってしまいます!!危険過ぎます、止めて下さい!!」

「そうもいかない。愛する君がこのまま泥になっていくのを、指を銜えて見ているなんて嫌だ。意地でも阻止する」

「あなたはこの宇宙にとって必要な方です!私のような者のために命を投げ出さないで……!」

 綺麗な白い項に手刀が入る。気を失った彼女は少女のようにあどけない表情だった。


――ごめんね美希。


「――協力感謝するよ、美佐さん」

 ノートの図面に従い、白く光る魔力で魔法陣を描く。

「この魔術は今はもういない僕の友人が考案した物だ。本人が三回実験して三回とも上手くいった。でもここまで大きな術で試すのは初めてだ」

 本来このクラスなら術を安定させるため、同レベルの魔力を持った魔術師の介助が必要だ。だが勿論探して連れてくる時間は残っていない。

「……どうして死なんて選んだんだ?」

 直径三メートル弱の円の中に幾つもの魔術が複雑に納まっている。何度も図面を見返して慎重に線を重ねていく。

「責めるつもりはないよ。人には色々事情がある。だけど……君はあの時、誰かの助けが必要だったんじゃないか?」

 彼女は……首を静かに横に振った。

「僕や美希では駄目だったのかい?」


――いいえ。誰も……救えはしなかったと。


「君とコンティ・フィト先生に何があった?彼は今もって行方不明だ。まさか彼も自殺を?」

 再び首は横へ。

「なら一体どこへ?」

 動揺を隠せない様子でしきりと眠る美希さんの髪を撫でる。

「僕の推測が正しければ君等はあの夜炎上したチャリティーホールにいたはずだ。そう考えれば君の火傷に説明がつく。でも、確かあの中から男性の遺体は発見されなかった……君は罪を犯したと言った。仮に先生を殺めたのでないとすると、何を指すんだい?」


――止めて下さい……これ以上、先生の話は……。


「“模造品”」

 死体の唇が息を詰め、ヒュウッ!と音を奏でる。

「随分安直な偽名だ。余り隠そうとしていなかったのかもしれないね。一応経歴も調べてみたけど聞きたい?」


――いいえ……それは多分、先生から聞いた話です……。


「現代はパスポートが万能過ぎる。あれさえあれば社会生活を何不自由無くできるんだから。小さなカード一枚が、滅多に使わないこんな大魔術より余程人の役に立つ。美希さんみたいに君になりすますのも、本当の身元を隠すのも簡単だ」


