五章 一瞬の安全
政府館の中はがらんとしていた。職員の殆どは死体を運ぶために外へ出ているのだろう。
「ぎゃっ!!」
玄関の硝子には死体達が大勢張り付いて気持ち悪い光景になっていた。思わず戻しそうになって口を押さえる。ケルフが入って来れないようツマミの鍵を掛けた。
「あいつら、何でアタシ達を追い掛けて来るの?皆、別に引き寄せるような物持ってないよね?」
「ああ。ポケットに入れてるのは財布とパスポートぐらいだ」
「俺も。誠は何か持ってる?」ズボンの辺りを探り「輸血パックだけだな。まさか血の臭いに引かれたとか?」
「流血してる死体なんて街中幾らでも転がってるぞ。大体あいつ等はそこらを歩き回るだけで害は無いはずなんだが……」
音が大きくなってからどうも様子がおかしい。“泥崩の術”は単なる死体操作じゃないのか?
「まさかブチ破ってきたりしないよな……?」「今の所そんな気配は無いみたいだ」とは言えあんなチャチな鍵、奴等が本気で体重を掛けたら数秒で破壊される。
誰もいない受付カウンター横の案内板で医務室の場所を確認。二階だ。「行くぞ」
廊下を歩いても不気味な程人がいない。非常事態とは言え宇宙を支える政府の中枢がこれでいいのか?
「まさか既に全員喰われ」
「言わないで!折角考えないようにしてたのに!」
ホラー映画の設定そのものだからな、二人共ビビってるビビってる。
「わっ」
「「「ぎゃあああっっっっ!!!!」」」
廊下の角から顔を出した少女は「やだー、ウィルさんまでそんな声出して!」腹を抱えてケタケタ笑う。
「こんな時に悪ふざけはや、止めてくれ!本気で心臓が出そうだった」
「あはは、ごめんなさい―――あれ?エルさんと誠君、どうかしたの?」
「こっちは過労で気絶してるだけ。誠、ちょっと診てあげてくれる?」
「死体の魂の声が聞こえてるんだ。夢療法で抑えられないか?」
リーズの目が治療者の真剣さを帯びた。「医務室に運んで下さい」
ガチャッ。
フィクス姉弟が難しい表情で解剖記録らしき紙を睨んでいる。
「漏れは無いはずだよな、アムリ?」
「何度も言わせないで。記録が無い=遺体は政府館に運ばれていない。政府員が回収する前に誰かが持って行った、或いは自力で動いて逃げたか」
「確かに私自身別室で一晩中母に付き添い、運ばれた現場を監督していなかった……しかし連絡を受けた連中は何をやっていた?肝心の死体が無ければ確認するのが普通だろう!?」
「その日だけで回収は五十五体、取り溢しがあっても気付かなくて当然よ」
女医がこちらに気付く。「あら皆さんお揃いで」
「アムリさん、奥のベッド使わせてもらえますか?」アイザの背中を指差す。
「エルシェンカ様倒れたの!?まぁ連日連夜事態収拾に追われてたから無理もないわね。ビトスさん、応急処置として棚の栄養剤を点滴してあげて下さい」
「分かりました」
木目に白ペンキの棚を開け、迷わず中身が透明のパックを取り出した。チューブや針を下の抽斗から引っ張り出す。
「アイザさんこっちへ。一番奥のベッドに寝かせて」
「分かった」
二人が奥へ入っていった。閉ざされたドアの向こうからカチャカチャ器具を取り付ける音が聞こえる。
「小晶はどうした?まさか今度は叩き起こされた死者共の声が聞こえるとか言うんじゃないだろうな?」嘲りを含んだ口調でシャーゼが尋ねてきた。
「ああ。その通りだ、よく分かったな」
「死者の声?この子、感じ取れるの?」
医師が誠の前で手をパタパタ振ってみせる。「反応してない」
「そいつは氣とか言う良く分からん物が視えるらしい。まあそれも妄想の一部なのかもしれんが」
「妄想??」
「要するに、適当に話を合わせておけばいいと言う事さ。なあ、ウィルベルグ?」
「ああ」下手に反論して正体がバレるのも困るので一応肯定しておく。にしても、第七対策委員なのに不死族だとのたまう相手に検査一つしないとは。仕事しろ。
「困ったわ。精神安定剤はもう在庫が無いのに……」
ポケットから服の中に伸びたチューブを見て「それは?」と尋ねてきた。マズいな、人間は普通輸血しながら歩き回ったりしない。