――どこまで、御存知なのですか……先生の事。


「全然。経歴不詳の男性としか知らない。だけどそうだな……時間さえあって、政府に保管されている過去のパスポートのコピーと照合したら面白い結果が出るかもしれないね」

 発行年の違う、そっくり同じ顔をした別人が何人も出てくるはずだ。

「ねえ。先生、君には本当の名前を教えた?もしかしてそれは」


――ヘイト。先生は自分をヘイト・ライネス、と……仰っていました。




「僕だよヘイトさん!オリオール!兄様も一緒なんだよ、ほら!」

 目の前にいる黒い死体は弟と、どうも私の知り合いらしい。全然思い出せないけれど……。

「“これ”がヘイト・ライネスだと?オリオール、気は確かですか?」

「間違い無いありません。ヘイトさんが使っている現像の薬の臭いがします」

 神父さんは嫌悪をありありと出して「百歩譲ってあなたの言っている事が本当だとして、何故ヘイトはこのような姿になっているのですか?」

「これじゃそこらをフラついてる死体共と変わらないぜ」

「し、知らない!僕の方が訊きたいぐらいだよ!前会った時は普通だったのに……何で」

 オリオールが動揺するのも当然だ。私だってウィル達がこんな風になって現れたら、吃驚し過ぎて気を失ってしまう。


 けけけけ……。


「変な声出さないでよヘイトさん。一体その格好はどうしたの?病気?それとも怪我してるの?」

 言葉、通じているのかな……話し掛けているのにオリオールをチラリとも見ていない。代わりに――ずっと私を凝視している。

「……どうしちゃったのヘイトさん?大体おかしいよ。僕等病気に罹らないはずだし、怪我だってすぐ治るもん。ねえ!聞いてるの!?」

 怖い……何だろうこの氣、あの人に近い感じがする……。

「オリオール、この人は」

「離れろ!!」

 近付こうとした弟を、それまで黙っていたウィルが制止した。

「な、何言ってるのお兄さん?ヘイトさんは僕等の仲間だよ、ちょっと様子はおかしいけど……」

「んなの知るか!俺が知ってるのはそいつは、まーくんを襲うって事だけだ!」言ってから眉を思い切り顰める。

「馬鹿な。不死族が坊ちゃまに手を出せるはずが」

「こいつが全身を喰って二人を殺した犯人なんじゃないか?他の死体とは明らかに様子が違う」

「確かに……」ラキスさんが唾を呑んだ。「こいつなら充分ありだ」

 全身が真っ黒なのは何なんだろう。他の人達みたいに腐敗していたら肌は青紫とか緑、もしくは茶色っぽい感じになると思うんだけど……。


 けけけけ……。


 観察しているのに気付いたのか、彼は茶色く変色した歯を剥き出して嗤った。ぞっ、瞬間的に背筋が凍りつく。

「どうするんだ二人共。こいつはどうもヤル気満々みたいだぜ」ウィルが私とオリオールの前に庇うように立つ。「お前等の知り合いなら率先して何とかしてくれ」

「ちょっと待てウィル!お前逃げるつもりか!?」

「当たり前だ!こいつはまーくんを狙ってるんだぞ!早くこの場から離さないと」


 ヒュウンッ!ガキッ!!


「きゃぁっ!!」

 跳んできたヘイトさんの長い爪と、ウィルの剣が私の目の前で噛み合う。

「オリオール!まーくんを連れてどっか隠れてろ!」

「う、うん!兄様、こっち!」

 私の右手を掴んで弟は森の奥へと走り出す。後ろからは断続的な金属音と、バンバン銃声が鳴り響く。

「はぁ……はぁ……」

 血を補給しているのに苦しい。前が時折霞む。

「ここまでは追って来ないかな……」

 そこは墓地の中でも古い場所のようだった。名前が消え角が取れて丸くなった墓石ばかり並んでいる。地面は特に異常無い、ここの死者達もこの音の影響を免れたようだ。

「兄様大丈夫?ちょっと休んだらいいよ」

「うん、ありがとう……」

 墓石の一つに手を置いて身体を支えながら息を整える。けれど、中々元に戻らない。

「本当に平気?貧血が酷いの?」

「いつも走らないせい、だと思う。オリオールの足手纏いにならないように、少し練習しないとね」

「無理しないで兄様。いざとなったら一角獣に戻って乗せてあげるよ」

 “碧の星”に来る以前は何度か乗せてもらった。速いけどいつも落ちないようにしがみついてバランスを取るので精一杯。

 耳を澄ますとまだ遠くで時々金属音がした。三人があの人と戦っている……。

「ねえ、あの……ヘイトさんは、どんな人なの?不死族、なの?私とも会った事ある?」

「うん。兄様が最後に会ったのは多分写真を撮った時かな」

「写真?」一ヶ月弱の記憶を総動員する。「えっと、ヘイトさんは、新聞記者なの?」写真と結び付く職業はそれしか知らない。

「違うよ。写真ってパスポート用の証明写真。ほらこれ」ポケットの中から弟の掌大のカードを出し、左上の印刷された顔を指差す。「これを撮ったの」

「じゃあ、ヘイトさんはパスポートを作る人?」

「偽物の、だけどね。僕達は迫害されてるから、不死って知られちゃ絶対駄目なんだ」

「そうなの?」

「うん。知られたら聖族政府の第七対策委員って人が飛んできて逮捕されちゃう。噂ではあいつら、捕まえた人達に口では言えない程酷い事するらしいよ」

「シャーゼさんが?でも私が不死ですって言っても全然信じてくれなかったよ?」

「兄様!!?」手で両方の目を覆う。「何て事したの!あぁあ、あのお兄さん達だけでも困るのに……」

 弟は私に向かって人差し指を立てた。

「もう他の人に言い触らしたら駄目だよ兄様!」

「う、うん。シャーゼさんにもそう言われた。周りの人が混乱しちゃうからって」

「何その人、ちゃんと仕事する気あるの?キュウキンドロボーって奴?」

「でもお父さんが不死に殺されて、私達をとても憎んでる様子だったよ」

「復讐なのに兄様を捕まえなかったの?変な人!」

「逮捕されても記憶喪失の私じゃ力になれないね。オリオールは知ってる?シャーゼさんのお父さんを殺した犯人」

「知らない」首をブンブン横に振る。「兄様は人が良過ぎるよ」

「そうかな?私より良い人は沢山いると思うけど」

「少なくとも僕は見た事無い」

 いつの間にか弟は椅子ぐらいの高さの墓石に腰掛けていた。特に死者達は怒っていないので注意するのは止そう。

「えっと、私のパスポートは」そう言えば持ってない。エルが預かってくれてるのかな。「今は手元に無いけどヘイトさんが作った物なんだね?」

「うん、“黒の星”から外に出る時は皆あの人に頼むんだ。パスさえあればどこでも好きに行けるもん……でもあんな風になって、もう元に戻らないのかな……そしたらまた誰か……」

 彼に理性の光は見えなかった。私の力で治せるなら治したい。だけど……傍に行くのは堪らなく怖い。

「オリオールは心当たりある?あんなになった原因」

「ううん……でも」

「何が思い当たるの?」

 弟の紫色になった唇がブルブル震える。

「もしかしたら……う、ううん!何でもない!やっぱり僕の勘違いだったみたい!!」

「?本当?どんな些細な事でも私には話していいんだよ。神父さんみたいに叱ったりしないから」

 けれど弟は何でもないを繰り返すばかり。少なくとも今訊き出すのは無理そうだ。

「分かった。でももし話したくなったらいつでも言ってね。私はオリオールの家族なんだもの」

「……うん」

「じゃあ今度はヘイトさんの性格、オリオールから見てどうだったか教えてくれる?」

「えっと……短い時間しか会ってないからよくは知らないんだ。でも……何だかいつも寂しそうな人だったよ。“黒の都”にいる時も皆とあんまり話さなかったし。何だろ、不死なのに不死をそんなに好きじゃなかったみたい」

「そんな人いるの?」

 彼が何年生きているかは分からないが、永い時の中同族を嫌って生きていくのはどれだけ辛い事だろう。弱い私は不死だけでなく、安心できる仲間がいてくれて辛うじて生きていけると言うのに。

「偶にいるみたい。僕等の生き方に馴染めなくて孤立する人。そんな人達は都に家も無いし、殆ど帰って来ないんだ。……前の兄様も心配してたよ。どこへ行ったのかなって」

「記憶を失う前の私が?」

 きっと優しい人だったのだろう。でなければオリオールがこんなに面倒を見てくれるはずない。

「でも……多分、その人達は大事な物を見つけたんだよ。それが偶々同族の中、“黒の都”には無かっただけ。それは誰かが責めるような事じゃないよ。彼等が幸せなら私も嬉しい」

「……兄様は変わらないね」子供っぽくにーっと笑う。「じゃあ僕は兄様が一番好きだからずっと傍にいる」

 再び弟が私の手を握った。

「念のためにもうちょっと奥まで行こう」

「うん」ウィル達は大丈夫かな。音はもうしなくなったけど……。

 今度は歩きながら森の小路を入っていく。段々頭上で葉を付けた枝が重なる面積が広がって、進む程射し込む月光が無くなっていく。

「あれ……この氣は」

「どうしたの兄様?」

「ケルフ達がこの先にいる」

 駆け出した私の横を弟が付いて来る。

 小路を抜けた所はちょっとした広場、そこにある不思議な物が辺りを明るく照らしていた。地面に書かれた白く輝く魔方陣。その中に人影が見えた。

「エル?それにあの女の人達は詩野さん……?」

 生者の方の詩野さんが横になって目を閉じている。屈んで彼女の胸に手を置いたままエルは微動だにしない。エルの反対側に死者の詩野さんが座り込んで二人を見守っていた。

 魔方陣の外にはケルフとアイザ、それにリーズと知らない男の人が立っている。だけど……。

(おかしい……とにかく皆に、知らせなきゃ)

 私が口を開きかけた瞬間、ケルフが先にこちらに気付いた。

「そいつは大変だ」

 腕を下ろすフリをしてアイザの肩に指で触る。ケルフの方に向いて彼女も私の存在を認めた。

「詳しく聞かせてくれる?」行った瞬間指で×印を作ったのが見えた。

(やっぱり……)