「極度の貧血用栄養剤なんだ」中身が三分の一になったパックを取り出す。「本物の血液とほぼ同じ成分らしいぜ。色までそっくりだろ?」
「へー、こんな点滴剤初めて見たわ。どこの製薬会社?」引っ繰り返して銘柄を確認しようとする。
「まだ臨床試験の段階なんだ。エルに紹介してもらって、俺達も詳しくは知らされてない」
「情報が漏れると同業者に出し抜かれたりするからね。成程、ならエルシェンカ様にも訊かないでおくわ」
ふぅ、何とか誤魔化せた。
「薬が無いなら、せめて気分が落ち着くまでベッド貸して欲しいんだけど」
すかさずの義息の提案に医師は勿論OKを出した。
「義父さんは誠の傍に付いてろよ。その間俺達は俺達でできる事をやる」
丁度二人が部屋から出ようとしている所だった。弟は蒼白い顔で目を閉じている。
「誠君……効くといいけど」
リーズが誠の耳元に顔を近付け、しばらく小声で何かを囁いた。
「成功していれば影響が軽くなっているはずです」
「ありがと。少し休ませて様子を見てみる」
リーズ達がいなくなった後、彼をベッドに横にしようとした。
「……ぃい、だいじょ……ぶ」
吐息でそう応え、自分でちょこん、と縁に座った。
「気がついたんだな、良かった」
「意識はずっとあったの……でも“皆”がしがみ付いてきて……何十、何百の人達が私に救いを求めてて……さっきリーズの声が聞こえてくるまで、全く身体が動いてくれなかった」唇を震わせ説明する内容に頭の中が真っ白になった。
「ごめん……!隣にいたのに、何も……!」
悔恨に返って来たのは儚い微笑み。
「知ってるよ……ウィルは私をずっと、守ってくれていたよね?それで充分」
「今は視えてるのか?“皆”」
「うん。ピアノの音が大きくなって……さっきよりずっと苦しいって、言ってる」
「そうか」
眠る弟の顔を覗き込んだ。未来視は今朝より気持ち薄くなった気がする。
(ここなら安全だ、多分……)
少女が入ってきた。心配でもう一回診にきてくれたようだ。
「誠君?大丈夫?」
「リーズ、さっきはありがとう。もう平気だよ、少し身体は重いけど……」腕の辺りを見る。「怖くないよ」きっと幼子の霊でもいるのだろう。
「良くなったなら何よりだよ。でも……外は酷い事になってるみたい。遺体の人達が政府館全体を取り囲んで出入りできない状態だって。ウィルさん達を追い掛けてきたって本当なの?」
「少なくとも俺にはそう見えた。心当たりは全く無いぞ」
「そう……今シャーゼさんが外に散らばっている政府の人達と、遺体の掃討について話し合ってる。私も手伝いに行くかもしれないから、ウィルさん。その間誠君の事宜しくお願いします。じゃあ」
バタン。
「……気を遣わせちゃったね」
「仕方ないさ。あんなうじゃうじゃいる所、まーくんが行ったら……」
―――♪♫、♬♩、♪♫♩、♬♩♪、♫――
「楽しそうな曲なのに、悲しい音……弾いてる人もとても苦しんでる」目を瞑って聞き入りながら言う。悲しげな横顔、の向こうの窓の外に白い物が入った。
「手?」俺のより小さい、子供?「外に誰かいる」
「……オリオール……!?」慌てて窓に駆け寄る誠。錠を開け、二人で窓を押し上げる。
「兄様……」
片手で桟にしがみ付いた蒼髪の少年の声にはこの前の覇気が無かった。
「オリオール!すぐ引き上げるから!!」
「兄様、僕―――うぁっ!」
落下する弟の手首を誠が掴む。握力が足りず腕全体が震えている、今にも二人共落ちそうだ。
「くっ!」上半身を可能な限り出して少年の肘を捕らえた。「一気に上げるぞ!」
ドサッ!
「おい、大丈夫……!?」
「っ!?オリオールどうしたのその顔!!?」
白いはずの顔面が滅茶苦茶な絵の具で塗りたくられたように青黒い。口の端を伝った赤い跡は血か?呼吸するにも辛そうな顔をしている。
「にぃ、さま……僕と一緒にきて……」ぼろっ。「お願い……」
「んな状態で行けるはずないだろうが!お前の怪我を診せてからだ!」
「……連れて行かないと僕……ヒック、悪い子だから……せきにん取らないと、えっぐ」
ぽかっ!