「オリオール。音立てないようにそっちの樹の陰に」

「OK」

 小声のやりとりと移動が成功し、私達は見つからないようにしながら広場の方を向いた。

「お兄ちゃん達が出て行ってすぐエルさんが起きたの。小脇に本を抱えて、只ならぬ様子で外に飛び出していったの」

「俺は聞いたんだ。こいつがこの姉妹に、死体を操って街を混乱させろって命令してんのを。とんだ猿芝居、全て自作自演だった訳だ」

「あの二人を殺すよう指示したのもエルさんだよ。きっと決定的現場を見られて、口封じのために」

「それは酷え。血も涙も無い奴だな」腕を組んで憤慨するケルフ。「けど何のためにんな事を?エルは不老だし聖族政府の中じゃ今一番偉い。不自由なんて一つも無いだろ?」

「……恐ろしい計画さ。こいつは、不死に戦争を仕掛けるつもりなんだ」

 男の人が侮蔑の眼差しでエルを見た。

「はぁっ?何で?目的は?」

「殺られる前に殺れ。不死が大挙して政府を倒すって情報を聞きつけて、先制攻撃する気なのさ。だが並の軍隊では到底歯が立たない」

「だから“泥崩”を解放して、こっちも不死の軍を作ろうって?でもあいつら全然働かないよ、歩かせるだけで精一杯みたいだし」

「それはまだ未完成だからだ。高い魔力と多くの血肉を与えれば完全な術になる。――だからああして魔力を吸わせているのさ」

 膝を下ろすエルの表情はとても静かだ。悪い事を考えている顔ではない。

(助けようとしているんだ……エルは、詩野さんを)

 彼女の氣を押さえ付ける粘性の物が手を伝わって、少しずつエルの中に入っていくのが視える。彼の堅固な氣が流れ込んだ物を逆に抑制する。

(“泥崩”を自分の身体に封印しているんだ)

 きっとそうしなければ詩野さんは今すぐにでも取り返しのつかない事になってしまうから。危険を顧みない程、友人にとってあの女性は大切な人なんだろう。

(温かい氣が伝わってくる……)

 あの時ウィルが私を助けたように、今度はエルが彼女を救おうと頑張っている。力になりたい。せめて傍にいて見守りたい。

「成程。純血聖族の魔力なら一気に強くなりそうだね。ところであんた、どうしてそんな色々知ってるの?」

「実は俺はある反政府組織のエージェントなんだ。最近不穏な動きがあるんで独自調査していたら事件が起こった」

 男性はポケットから煙草らしき物を取り出して吸い始めた。辺りに広がる香り、私が首から提げている袋と同じ匂いだ。

「“泥崩”の事は組織を作ったシスターから聞いた。あの方は何でもよく知っていてな、あいつが密かに“腐水”の復活方法を研究している事も教えてくれたんだ」

「凄い悪党だアタシ達の仲間は。涼しい顔してそんな事考えてたなんて」

「私も信じられないよ……幾ら平和のためとは言え禁忌の術に手を染めるなんて……」

「全く義父さん達はこんな時に何やってんだ!?アパートにも結局来なかったし」

 男の人が煙草を口から離した。「もしかして茶色い髪の男か?そいつなら……政府館の裏で殺されてたぞ」

「えっ!!?義父さんが……死んだ?」

「酷い有様だったぞ。全身喰い荒らされて……」

 何て大嘘吐くんだろうこの人。弟も呆れ顔をしている。

「じゃあ誠とオリオールは!?一緒だったはずだよ!!?」

「死体は一人分だけだった。でも……そう言えばそいつから離れた所に黒い毛髪と血痕が残ってたような……」

 フーッ。弟が今までに無いぐらい頬を膨らませていた。

「その場にいなかったってのか?まさかエルの奴に監禁されて……」

「人質にして戦争の交渉に使うつもりなのかもしれないね」

「もしくは解剖して徹底的に分析する気かもな。弱点を見つけられれば戦に勝ったも同然だ。或いは……“泥崩”を強化する生贄に捧げるか」

 “生”贄?私半分死んでるんじゃなかったかな?