「ウィル!?」
「な、何するの……!?いきなりぶつなんて酷い……!」
頭を殴った拳をちらつかせ「こうでもしねえとこっちの話聞かないだろーが糞ガキ!俺だけならともかくまーくんの話まで聞かねえってのはどういう訳だ?大体あの夜から一週間、まーくん放り出してどこほっつき歩いてやがった?どんだけ心配掛けたと思ってやがる。誰に何言われて暴力振るわれたか知らないが、責任ならまず真っ先にこっちに対して取るべきじゃないか?」
「暴力――オリオール!?どこを怪我したの?治すから私に診せて!」
ぼろぼろぼろっ。涙を流しながら誠の伸ばした手に身を委ねる。
「えっぐ、ひっく……僕だって兄様の傍にいなきゃって思ったんだ。でも捕まえられて、罰を受けなきゃいけないって言われて……」
「誰にだ?」
「それは……言ったらもっと酷い事されるから……」
少年の胸を触診していた誠の指が止まる。
「肋骨が、全部折れてる……」
「成程、多分肺や内臓に刺さってて、それで顔がこんな血色に」惨いのは相手が不死だと分かってて敢えて苦しむ方法を取った事だ。
白く細い手が小さい肩を掴む。
「誰にされたのオリオール!?答えて!」
首をブンブン横に振って抵抗する少年。
「私に教えて、お願い……!酷いよ、幾ら不死族でもオリオールはまだ子供なのに……」
白磁の頬に透明な液体が伝う。
「兄様……!僕のために泣かないで!僕は悪い子なんだ、すっごく悪いから仕方ないんだよ!!」
ぎゅうっ!
「オリオールは良い子だよ!私は知ってる。私が寝込んでる時、オリオールはいつも甘酸っぱいベリーを籠に一杯摘んできてくれたよね?自分の危険も省みず薬を探しに行ってくれた。
あなたを傷付ける人の言う事なんて聞かないで。私が何百回でも、良い子だって言ってあげるよ、ね?」
胸に顔を押し付けて啜り泣く声がしばらく続いた。
「落ち着いたか?」頭をくしゃくしゃ撫でてやる。「俺も気が向いたら褒めてやるよ。お前は、兄貴想いの優しい良い子だ」
「――やったのは、神父のジュリト様……お祈りの時と同じ顔で、靴先でボキッ……って」
「レストランで会ったあの胡散臭い奴か。お前と知り合いなのか?」
沈黙。「それは、言えない……」
「分かった。とにかくそいつがお前を脅しつけて、まーくんを連れて来いって命令したんだな?」
こくん。
「どうするまーくん?俺は一発あの澄ました顔を殴ってやらないと気が済まないんだが」
「そんなの無理だよ!だってジュリト様は……」
夢を持ってはしゃぎ盛りの子供にこんな悲しい目をさせて……ああくそっ!胸糞悪い!
「オリオール、お前甘い物好きか?」
「え?う、うん。大好き」
「ここを出たらまーくんと俺の家に来い。どんな奴でも満面の笑みにさせる爺秘伝のチェリーパイを食わせてやる」
「う、うん……ありがと、聖族のお兄さん」
死後数日の顔の口元を僅かに綻ばせて少年は笑った。
二十センチ程の足場を頼りに窓伝いで歩くのは少しどきどきした。落ちそうになったら前後の二人が支えてくれるとは言え、四メートル下はただの地面だ。叩きつけられたら痛みは感じなくても重傷を負うだろう。ううん、怪我はしなくていいかもしれない。下は見える範囲遺体の人達で一杯だ。
「もうちょっとで梯子だよ……兄様頑張って」
自己治癒できるからと回復を断った弟。本当に大丈夫なんだろうか、さっきとあんまり変わっていないように見える。
ドンドン!