「冗談じゃない!ねえ兄様、そんな悪い事考えてる人がいるの?」

「さぁ……?少なくとも私の周りは良い人ばかりだよ」

「そっか、良かったぁ。いたら僕そいつをギッタンギッタンにしてやる」

 暴力は良くない、そう嗜めようかとも思ったけど止めた。今の話を聞けば多分ウィル達も弟と同じ事をするはずで、つまり当然の反応だと気付いたからだ。

「で、この悪党をどうするんだ?殺すなら今しかないぞ」

 男の人がケルフの腰の拳銃を指差し、「そいつならこの魔力の壁を突き破れる。早くしないと奴が顔を上げるぞ」

「発砲されたら幾ら術の途中でも私達に気付いちゃうよ。倒すなら一発で仕留めないと、お兄ちゃん」

 リーズにそう言われてケルフは頭をポリポリ掻く。

「けどなぁ。エルは術に集中してて無抵抗だぜ?んな相手のドタマにいきなりズドンッ!って卑怯過ぎやしないか?」

「でもあいつが気付いたら厄介だよ。あの子に“泥崩”を使わせて、アタシ達に死体を山と襲い掛からせて喰わせるに決まってる。ただでさえ高度な魔術を使ってくるってのにね」

 渋々彼は拳銃を抜いた。中に入れた弾を確認する。

「せめて殺すのは誠達の居場所を訊き出してからにしないか?俺やっぱり信じられねえよ、あいつの口から真実を聞きたい」

「甘いね。やりたくないならアタシが撃つよ」

 アイザが拳銃を奪い取り、引き金に指を掛ける。

「ここ引くだけで弾出るんでしょ?簡単簡単、さっさと済ませちゃうね」

「止めろ!!」

 銃を取り返そうとケルフがアイザの手に飛び付く。だけど一瞬早く、


 バンッ!


「や、やった………ぐっ!?」

 自分の胸に空いた銃痕を押さえ男の人が蹲った。

「アイザ!射撃訓練してねえ素人が勝手に撃つな!!」

「ゴメンゴメン。テレビドラマとか観てちょっと憧れててさ、一回撃ってみたかったんだよね。どう、格好良かった?」

「せめて左手添えろよ、照準ブレまくってたぞ。頭に当たって即死するかとヒヤヒヤした。危っぶねえ!」

「誠には何にも言わなかったくせにアタシ相手だと説教?いい度胸してるじゃない」

 彼女は口元にメガホンのように片手を添えて「もう出てきていいよ誠!早くエルの様子診てあげて!」

「うん。行こうオリオール」

 ガサガサ。

「で、あんたは一体何者なんだ?うちの妹の姿を無許可で借りやがって」偽物のリーズを睨み付けた。

「何言ってるのお兄ちゃん?」

 いつも通りの微笑が逆に怖い。ケルフが銃口を彼女の頭に向ける。

「下手な芝居も大概にしろこの野郎。あいつは独断で持ち場を離れねえし、絶対に仲間を疑わない」

「気付かれたなら仕方ありません」

 少女の姿が歪む。現れたのは、海色の髪を伸ばしたこの世の者とは思えない程綺麗な女性だった。白い布で出来た法衣を纏い、右の腰に金銀宝石を散りばめた細身の剣を差していた。背に生えた真っ白の両翼がぱさり、とはためく。

 美しい人なのに何故、こんなに恐ろしい氣をしているんだろう……?ヘイトさんと相対した時の何倍もの恐怖が襲ってくる。

「折角エルシェンカを仲間である貴方達の手で神の御許へ送って頂こうと思ったのですが」

「巫山戯ないでよ!何があったってアタシ達がエルを殺せるはずないでしょ!?あんた何者なの!?」

「私はジプリール、大父神様に仕える四天使の一人。過去には聖王を名乗っていた時期もあります」

 完璧な形の唇を開き、私の方をちらりと見た。

「呪われし者よ」

「っ……」嫌だ……やだ……怖い……!

「貴方は周囲に滅びを齎す。けれど主は小晶 誠、貴方を赦しましょう。仮令過去現在、未来に亘って大勢の民が貴方の下に眠ろうとも」

「あ……うっ……」

 声を聞くだけで胸が苦しい……駄目だ、息ができない……。

「兄様、しっかりして!!」

「誠に何したんだお前!?」

「別に何も。彼を今押し潰しているのは彼自身の罪。罰のほんの一端を受けているに過ぎません」

 罪……?私、悪い事をしたの……?

「嘘を吐くな!誠が罪人なはずない!!いい加減な事言わないで!」

 天使は艶然と微笑み、私達に手を差し伸べた。

「哀れな異教徒達よ、安心しなさい。神は貴方達にも等しく慈悲を与えるでしょう」

「要らないよそんなの!!兄様を元に戻して!」

「一つ警告しておきましょう。貴方達がどれだけ彼を慈しみ愛そうと、返ってくるのは災いのみ。何れ後悔するでしょう、彼を友人と迎えた己を。ふふ……」


 ぱさっ。


「では私はこれで。新たなる敬虔な信仰者達が呼んでいます」

 背後の空間が開き、ケルフが銃を撃つ暇も無くその中へ消えていってしまった。と同時に胸のつかえが取れる。

「はぁ……ぁ」

 冷たい汗で額がびっしょり濡れていた。とても、寒い。

「そうだ……エルの所に行かなきゃ……」

 立ち上がる。膝が酷く震えて歩けなかった。弟の小さな手が私の背中に回る。

「兄様僕に掴まって。支えるから」

「オリオール、アタシが傍まで運ぶよ。あんたは手を握っててあげて」

「う、うん。ありがとうお姉さん」

 アイザの温かい腕が私の背中と膝下に入り、ふわっと地面から持ち上がった。

「何これ、氷持ってるみたい」頬と頬を触れ合わせる。「ギャッ冷たっ!ケルフ!何か温かい物持ってないの!?これじゃ凍死しちゃう!」

「大丈夫だよお姉さん、兄様は不死なんだから。でも……」もう片手を重ね包み込むように握った。「何であの人この前と……」

 魔法陣の横まで来て下ろしてくれた。魔力で構成された壁に手を当てて氣を視る。


――そこにいるのは誠かい?


 壁の向こうからエルの声が聞こえて吃驚した。


――さっきまでいたジプリールの嫌なオーラが消えたね。


 新しい信仰者が呼んでるって言っていなくなったんだ。


――そうか。君にあいつは刺激が強過ぎる。また現れたら逃げた方がいい。僕にも君の弱っているのが感じられるよ。


 心配掛けてごめんね。大事な魔術の途中なのに。


――構わない。余り集中し過ぎるのは却って失敗する元だからね。上手く行ってるかい?


 うん。泥はもう半分ぐらいエルの方に移っている。二人の氣も安定してるよ。


――ありがとう。急いで始めたはいいけど正直進捗状況が分からなくて不安だったんだ。本当なら陣の外に魔術師を置いて知らせてもらうんだけどね。


 術が終わるまで私がここにいて教えてあげるよ。出来るだけフォローしてみる。


――それは助かる。僕も怪物にはなりたくないからね、三人でどうにか成功させよう。


「エルは“泥崩”を詩野さんから自分の身体に移している、彼女を助けるために」

「何てこった。あの天使様、人助けしてる人間を殺させようとしてたのか。糞ったれ!」

「じゃあまだ邪魔が入るかもしんないね、こいつみたいに」気絶した男の人の脚を蹴飛ばす。「まさか死んでないよね?」

「大丈夫だろ、急所外してたし」背中側を確認して「弾は貫通してる。街に戻るまでしばらく放っとこう。治療が遅れて多少化膿しても当然の報いだ」

「賛成」もう一回、今度は背中を思い切り蹴る。

 二人が魔法陣の傍まで歩いてきた。しげしげと中の様子を覗き込む。

「頑張んなさいよエル!ここで死んだらあの女の思う壷だよ!」

「エル、お前しかその子達は救えないんだ。外は俺達が守るから安心して術に集中しろ!」


――今騒いでるのはアイザとケルフかい?


 分かるの?


――兄上なら君を通じて言葉を伝えるだろうし、リーズは魔術師だ。壁に触れれば直接話せるよ。……今の内に黒い“死肉喰らい”に警戒するよう二人に言っておいた方がいい。奴は詩野さん姉妹と親しい。恐らくもうじき戻ってくる。


 ヘイトさんならウィル達が食い止めてるはずだよ。


――会ったのか奴に。あれは君等の一族なんだろう?


 うん。私のパスポートを作ってくれた人なんだって。でも……何であんな姿になったんだろう。


 エルは数十秒間応答しなかった。


――火事、に巻き込まれたのかもしれない……彼は亡くなった方の詩野さんのピアノの先生だった。ほら、彼女の手にも火傷があるだろう?


 目を凝らしてみれば確かに、手の甲が茶色に腫れ上がっている。


――彼等は頻繁にこの街のチャリティーホールでピアノを弾いていた。今はもう全焼して瓦礫は撤去されてしまったけどね。……あれがただの火事でないなら一体詩野さんは何を見たんだ……?