「あんた達何やってるのそんな所で?」
窓越しにアイザの肩から上が見える。
「玄関と裏口が使えないんであっちの梯子から下に降りるんだよ。あの辺なら死体共溜まってねえみたいだし。お前等も外に出るのか?」
「アタシとケルフはね。エルが気を失う前に言ってた詩野って子の家に行ってみるつもり」
エルは死体を操る曲とその名前を結びつけて倒れた。何かある可能性は高い。
「分かった。俺達も用が片付いたらすぐに向かう。住所は?後容姿と年齢」郊外のアパートメントか。シャバムでアパートは珍しいから探せばすぐ見つかるだろう。黒いショートカットの二十歳前後。「無理はするなよ」
「あんた達こそね。あれ?坊や久し振り。?暗いせいかな、顔色が悪いような……」
「悪いアイザ!この体勢キツいんだ、もう行くぜ」
「あ、うん。呼び止めちゃってごめんね」
しばらくの横歩きの後、金属製の梯子を順番に降りる。恐る恐る足を伸ばす私に上下から励ましの声が響く。
「大丈夫だよ二人共。初めてでちょっと怖いだけ」
「わ!足伸ばすのはちゃんと下見てから!」
「兄様見てるとひやひやする、とにかく両手放しちゃ駄目だからね!」
「分かってるよ」
こうしてると二人が私のお兄さんみたい。
私が降り終わると、上のオリオールは地上一メートルから一気にジャンプして着地。「また変な所に刺さるぞ」ウィルが注意した。
「大丈夫だよこれぐらい。……待ち合わせ、あっちの寮のロビー」
「聖族政府の寮だぞ?政府関係者でないと入れないんじゃ」
「色々あるから……」
弟が私の服の端をぎゅっ、と掴む。とても怖がっていた。
五階建て寮の入口は政府館と同じ硝子張りのドア。あちこちにランプの灯、薄暗いけど多分聖族でも周りが見える程度。靴のまま入っていいのかスリッパは出ていない。入って右手に靴箱より一回り小さな銀色の箱、蓋に一〇一、一〇二……と番号が振ってある。私が指差すと「郵便受けだ」表情を硬くしたウィルが小声で教えてくれた。
真正面の一番奥に階段、左手は広い空間に居心地の良さそうなソファが沢山置いてある。左手奥には喫茶店のカウンターみたいな物が見えた。ここでお茶や軽食が摂れるようだ。
ん?「オリオール、あそこに二人いるのがそう?」てっきり神父様だけだと思っていた。
「うん」
金髪に黒い神父様の服の人と、白地のジャケットに片方の眼鏡を掛けた人。二人はこちらに気付いているみたいだけど、声を掛けずお互いの顔を見て話し合いをしている。
「一人多いですよ。何故彼まで連れて来ているのです?」
「俺が知るか。それより様子がおかしい方を気にしろ」
「おい、お前等」
ウィルと私が並ぶ。オリオールは私の後ろに隠して彼等の前まで歩く。
「よう神父様、人の弟に手を上げるなんていい度胸じゃないか?あんたの神様は幼児虐待を許容してくれんのか」
神父さんは朗らかな笑顔で私の方を見た。こんなに優しそうな人なのにどうして。
「彼には遣いを頼んだだけです。まだ子供ですから、自分で転んだのに嘘を吐いて気を引こうとしたのでしょう。私の神は非暴力主義、拳を上げる事を赦しません」
「手が使えねえから足で肋を折ったってのか!ガキを脅迫する聖職者なんざ聞いた事が無い!」
「誤解ですよ。ねえ、オリオール?」怯え切って震えている弟に優しい声を掛ける。「彼にあなたからも説明して下さい。全て虚言だったと」
「おい止めろよジュリト!ここは素直に謝った方が」
「あなたは黙っていて下さい。……どうしました?真実を口にする事は何も恥ずべきではありませんよ?」
「僕は……兄様に嘘なんて言ってない……信じて」
泣きながら縋り付く。小さな手を包むように重ねる。
「勿論だよ。私もウィルもちゃんと信じてる。どんな事があっても守るから、何も怖くない」
氣を不安と恐怖で壊れそうな心に沿わせる。勇気を取り戻せますように。
「神父様……僕は嘘を言ってません」
「だそうだ」拳をパキッ、と鳴らす。「懺悔するなら今の内だぞ」
私は一歩前に出て彼と対峙する。
「どうしてオリオールをこんな目に遭わせたんですか……?私に用なら直接言ってもらえれば幾らでも応じたのに。不死だから身体の痛みは無いかもしれない。でも息が出来なくて苦しいし、内臓を傷付けて吐血もする。何よりオリオールの心は痛みを感じているんです!傍にいる私達以上に強く、深く……幼くて、本当ならまだ誰かが守ってあげないといけないのに」
私では弱過ぎて庇い切れないかもしれない。それでも精一杯手を広げ、たった一人の弟の盾になりたかった。
「ぼっ、いえ、誠君。私も本来なら暴力的な手段は採りたくなかったのですが、言う事を聞かなかったので止むを得ず……」
神父さんは額に汗を掻いているのに顔は真っ青だ。急にどうしたんだろう?
「嫌いだ、ってはっきり言ってやれ。こいつには説得よりよっぽど効くぜ?」
あの人の声がする。どこから?
「うだうだしてる暇あんのか?死者共がこれ以上騒ぎ出したらお前耐えられないぞ」
確かにそう。早く曲の音源を探して止めさせなきゃ。一度大きく頷く。
「宜しい」
すうっ、と息を吸う。
「私は無抵抗の弟に暴力を振るったあなたが嫌いです」
神父さんはその場に崩れ落ちる。え?な、何が起こったの??
「大丈夫ですか!?し、しっかりして下さい!」
彼は胸を押さえていた。どこか悪いのだろうか。
「ぼ……坊ちゃま、嘘ですよね?このジュリトを見捨てたりなさいませんよね?今まで誠心誠意お仕えしてきたこの私を!見捨てるなど!」
息が掛かる程間近で訴えられて、両手をぎゅうぎゅう握り締められた。よく分からないけど怖い!
「み、見捨てません!見捨てませんから放して下さい!!」
「本当に?」子供みたいに瞳をうるうるさせている。「嘘ではありませんよね?」
「はい、オリオールに謝ってさえくれれば」
「オリオール!」「は、はい!?」
床に髪の毛が付く程神父さんは頭を弟に下げた。
「済みませんでした!私ともあろう者が」
「う、ううん。これぐらい平気です神父様、顔を上げて下さい」
ハッ、あの人が鼻で笑うのが聞こえた。「いっそ、『死ね』でも良かったんだぜ?」それは流石に言い過ぎだ。
「ラキス。エルの部下のお前が、何で田舎の神父様と一緒にいる?こいつとまーくんは知り合いなのか?」
片眼鏡の人はポリポリ頭を掻く。
「ジュリトは非公式の協力者の一人さ。俺は調査任務が主だからな、色々ツテが要る。で、そこの彼との関係だが……旅の途中の弟共々二、三日教会で預かっていたらしい。丁度彼と同じ年頃の主人を亡くしたばかりでな、どうも頭の中で混同しているようなんだ。時間が経てば整理も付くだろうから余り気にしないでやってくれ」
「そうか……まーくんには何の用が?」
「ああいや、それはもういいんだ。取り合えずは」
「は?そう言う訳にはいくか。そのせいでオリオールはボロボロなんだぞ。
大体お前こんな所で何してんだ?外の応援行かなくていいのかよ。エルにサボってるってチクるぞコラ」
「そいつは困る!」脅しにラキスさんは手を合わせた。「エルに知れたら確実に減俸物だ。俺には遠くでサナトリウムに入ってる妹がいるんだ、頼む!言わないでくれ!」
「じゃあ用件を」
「だからそれは無理だっての」
押し問答を繰り返す二人を全く気にせず、神父さんは私の顔を飽きもしないで眺めている。と、袖が引かれた。
「もう行こうよ兄様」怖々と神父さんを見上げて「早くあのお姉さん達を追い掛けなきゃ……二人だけじゃ危ないよ」
「そうだね」
「何のお話ですか?」にっこり笑って問う。私は詩野さんと言う女性が事件に関係しているかもしれないと伝えた。
彼は一瞬眉を顰め、「あなたがそんな危険を冒す必要は無いのです」強い口調で言った。
「何かご存じなんですか?教えて下さい、どんな小さな事でもいいんです」
「あのような穢れた“死肉喰らい”に関わってもしも」
「やっぱり知っているんですね!?話して下さい、お願いします!」
溜息。
「何故……敢えてその道を選ばれるのですか、我が神よ」
「?私はただの不死族ですよ」
浮かない顔。話すべきかとても躊躇っている様子だ。しかし、
「ラキス。あの女性達は今どこに?」
質問に政府員の彼は窓から様子を窺う。
「この辺りにはもういないみたいだ」
「お前等詩野さんを見たのか?って事はアイザ達が行った家はもぬけの殻」
「そうなります」
「あの、彼女『達』と言う事は、他にも誰か一緒だったんですか?」
ラキスさんは少し口ごもった。
「ああ……彼女、彼女そっくりの死体の手を繋いで歩いてた」