「ヘイトさんがああなったのは火傷が原因みたい」

「誰だそれ?」

「危険な黒い“死肉喰らい”、来れば分かるよ。一応僕等の仲間」

 弟は血色の回復した顔を険しくした。

「確かに火傷は怪我の中では治りにくいね。それでも僕等なら半日もあれば完治するはず――まさかヘイトさん、その時“核”が傷付いたのかも……」

「“核”?」

「稀にいるんだって。何かの原因で心臓の奥の“核”に傷が入っておかしくなる人」

 胸を指差し、「この奥の方にあるの」

「おかしく、ってそのヘイトさんとやらみたいにかい?」

「噂だと見境無く血肉を求めて、同族の僕等も襲うようになるんだって……」

 今のヘイトさんの症状と一緒だ。

「“核”は治せないの?」

 蒼い髪が首に合わせてブンブン揺れた。「分からない」

「分からない?」治せるでもなく、治せないでもない答えに一瞬戸惑う。「えっと、ならそう言う怪我をした人達はどんな治療を受けるの?不死族にもお医者さんはいるよね」

「捨てちゃう」

「え?」

「“黒の森”に捨てるんだよ。もう役に立たないから」

 弟の回答に衝撃を受けかけた時。


 ガサッ!!


「「わっ!!?」」




 茂みをひたすら掻き分けて樹上を移動する奴を追う。小枝が皮膚を浅く切り裂いたが、痛覚の麻痺した俺には関係無い。

(三人で囲んでて逃がすなんてな……ラキスの奴、覚えてろよ)

 あいつがあの至近距離で外さなければ今頃完全に仕留めていたはずだ。一発があさっての方に飛んで行った瞬間、奴は素晴らしい跳躍力で剣の届かない所に行ってしまった。


 ガサッ!!


「「わっ!!?」」


 ドンッ!


 走る勢いそのままに、ぶつかった誰かと二メートル程芝生をゴロゴロ転がった。

「ってて……あ」見慣れた黒い服が身体の下にあった。骨ばかりの真っ白な手が袖から覗く。心臓が強く数度鳴る。「だ、大丈夫か!?どこか折れたりは」

 彼は身体を一通り検め「大丈夫。特に怪我はしてないみたい」それからふふっ、と綺麗に微笑む。「心配し過ぎだよウィル」

「お兄さん吃驚させないでよ!ほら、重いんだから早くどいてどいて!」

「ああ悪い」

 立ち上がる時に指同士が掠れる。走ってきて熱く僅かに汗ばんでさえいる俺とは対照的に、冷蔵庫の中のアイスのようだった。それに今夜は薄ら寒いぐらいなのに前髪が汗で濡れている。

「何かあったのか?」


 ドサッ!ぎけけけ……。


「出たな」


 ガサガサッ!


「やっと追いつきました。あなたの失態の罰は後でゆっくり考えさせて貰いますよラキス」

「はいはい」政府員はショットガンを俺達の前に降りて来た“死肉喰らい”に向けて構える。

 左腕を失くしても痛覚の無い奴にさしたるダメージは無いようだ。だが様子がどこかおかしい。こちらを見ず魔法陣をしきりと気にしている。中には弟と双子の姉妹。術は弟が発動しているようだ。

(傷が、来ようとしている)

 エルの伏せた顔の右側に僅かな変化が現れ始めていた。そうか、あの痣は自分で選び取った結果だったのか……。

(強いなお前は)流石、今日まで聖族政府を支えてきた男。

「二人共、離れないと一緒に挽肉にしちまうぞ」

「待ってくれ」「待って下さい」「「あ」」まさかハモるとは思わなかった。

 その間に奴は形成された魔法陣の壁に右手と顔を押し付け、濁った眼球で中を覗き込む。死人が自ら歩いていき、掌を壁越しに奴と合わせた。


 ぎ、ぎぎぎ……。


 今までと違う胸を締め付けられるような物悲しい声。焼け落ちた声帯が愛しい者の名を呼ぶ。

「おいエル!」俺は叫んでいた。「数秒でいいんだ!頼む、壁を消してやってくれ!!」

 誠が壁に手を当てて目を閉じ「ヘイトさん、今から三秒だけ開きます!その間に詩野さんを」


 三。“死肉喰らい”の腕が死人の肩を掴む。


「なっ……!」


 二。黒い砂と落ちていく奴の胸に彼女が抱き寄せられた。


「そんな……」「嘘でしょ」


一。二人はこちらを、静かな目で見た。


「待て!!」「逝かないで!!」


 零。奴の遺灰が降り注いだ。静かに倒れ逝く詩野さんを包み込むように。




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